19 ポルドー子爵家
今でこそ格式高いという印象が強いゴシックという言葉は、本来は野蛮なという意味だったんですよね。いつの時代も新しいものは相応に反発されながら受け入れられていると思うと、面白いですね。
1週間かけて移動し、やっと領主館のある街にまで着いた。街の名前はカタルアという。
ラーゼンはここからさらに3日ほど先に進む必要がある。
貴族の領主館がある街と言うだけあって結構大きな街だ。マリアンヌの顔パスが無かったらこの怪しさ満点の2連結大型馬車は通れなかったかもしれないね。
「やっと着きましたわ。あれがわたくしの屋敷ですの。」
「お〜あれね。綺麗なお城だね。」
「うふふ。ポルドー子爵家のじまんのお城なんですの。」
王城とは結構違うね。
王城は荘厳で重厚なルネサンス時代の建築って感じで、マリアンヌの居城は古き良きゴシック建築って感じだ。王城と比べるとやはり小さいけど、装飾の複雑さはこっちの方が上だろうか?
家の者がすぐ分かるようにと御者をセバスさんに変わってもらい、城の門へと近づく。
門の入口で門衛とセバスさんが何かを話したと思ったら城へと向けて早馬が駆けていった。
王城より小さいとか言ったけど、家の中で馬を使って移動する程度には大きい。
子爵家って貴族の中では格は下の方ってイメージがあったけど、少し舐めてたかもしれない。
しばらくそのまま馬車に乗って移動し、屋敷にたどり着く。遠くから見たよりもずっと高く見える。
大きいと言うより高いね。天を突きそうな勢いの尖塔だ。
城の外には使用人と思われる人間が20人ほど並んでいた。
「お帰りなさいませマリアンヌ様。そしてリリィ様方、歓迎致します。ですがその前に、御当主様がお待ちですので応接間までご案内致します。」
「ただいま戻りましたわ。」
「えーと、よろしくお願いします?」
使用人に先導されて廊下を進む、アビーに事前に聞いていた話では、国王陛下の紐付きとはいえ、貴族にアポ無しで会おうとすると半日から丸一日は待たされるのが普通だと聞いていたので意外だ。
「こちらになります。」
そう言ってドアをノックする。
中から声が掛かり、扉が開く。
中に進むと白髪で目付きが異様に鋭い男が、こちらを睨むように立っていた。この人がマリアンヌの父…?似てない。
少なくとも2桁人数は海に沈めてそうな見た目だと思う。
眉間に深く入った縦皺と、いかにも不機嫌そうに腕を組んでこちらを眺めるその様子は、どう見てもカタギの人間じゃないです。
「おとうさま!ただいま戻りましたわ。」
「おおぉマノン!無事だったか。良かったぁ。」
前言撤回だ。この人親バカだわ。
マリアンヌがひょっこりと部屋の中に入って声をかけた瞬間に眼光の鋭さは氷解した。今は満面の笑みでマリアンヌと抱き合っている。さっきまでの面影もプレッシャーも跡形もなく消え失せてしまった。
なんですぐ会えたのか分かった。早くマリアンヌと会いたかっただけだろう。
それでさっきまでのヤの付く職業の人みたいな顔は多分、魔物の襲撃があったと聞いて娘が心配だったとか?
今も、どこも怪我してないか?とか辛くなかったか?とかマリアンヌに質問攻めをしている。
顔に似合わな過ぎだよ。でもまぁ仕方ないのかもしれない。マリアンヌ程の可愛らしさでこの年頃なのにお父さんにベッタリだったら、そりゃあ可愛いだろう。目に入れても痛くない程に。
「ええ、リリィお姉様に助けていただいたので無傷ですわ。」
「そうか、そうか。本当に良かったなぁ。その事でリリィ殿にお話があるから、すまないが席を外してくれるかな?」
「いいえお父様、わたくしも同席いたしますわ。当事者ですし、リリィお姉様にはわたくしも感謝したりないんですの。」
「ああ分かったよ。じゃあこっちにおいで。」
すぐに真面目そうな顔に戻ったお父さんが席に座り、そのすぐ横にマリアンヌも座る。
「リリィ殿もどうぞそちらに座ってくれ。」
「はい。」
あのデレデレな顔を見た後だと、真面目な顔に戻っても当初のプレッシャーは9割減である。いや10割かも。
「まずは長旅、ご苦労様であった。私はポルドー子爵家当主、トーマス・ド・ポルドーだ。」
「リリィです。王家の食客として雇われています。」
「ああ、話は聞いている。この度は娘を危機から救い、更にここまで送り届けて頂き、ありがたく思う。感謝しても感謝しきれない思いだ。」
トーマスさんとマリアンヌが揃って頭を下げる。
正直気まずい。偉い人に頭下げられるとか、むしろ精神的に辛いからやめて欲しい。、
「どうか頭を上げてください。偶然その場に居て、当然の事をしたまでですから。」
「…当然の事など、謙虚なのだな。だが貴女のおかげでマリアンヌが無事だったのだ、お金に替えられるものでは無いのだが、是非ともお礼をさせてくれ。」
「それはありがたいですが、お金は要りません。活動資金は国から出ていますので。」
「そうか…ではなにか望むものがあれば言ってくれ。すぐにでも用意しよう。何かないか?」
