1 目が覚めたら巨乳になっていた
のんびりやっていきます。
ここはどこだろう?
さっきまで私は確かに自宅に居たはずだった。
今日は休日で、最近ハマっているフルダイブ型VRMMORPG(とは名ばかりの対戦ゲーム)
「 Sword of Sorcerers」通称「SoS」で遊ぼうと、ゴーグル型のコントローラーを着けて電源を入れた。
しかしロード時間待ちの最中に突然視界が眩い光に包まれたかと思うと、そこで意識が途絶え……目を覚ますと薄暗くカビ臭い部屋に横たわり、その周りを全身鎧を来た人間達に囲まれていた。
私の名前は蒼井優里、対戦ゲームが好きな一般的なOLだ。生来の凝り性のおかげで「SoS」ではグローバルランカーに名を連ねたり、プロチームからスカウトが来た事もあったが、それ以外は至って平凡な人間だと自負している。
つまり、何故こんな状況になっているのか理解できない、おそらく拉致されたのであろうが、その理由が全くもって見当がつかない。
特別な生まれでもない自分にわざわざ拉致する理由があるとしたら…やはり「SoS」だろうか?
もしかしてプロ契約を断った報復?いやその程度で日本のプロチームが法を犯すわけがない。
今日がPvPのレート戦のシーズン最終日である事を考えるとライバルの妨害?いや、あいつらは勝つためにはなんでもやるが、究極的に自分が勝つこと以外には興味がない、ある種気が狂った人間達だ、こんな事に時間を割くとは思えないので違うだろう……?あれ…そういえば今日シーズン最終日じゃん!レートまだ5400すら越して無いんだけど?うーわ最悪。え?マジで何してくれてんのこの糞共??
思わず起き上がり、周りの糞共を現代日本人が発せる限界量の殺意を込めて睨む。しかし返って来たのは謝罪の言葉ではなく、全員一斉の抜剣であった。
いや怖、、ちょっと睨んだだけなのに、そんなに怒らないでよ。いや確かに自分の立場を理解してなかった事は謝るよ?でもさ、ちょっと訳が分からない状況で混乱してただけなんだよ。
言葉にはせずに意味もなく心の中で言い訳をする。思わず後退りしそうになるが、完全に囲まれているためそうする事もできない。周りの男達は私の一挙一動を見逃さず、真剣な、あるいは警戒心を多分に含んだ目で「何か不審な動きをすれば斬る」と訴えてきている。そんなに警戒するなら拘束しておけよ…
剣を向けられた事で一周まわって冷静になる。人間、対処不可能な場面では逆に落ち着くらしい。現状を打破できるとは思えないが、とりあえずどういう状況なのか確認することにした。
どうせ周りの人間が自分を殺す気なら抵抗できるわけが無い、悔しいが銃刀法の完全敗北を認めてやろう。
目線だけで辺りを見渡す。ここは窓のない大きな部屋で、壁や床は石材らしい。巨大な牢獄と言った雰囲気の部屋だ。
珍しい事に磨かれてすらいないので、過去にタイムスリップしたかのような気分だ、寝転がっていた背中が痛い。
光源は壁にかかった松明、密室で火を使う辺り雰囲気作りへの本気度が伺える。
「女だと?」「どうなっている?」「強そうには見えないぞ。」
周囲を確認していると、自分を取り囲んでいる人達が何やらヒソヒソと会話をし始めた。
どうでもいいが「女だ!」系のセリフ言う人本当にいるんだね。見た目は騎士然としてるのに言動が完全に山賊のそれだ、拉致を含めて。
しかし自分が誘拐した人間の性別すら分かってなかったようだ。もしかして人違いで誘拐されたのかもしれないという可能性に辿り着く。
私は貧乳だし痩せ気味ではあるが骨格は女性特有のものだし、髪もセミロングなのだが、ここまで運ぶ途中に誰も私の性別に気づかなかったんだろうか、かなりショックである。あと強そうに見えないのは当然だ、最近は休日もずっと引きこもってゲームしかしていない。現代のもやしっ子の中でもかなり貧弱な方である。
思いがけない精神的なダメージを受け、男と間違われるほどだろうか、と胸に手をやった所で違和感…と言うにはあまりにも大き過ぎる違いに気づく。
「胸が大きい…だと?!」
紛うことなき巨乳だった。カップにしてHはあるだろうか、もしかしたらそれ以上かもしれない。こんなに重くて邪魔なモノをぶら下げているならすぐに気づけよ、と思わないではないが、ここまで自分に目を向ける余裕が無かったのだ。
目線もいつもより高い気がするし、足や腕もいつもよりかなり健康的な、それでいて女性らしい柔らかさを持ったものになっている。自分の体じゃない?本当に訳が分からない。
体に目を向けたことで服装がいつもと違うことにも気がついた。
麻製らしい無地のランニングシャツとショートパンツである。私はこんな服を持っていないが、この服には見覚えがあった。「Sword of Sorcerers」で装備を全て外した際に見えるインナーである。
「まさか…!」
胸から手を外し自分の髪に手を伸ばす、周りの男達が驚き、剣を構え直すが、無視して後ろ髪を確認する。
「やっぱり青い…!」
透き通るような青だった、脱色して染めてもこんなに鮮やかで透明度の高い色にはならないし、髪が傷んでいる様子もない。それどころか手入れを怠っていた元の自分のボサボサな髪よりもサラサラしてずっと艶がある。
髪と体型と服装から推測するにこの体は、私が「Sword of Sorcerers」のプレイ当初、丸1日潰して見た目にこだわり抜いて作ったアバター「Lily」のものであるらしい。ゲームで設定できる上限まで大きくしたこの胸には、夢と希望と現実世界の私の願望が詰まっている。
ゲームのアバターに入っている事に気づかなかったのには混乱していた事以外にも理由がある。
1つは単純にゲームをしている時間が長かったため、「Lily」の体を動かすのに違和感を感じなかったという理由だ。土日は30時間はゲームをしているし、むしろ現実の優里の体の方に違和感を感じる程だった。
そしてもう一つの理由は、ここがゲームの世界にしてはあまりにもリアル過ぎたのだ。
「SoS」はフルダイブ型のVRゲームではあるが、それでも、かなりリアルな映像と操作性、程度の評価が精々だ。
ゲームでの感覚と比較すると、匂い、冷覚、温覚、触覚や視覚の解像度も通常とはかけ離れていて、ここが現実の世界である事は疑いようもなかったため、まさか自分の体が「Lily」のアバターになっているとは思いもしなかった。
そして、ここまで情報が出揃ったことで、私はやっと理解した。何故かは分からないが私は「Sword of Sorcerers」の世界に、自分のアバター「Lily」の姿で迷い込んでしまったらしい。