11 修羅場になった
「引き継ぎが終わりましたぁっ!!!」
朝食を食べ終わって、ソファでダラダラしていたらアビーが部屋に突撃してきた。
今日はアリスと一緒に起床した。
ずっと一緒に居られるということでせっかくだから部屋でイチャイチャしながら過ごそうと思っていたのに。
どうやら2人きりの時間はもう終わったらしい。
「おはようアビー。」
「おはようございます!良かった、まだ部屋にいたんですね。」
「今日は1日何もせずに部屋で過ごす予定だよ。」
「そうは言っていられませんよ!リリィちゃんもやる事が沢山あるので!旅に出る予定なんですよね?」
「うん、その予定だけど、やる事?」
「まず召喚成功を祝うセレモニーで着るドレスを合わせないといけないです。こっちで用意していますが、サイズの微調整と合わせるアクセサリーの選定はリリィちゃんが居ないと出来ません。」
「前に着たやつじゃダメなの?」
「あれは地味過ぎです!衣装係を呼びますね!」
どうやら豪華な馬車に載せられて国王陛下や皇太子殿下と一緒に行進するから、やり過ぎなくらい飾らないと逆に浮いてしまうらしい。遠くからでも見えるようにという意味もあるとのこと。
「ちょっと待ってその前に、アリス、自己紹介しよう。」
「はい、リリィ様の専属メイドのアリスと申します。アビゲイル様、よろしくお願いします。」
「!リリィちゃんの付き人になりました、アビゲイル・ウィルダースです。アビーと呼んでください。これからよろしくです。」
「はい、アビー様。」
「アリスも旅に同行するから、仲良くしてね、2人とも。」
「「はい」です。」
衣装合わせの時点でコルセットをつける意味はあるのだろうか。
今はメイドさん達の着せ替え人形としてされるがままになりながら、これからやるべき事のリストをアビーから聞いている。
「セレモニーが終わったあとのパーティ用のドレス、普段使い用のドレスも何着か合わせるです。」
「ドレスは普段使いしないよ。いつもはあれだし。」
さっき剥ぎ取られた服を指差す。運動用の服だ、伸縮性が高いので着心地がいい。騎士たちに支給されているものと同じらしい。
「急に部屋に貴族の方が訪ねて来られたらどうするんですか?昨日何人かと顔合わせしたんですよね?それに城から出る時にも宰相閣下に挨拶はするですよ。リリィちゃんの召喚の実質的な責任者なので。現場の責任者はエドワード様ですのでそっちはいつもの服でもいいですが。」
「ああ、うん。」
「それとは別に今度元帥閣下にも顔合わせの挨拶に行くです。リリィちゃんは名目上国王陛下の食客ですが、その責任者は宰相閣下で、実際に戦力が必要になった時は元帥閣下の指揮下に入ることになります。結構特殊な立ち位置なんです。」
「そうだね。」
「セレモニーが終わったらすぐ旅に出る予定ですか?どこに行くかは決まったですか?」
「準備があるだろうけどできればすぐに出たいね。行き先はアリスとアビーと3人で決めるつもりだよ。」
「分かりました。なら旅に出る準備と行き先になる街を治めている貴族への挨拶の準備も必要です。」
「旅の準備は分かるけど、挨拶って必要?」
「必要ですよ!リリィちゃんに何かあった時とかに知らないフリとかされるですよ!最悪滞在してたことを知らないという建前でこっそり刺客を放ってくるかもしれないです。」
「それは嫌だけど、私を狙う理由とかある?」
「さぁ?わからないです。でもリスクが減らせるので挨拶はした方がいいです。」
「うーん、わかったよ。」
「旅の準備はある程度はこっちでもやりますけど、何か必要な物があれば言ってください。あ、言われていた服飾商会への連絡はもう済んでいるんですけど、セレモニーの翌日で大丈夫でしょうか?」
ああそういえばブラを作ろうと思ってたんだ。
アビーに言ったわけじゃないのにちゃんと把握してるんだね。
「うん、特に用事が増えなければ大丈夫。必要なものは…大剣かな?両手剣でも良いけど。」
