10 アリスの反撃
目が覚めるとまたアリスは居なかった。
どうにも寂しいね。もしかしたら気持ちに温度差があるってこういうことなのか?
いや、単純にアリスは優しいから寝ている私を起こせないとか、そういう理由だろう。
というかのんびりしている暇はない。
ベッドが昨日より酷いことになってる。
急いで片付けをして、服を着て換気をする。
部屋の外から声がかかり、入室を許可する。
あれ?リーズさんだ、珍しいな。
こういうのは下級メイドの仕事で、上級メイドとかベテランの方は側仕えがメインだと思ってた。
不思議に思っていたら朝食を食べ終えたタイミングでリーズさんが声をかけてきた。
「こちらをお使いください。」
骨壷程度の大きさの小さな箱だ、開けると中には、ラッパの先の部分だけが4つ外向きに伸びている謎のオブジェクトが入っていた。なんだこれ?
「これはなに?」
「防音の魔道具です。上部中心のボタンを押すと12時間程度は音の拡散をある程度防ぐ効果があります。もう一度押せば止まります。台座を触って魔力を込める事で繰り返し使えます。」
ああうん、心当たりがあり過ぎる。
「うるさかったかな…ごめんなさい。」
「メイドの中には多感な年頃の者も居ますので、用意させて頂きました。」
「ありがとう、助かるよ。」
恥ずかしいけど、貰えるものは貰っておこう。
「侍女長に会いたいんだけど、案内してもらえる?」
「かしこまりました。食器を下げて参りますので、少々お待ちください。」
「うん。ありがとう。」
終わったら訓練場に行くつもりだから待ってる間に着替えてしまおう。サラシって1人で巻くの結構大変だね。
「うーん、そもそもレベル上げをした方が良さそうですね。」
「リリィ殿もそう思われますか。」
アリスを専属にするための交渉はすぐに終わった。
侍女長は高齢の人の良さそうな女性で、頼んだら二つ返事で了承してくれたのだ。
今は模擬戦で兵士たちを吹っ飛ばし終えた所だ。
昨日とはメンバーが違うらしい。
「兵士達のレベルってどれくらいなんですか?」
「大体40~60と言った所でしょうか。魔物退治等で兵士達のレベルは上がりますが、王都の近くは魔物が少ないですからね。レベルは各自で上げるように任せることしかできません。」
場所によって魔物のレベルが決まってる訳でもないし、もし仮に負けたらそのまま死ぬってことを考えたら、ここでのレベル上げはかなり難易度が高いだろう。
効率の良い狩場=レベルの高い魔物の数が多い危険地帯だ。軍隊だけど、いや軍隊だからこそレベリングのために遠征なんて出来ないだろう。
「難しい問題ですね。ちなみにアキーレさんのレベルはいくつなんですか?」
「私はレベル100の剣士です。」
「どうやってレベルを上げたんですか?」
「遠征先で半月程モンスターに囲まれながら剣を振り続けたことがありまして、その時に上がりました。」
サラッと凄いこと言った。
無事でよかったね。
「流石にそれは出来なさそうですね。」
「はい、半数以上が死ぬと思います。実体験です。」
重いよ…
しかし剣士だったのか。
「SoS」には職業が7つある。こっちでも同じかは分からないけど。
職業によって必ず2つのステータスが上がる。
大別するとSTR系とPOW系だ。
STRと合わせて、
AGIが上がれば剣士。
VITが上がれば騎士。
MAGが上がれば魔剣士。
POWと合わせて、
AGIが上がれば祓魔師。
VITが上がれば結界師。
MAGが上がれば魔導師。
そしてSTRとPOWが上がれば処刑人だ。
つまり剣士は速くて攻撃力がある前衛アタッカータイプである。STR系の中では最も人気の高い職業で、私も処刑人になる前に就いていた。
そうか、剣士なのか…それにしては、遅い。
「アキーレさんは、走る練習をするといいかもしれません。」
「走る練習、ですか?」
「はい、そもそもAGIというのは、速さではなく、体の動かしやすさだと言われています。動かしやすい体でも、それを使いこなせなければ意味がありません。」
「SoS」というか体の操作が完全にプレイヤー準拠になるVRゲームにおいては、AGIはAgilityとDexterityの間のような性質のステータスな事が多いんだよね。
速さはSTRとAGIと走る上手さで決まる。
エンジンと機体と操縦者の関係だ。
「なるほど、確かに剣士である私がリリィ殿に速さで勝てないようでは、話になりませんからな。分かりました、早速走ってきます。」
「え?」
言うやいなや訓練場の外に向かって走り出していく。
…行ってしまった、模擬戦の後なのに昨日と違ってテンションが低いと思ってたけど、そんなこと無かったんだね。
ランニングと走る練習が違うって事は、まぁ明日言えばいいかな。
それより兵士達のレベルを上げる方法考えなくていいのだろうか?