こういう流れにはなりそうだと思ってたから、ちゃんと答えは用意してある。みんなと相談して決めた。
「では、ラーゼンでの活動拠点に家が欲しいです。」
「ラーゼン?」
「はい、元々ラーゼンに行く予定でしたので。」
「ふむ、なるほど。迷宮か、分かった。ではラーゼンの商業ギルドに一筆したためて優先してもらうようにしよう。もちろん費用も持つぞ。」
「ありがとうございます。助かります。」
「今日出発する訳では無いのだろう?この屋敷に泊まっていくといい。歓迎するぞ。マリアンヌとも仲が良いようだしな、話し相手になってくれると助かる。」
「ええ、それはもちろんです。では、お言葉に甘えます。」
「ああ、寛いでくれ。手紙の方は用意する、後で渡そう。」
「はい、ありがとうございます。」
応接間を出て、メイドさんに案内されながら客室に移動する。
「夕食は一刻後になります。準備が出来次第案内させていただきます。」
「ありがとうございます。」
部屋に3人だけが残され、扉が閉まってすぐに、他に誰にも室内に居ないことを確認して2人を抱き寄せる。
流石に貸し出された客室でおっぱじめる気は無いけど、マリアンヌとセバスさんが常に一緒に居たから、道中ほとんどイチャつけてないのだ。充電しなきゃ。
「思ったより貴族っぽくない人だったね。」
「…お城で見た時は立派な文官貴族だったんですけどね。」
「リリィちゃん、とりあえず座らないですか?」
ソファに移動する。3人でくっつきながらお話をして、夕食の時間を待とうと思っていたんだけど、すぐに部屋にマリアンヌが入ってきた。
ノックが無かったので驚いたけど、咄嗟に体を離す。
「リリィお姉様?あ、おとりこみ中でいらっしゃって?」
「いや、お話してただけだよ。」
むしろお取り込み中だと思ったならそう聞いちゃダメ…いや、そういう意味で聞いたわけじゃないのか。
そういえば話し相手になってくれとも言われてたね。でもトーマスさんに積もる話とか無いのかな?
「お父さんと一緒に居なくていいの?」
「リリィお姉様はあした出発するので、こっちが優先ですわ。」
「そっか、じゃあお話しようか。」
と言っても1週間もずっとお話しかしてないんだけどね。ただ、このお話会は結構好きだ。マリアンヌだけじゃなく、アリスとアビーのこれまでの話とかも聞けるからね。マリアンヌが居ないとすぐに肉体言語でお話を始めてしまうから、割と新鮮だったりする。
「うふふ、おとうさまとっても驚いていましたわ。」
「?何に?」
「リリィお姉様がわたくしを魔物から助けてくださったことにですわ。」
?どういう事だろう。
「元々おとうさま…と言うよりポルドー家は異世界からの戦士召喚については反対派でしたから。」
「そうなんだ、なんで反対してたの?」
「相手のことがわからないから、ですわ。今回の召喚はコストも重かったようですが、そもそもこの国とは全く文化、思想がちがう人間を呼ぶのは、国を傾ける可能性があると予想しておりましたの。」
「あーなるほどね、確かに怖いかもね。」
「はい、わたくしも依然反対派ではあるんですのよ?今回たまたまリリィお姉様のような素晴らしい方が召喚されましたけれど、もしかしたらいきなり斬りかかってくるような人が召喚されてもおかしくないのですから。」
そりゃそうか。それで、ヤバい人かもしれないと思ってた人に娘を助けられて驚いたって訳ね。
「おとうさま、だいぶ緊張していらしたわ。うふふ、最初の顔なんてけっさくでしたもの。」
「え!あれ緊張してたの?!」
意外過ぎるし、分かるわけない。
舐めたこと抜かしたら埋めるぞ?の顔にしか見えなかったよ。
内心を表に出さないのは、ある意味貴族らしいと言えるのかな?
「ええ、走竜の群れをなんなく撃破してしまうような力を持つ、なにを考えているのかわからない異世界人ですから、人柄をしらなければ当然緊張してしまうものですわ。現にいまも私に思想を探ってこいと命令なさってますし。」
?…え?
「それ言っちゃっていいの?」
「大丈夫ですわ。必要ありませんもの。リリィお姉様が優しくて誇り高く、お茶目な女人でいらっしゃることは、もうすでに理解していますわ!」
「そ、そっかぁ…」
誇り高いかな?わたし。お茶目な所は…確かにちょっと凡ミスは多いタイプかもしれないけど。
いやそこじゃなくて、さっきまでは警戒してる割に娘の話し相手を頼んだり、1人で部屋に送り込んできたりと、既に結構信用してくれる気になったのかなと思ってたのに。
まさか溺愛してる娘を使って諜報活動をしてるとは、本当に油断ならないよ…
ある意味貴族らしいとかじゃなく、ガッツリ貴族だわトーマスさん。
それから夕食にお呼ばれするまで4人で他愛ない話をする。正直私は冷や汗が止まらなかったけど。
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