元々使っていた私の剣はレイドボスが落とす素材で出来た大剣の様なサイズの片手剣だ。流石に実在してるとは思えないデザインなので、取り敢えずの繋ぎとしてデカい剣があればそれでいい。
「一点物はすぐに用意するのは難しいですね。」
「いや、御前試合に使ったやつじゃなければ既製品で十分だよ。」
そういうのは防具含めて自分で素材を集めて作りたい。こっちの世界に魔物の素材を加工する文化があるのか知らないけど多分出来るだろう。ああでも「SoS」と同じ魔物が出るか知らないな。見た目もお気に入りだったんだけどなぁ。いやそもそも見た目は作った人によって変わりそうだねこっちだと。
「?御前試合に使ったやつはダメなんですか?」
「あれ高そうだし、装飾邪魔だし。」
「なるほどです。似合ってるんですけどね、残念です。大剣程の大物はあんまりお店に置いてないです。お城の武器庫にならあるかもしれないですので、確認しに行きましょう。」
「うん、分かった。」
衣装合わせは結局昼ごはんの休憩を挟んで4時過ぎまで続いた。基本動かないとはいえ、周りを人に囲まれた状況でずっと立っているのは疲れる。
「ドレスも決まりましたし、行き先を決めましょう!」
「うん…」
正直疲れたので休みたい、けど思ったより過密スケジュールだったし早めに決めた方がいいだろう。
しょうがないからアリスに抱きつきながら話そう。少しは癒されるはずだ。
お茶を淹れ終えたアリスに近くに座るように促し、抱きつく。
「アリスは行きたい所ある?」
「えっと、うーん。」
「ちょっと待ってください。」
早速突っ込まれた。
「何?」
「な、何してるんですか?!」
あれ、思ったより怒ってる?
もしかしてアビーの宗教では同性愛がタブーな感じだろうか?割りとありえそうなのが怖い。
「羨ましいっ!私もやる!…です。」
「ええ…」
うん、そういえばそういう子だったね?
「アリスは私のだからダメだよ。私に抱きつく分にはいいけど。」
「ありがとうです!いただきます!」
なんだその掛け声。
アリスに抱きついている私に、後ろからアビーが抱きつく。
「むぅ、リリィ様、そういう所だと思いますよ。」
「え?どういう事?」
「いえ、なんでもありません。私は特に行きたい所はありませんので、お二人で決めてください。」
ぷいと横を向いてしまった。
今度はアリスが怒ってる。うーんでも怒ってるアリスも可愛いね。
「ならラーゼンかな。探索者だと国と提携してる宿の泊費と治療院での施術費が安くなって、鍛冶師を紹介して貰えたりもするんだよね?」
「お金は国から出るんですよ?気にしないでいいと思うんですけど。」
「貧乏性なんだよ。というか私地理に明るくないし、アビーが行きたいところがあればそっちでもいいんだけど。」
「私はリリィちゃんの行きたいところに行きたいです!」
「うん、じゃあラーゼンにしよう。決定!よし、もう今日は何もしない!」
本腰を入れて話し合うぞ!みたいな雰囲気だったのに、一瞬で終わってしまった。
「じゃあ私は元帥閣下に会う約束を取り付けてきますね?空いてる日の午後でいいですか?」
「うん大丈夫。」
「剣を見るのは明日でいいですか?」
「うん大丈夫。」
「…ほんとに大丈夫ですか?なんか返事適当になってません?」
「え?そんな事ないよ、本当に大丈夫。」
早くアリスといちゃいちゃしたい気持ちが出てしまったのかもしれない。
「まぁいいですけど。では行ってくるです。」
「うん、よろしくね。」
アビーが部屋の外に出ていった。
私はアリスに抱きついたままだったけど、アリスまだそっぽを向いている。
「ごめんってば、機嫌直してよアリス。」
「別に怒っている訳ではありません。」
「本当に怒ってない?」
「はい。」
うーんでも今も、お尻を撫でようとしたらそれとなく手を払われてしまった。普段のむっつりなアリスなら考えられない。