いや、良い方法があるならもうやってるのか。
現地人のアキーレさん達が考えてどうにもできてないんだから、私が言えることは無いんだろう。
うん、模擬戦も終わったし、部屋に戻ろう。
ん?訓練場から城に戻る出口の部分に人だかりが出来ている。何かあったかな?
「おおこれはリリィ様、偶然会うとは。一度話をしてみたいと思っていたのですよ。私の名前は──」
「お会いできて光栄です。私は──の公子の───」
「はじめましてリリィ様、この度は───」
ああ私目当てか!
そういえば訓練場に来てたのも人と話すためだったね。2日連続で訓練場に行ったから今日もいると思って会いに来た感じだろうか。
ううむ、頑張って受け答えしてみるけど、貴族会話って難しいんだよな。
アキーレさんがここに居れば助け舟を貰えたかもしれないのに…
……あ、アキーレさんのあれ逃げたのか?!
絶対そうだ。やられた。私も一緒に逃げるべきだったかもしれない。
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結局お昼ご飯も食べられずに夕方まで挨拶をしていた。正直名前なんて全く覚えてない。元々顔を覚えるのが苦手なのだ。
クタクタになりながら部屋に戻る。
部屋の前にはアリスが立っていた。
専属メイドになる件の話かな?部屋の中で待ってても良かったのに。
一緒に部屋の中に入る。
「正式に専属メイドになることが決まりましたので、ご挨拶に伺いました。」
やっぱりか。
真面目モードなのかいつもより気持ち丁寧な言葉だ。でも何故か両手を広げているのはハグ待ちかな?
いつも会ったらすぐに抱きついてたからね。
「ごめん、今汗臭いから、私。」
「私は気にしませんよ?」
私が気にするんだけど、ってなんで近づいて…
逃げるまもなく抱きつかれてしまった。
アリスの方から抱きついてきたのは初めてだ。これは、良いかもしれない。
「リリィ様の汗の匂い、好きかもしれません。」
「嗅いじゃダメ、離れてアリス。」
「私がそう言った時は、リリィ様離れてくれませんでしたよね?」
いつの事だろうか。とはいえアリスから抱きついて来るのは貴重だ、振りほどくことなんてできない。どうしよう…
「ほら、服に匂い移っちゃうよ?」
「?そのために抱きついているんですよ。」
「そう…」
ダメだ、思ったより変態さんなのかもしれない。
「準備が終われば明日からでも専属メイドとして活動して良いそうです。」
「う、うん。そういえば2人部屋から個室に移るんだよね?荷物私の部屋に持ってきてもいいよ。」
「?」
「ほら、個室なら使ってなくてもバレないし、私の部屋にずっと居ても大丈夫だよ。」
「!!それは確かに。…そうしますね。」
「荷物運ぶの手伝うね。」
「いえ、私物はほとんど無いので、大丈夫です。」
「そっか。」
「はい、ただ、2つほど問題があります。」
「問題?」
「他のメイドがこの部屋の掃除をすることになります。」
「あー…もう1つの問題は?」
「私が専属になった事とは関係がないんですが、アビゲイル様が付き人として常に一緒にいることになると思うので、その、いずれバレます。」
ふむふむなるほどね?