「怒ってないにしても、なんで不機嫌なのか教えて欲しいなぁ。」
「不機嫌な訳でもありません…リリィ様が思ったより女たらしだと思っただけです。」
「つまり妬いてるってこと?」
「そうかもしれません。」
つまり、不機嫌だよねそれ。
なんでだかとても嬉しい。
「今は2人っきりだし、アリスだけのものだよ。ほら、おいで。」
抱きつくのをやめて、両手を広げてみる。
「むぅ、馬鹿にしてませんか?」
「してないよ?」
文句を言いつつ抱きついて来るアリス。どことなく猫っぽい感じがする。
「…せっかく1日中2人きりになれると思ってたんですよ?」
「うん、ごめんね。今度埋め合わせさせて。」
それは私だけのせいじゃないし、私も残念だったんだけど。でもアリスは納得していないのだろう。謝っておく。
「頭撫でてくれますか?」
「うん。」
しばらく撫で続けていると、アリスは体を起こしてキスしてきた。どうやらもう機嫌は治ったらしい。
「明日からまた忙しそうですね。」
「そうだね。アリスも一緒にくる?訓練場と武器庫。多分つまらないと思うけど。」
「行きます。私の見ていない所で誰かと浮気してたら許しません。」
「しないよ。でも分かった。」
その言い方だと、見てる所では浮気していいみたいになるけど、多分この国の貴族観のせいで出てしまった言葉の綾だろう。
今度はこっちからキスをする。
嫌がっていないようなのでソファに押し倒す。
「だめですよ、アビー様が戻ってきます。」
全く抵抗する素振りのないアリスがなんか言ってる。
「うん、分かってるよ、ちょっとだけね。」
元々、他のメイドさんも普通に部屋に入ってくるので、夜以外はそういう事をするつもりは無い。ただイチャつきたいだけだ。
メイドさん達の存在が私に自制を促している。
…ラーゼンに行ったらやばいかもしれないね。
アビーの頑張りにかかってる。
その後結構際どい体勢になったり、それをアビーに見られそうになって焦ったり、3人でイチャついたりしていたら夕食の時間になった。
そして夕食と入浴を終えて就寝の時間になったときに問題が発生した。
「私は付き人ですから、気にしないでください!寝袋も持ってきています。」
そう、アビーが私の部屋に泊まるつもりらしい。
「えっと、寝る時は1人がいいっていうか、プライベートな時間が欲しいかな?」
「これから半月かけてラーゼンに移動するんですよ?今のうちに人が居る環境で寝るのにも慣れておいた方が良いです!」
くっ、どうせ私と一緒に居たい、ぐらいの理由のくせに建前が正論だ。これじゃあアリスとの時間が…いや、別に毎日する必要もないんだけど。2人ともお猿さんだからね。さっきまで散々イチャイチャしてたせいでアリスが限界っぽいし。
ていうかラーゼン遠いな、そんなにかかるんだね。いや、馬車ならそんなもんなのかな?
うーん、やっぱりアリスの言った通り、アビーに隠すのはそもそも無理っぽい。
アリスの方を見ると頷いていた。まぁそうだよね。
「実は私とアリス、恋人同士なんだよね。」
「えっ。嘘。」
「いや本当。そういう訳だから、2人きりにして欲しいな。」
そのままアビーは黙り込む。だいぶ驚いているようだ。と思ったら静かに泣き出してしまった。
ボロボロと大粒の涙が頬を伝う。
「ええ?!大丈夫?ど、どうしたの?」
「わ、私も、リリィちゃんの、こと好き、なのに。うえええぇぇぇん!!」
堰を切ったように大声で泣き始めた。
おおぅ…どうしよう。
取り敢えず、泣き止んで貰わないと。
そう思い正解が分からないけど取り敢えずアビーを抱きしめる。
チラリとアリスの方を見ると、防音の魔道具を発動していた。冷静さがやばい、見習いたい。
アリスは私の方を見ると、目をつぶって首を横に振った。
いや分からないよ?どういう意味のジェスチャーなのそれ。
取り敢えずアビーが泣き止むまで待とう、そしてその後に話をしなければ。