確かに問題ではあるんだけど、この問題の解決方法はある。
「いっそ隠さなきゃ良いんじゃない?」
「え?」
「私達が付き合ってるって、みんな知ってたら何も問題無いよね?リーズさんにはもうバレてるし。」
「え!いやでも、その。」
「アリスは私と付き合ってるってみんなにバレるの、嫌?私なんかが恋人だと恥ずかしい?」
「うぅ…その聞き方は卑怯ですよ。」
「それに、私も朝起きた時に隣にアリスが居てくれると嬉しいんだけどな。アリス部屋に戻っちゃうし。」
「…分かりました。報告してきます。」
「え、いや別に隠さないってだけで、言いふらす必要はないと思うけど。」
「そういう訳にもいかないんです。少なくとも侍女長には言わないといけませんし、リリィ様との事が変な噂の形になって流れるのも嫌なので、親しい人には伝えておきたいですし。」
「…そっか、色々あるんだね。手伝おうか?」
「大丈夫です。頑張ります。」
「うん、頑張って。…えっとそろそろ離してくれるかな?シャワー…いやお風呂に入ってくるから。」
「それなら少し屈んでくださいますか?」
「?いいけど。」
屈んだ瞬間に首の後ろに抱きつかれてキスをされる、触れるだけの軽いやつだ。びっくりした。
「今日は随分積極的だね?」
「嫌でしたか?」
「ううん、凄く嬉しい。」
「今晩はその、私の方からしても良いですか?」
「!…いいよ。」
アリスがどんな風にするのか興味がある。
お風呂に入ってご飯を食べ終えると、配膳のメイドさんと入れ替わるようにアリスが部屋に入ってきた、両手に大きな鞄を持っている。
「リリィ様、クローゼットをお借りしてもよろしいですか?」
「うん、もちろん。」
少し待つと荷物の整理が終わったようで、その場でネグリジェに着替え始めた。
「そうだ、リーズさんからこれ貰ったんだよね。防音の魔道具。」
スイッチを入れる。何も変わったような感じはしないけど大丈夫なんだろうか?
「…丁度いいかもしれませんね。」
「ん?」
「いえ、リリィ様、服を脱いでここに横になって貰えますか?」
「うん。」
アリスにリードして貰うのは少し新鮮だね。
「もう少し端に来てください、あと目をつぶって貰えますか?」
「?うん。」
「手を挙げてください。もう少し右です。」
カチャカチャ
?何をしているんだろう、ん?手首に何か巻きついて…
嫌な予感がしたので咄嗟に目を開ける。
腕が縛られていた、天蓋付きベッドの柱にベルトを巻き付けたらしい。
「あ、アリス?何してるの?」
「ごめんなさいリリィ様、仕返しです。痛かったりきつい感じだったりしませんか?」
「それは大丈夫だけど、仕返し?」
「昨日、やめてと言ったのにこれ使いましたよね?」
アリスの手にはこけし君が握られていた、気のせいかいつもよりかなり禍々しい。
「それはその、謝った時にも言ったけど、嫌よ嫌よもなんとやらかと思って。」
「怖かったんですよ?なので、仕返しです。ベルトはお気に入りなので千切らないでくださいね?」
こけし君が近づいてくる。
「そ、それは使わないって話だったんじゃ?」
「私には使わないって約束しましたね。」
そういえばそうだったかもしれない。
いや、元はと言えば私が悪いのだ。覚悟を決めよう。
「お手柔らかにお願いします。」
アリスはニッコリと微笑み─
「嫌です、泣いてもやめません。」
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「うぅ…ぐすん。」
「ごめんなさいリリィ様、やり過ぎてしまいました。まさかこんなことになるとは…」
ベッドの左半分は完全に水没して、マットレスまで駄目にしてしまった。今は右側に避難しているけど、キツめの匂いが部屋に充満している。
「私こそごめん、こんなに怖いと思わなかった。」
アリスは拘束していなかったけど、STRの桁が違うのだ。言い訳にならないだろう。反省した。
「いえ、分かってくれたなら良いんです。」
「アリスって他の人にもこういう事した事ある?」
「…へ?あ、ありませんよ!リリィ様が初めてです。」
「そうなの?凄く上手かったから。」
「メイドの先輩に色々教わったりはしましたけど、女性相手のやり方とかは…」
「何でそんなに上手いの?」
「…多分リリィ様が弱すぎるだけだと思いますよ。」
そうかな?そうなのか。薄々そんな気はしていた。
「とりあえず、お互いにこの魔道具を使うのは禁止にしよう。」
「はい、ごめんなさい。」
アリスに抱きつく。
「明日起きた時に隣に居なかったら、許さないからね。」
「ふふ、はい。おやすみなさい。」
アリスはリリィ以外には結構性格悪いです、多分。