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第67話 男ふたりで秘密の相談


「昼間は参ったわ。立華(たちばな)さんめっちゃ怒ってたし」


「そうか? ちゃんと機嫌は直ってただろ」


「いやいや、あれは絶対根に持ってる。(つとむ)さんは見通しが甘いな」


 テーブルを挟んだ向かい側で、史郎(しろう)が苦笑を浮かべている。

 授業が終わった後、ふたりは中華料理屋『東方楼』に足を運んでいた。

 仰々しい看板のわりに店内は落ち着いていて、料理は美味しいのに価格は庶民的。

 いつも大賑わいのこの人気店こそ、勉のアルバイト先であった。なお、時給は秘密。


「よう、勉。今日は飯食いに来てくれたのか?」


 夕食どきの繁忙を縫ってやってきた大男の姿を認めて、そっと会釈する。


「はい。お世話になります」


「硬い硬い。ほれ、さっさと注文しろ。でないと勝手に色々持ってくるぞ」


 近づいてくるなり物騒なことを口走る大柄のひげ親父は、この店の料理長。

 性格は豪快で、料理の腕は繊細。人柄は温厚だが怒らせると怖いタイプだ。

 勉にとって頭が上がらない数少ない大人のひとりである。


「おっと、それじゃ勉さんの奢りってことで……」


「ほどほどにしてくれ」


「あいよ」


 男子ふたりは運ばれてきた水で唇を湿らせ、慌ててメニューを選び始めた。

 料理長に任せると、格安価格でアホほど大量の料理がテーブルに並ぶ。

 親切さはありがたいと思うものの、食べきれないのは申し訳ない。


「中華フルコースもいいが、腹八分目ってな」


「そうだな」


 厨房の様子を気にしながら相槌を打つ。

 今日は勉のシフトが入っていない日だった。


「それで、勉さんが聞きたいことは……立華さんのことだろ?」


 問われて無言で首を縦に振った。


「流石に本人の前で(さえず)るわけにはいかんからなぁ」


 イケメン顔に苦みが走る。

 本当は昼食時に聞こうとしていたのだが、茉莉花(まつりか)が乱入してきてご破産になってしまった。

 ふたりは何食わぬ顔してランチタイムをやり過ごし、こうして放課後に再び集まったわけだ。

 

「んで、立華さんは放っておいて大丈夫なわけ?」


「最近は引越しの準備で忙しいらしい」


 強張った声が喉を震わせた。

 寂しくないかと問われれば、寂しい。


「転校とかはしないんだろ?」


「そう聞いている」


「それもそっか。せっかく付き合い始めたのに、彼氏の側を離れるわけねーわな」


 男女交際を仄めかすワードが飛んでくると、反応に困る。

 返答を濁しつつ、眼鏡の位置を直した。

 

「んじゃ本題──」


 口を開きかけた史郎を遮るように、横合いから大皿が並べられる。


「ほれ、餃子食え」


 戻ってきた料理長だった。

 大皿に乗った山盛りの餃子が湯気を立てている。

 香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、口中に唾が湧いた。


「あざーっす」


「こんなに頼みましたっけ?」


「サービスだ」


 巨漢の料理長は勉の疑問を切って捨てた。

 割とドン引きする量ではあるが、ふたりなら食べられる。

 どちらも健啖で鳴らすお年頃だ。


「熱っ、旨っ!」


「いつ食ってもここの餃子は美味いな」


 冷める前にと食べ始めれば、次から次へと箸が動く。

 高校生男子の食欲は半端ない。


「えっと……立華さんがどうなってるか、だったよな」


 餃子に続いてどんどん料理が運ばれてくる。

 明らかに頼んでないものも含まれていたが、全て『サービス』とのこと。

 口には出さなかったが、夏休みはシフトを多めに入れようと心に誓った。


「ああ。女子は迂闊に手を出すのを控えていると聞いた」


「それ、どこ情報?」


萩原(はぎわら)だ」


「あ〜、萩原さんね」


 勉の数少ない友人同士、史郎と穂奈美(ほなみ)は面識がある。

 交友関係の広い史郎は勉を介さなくても穂奈美と知り合いであってもおかしくはないが、その辺りは今は置いておく。

 水を喉に流し込みながら先日図書室で聞いた話を繰り返すと、史郎は納得いった風に頷いてみせた。


「間違っちゃいないな。狙ってる男がいる女子からしてみれば、立華さんが勉さんにべったりのこの状況を崩すのは得策じゃない」


「そうじゃない女子はどうなんだ?」


 気になっていた部分を尋ねると、史郎は腕を組んで天井を見上げてしまった。

 ややあって──


「う〜ん、この手のネタってのは広がらないと意味ねーからな。温度差で寸断されると盛り上がらん」


 史郎も穂奈美の見識に異論はないらしい。

 それを聞いてほっと胸を撫で下ろした。

 そっち方面に詳しい人間の意見が知りたかったのだ。


「ま、それだけじゃねーけど」


「と言うと?」


「ノートだよ、ノート」


「ノート? 俺のか?」


「そう、それ」


 史郎は頷いて天津飯を口に入れた。

 とろみがかった熱々の餡をハフハフと嚥下しながら話を続ける。


「前に勉さんがやっただろ。『ノートやめる』って」


「ああ、そんなこともあったな」


 教室で茉莉花が吊し上げられそうになった時のことだ。

 クラスメートに余計な嘴を挟まれないよう、ノートの供給停止をチラつかせたことがある。

 勉が作成し、史郎が売り捌く通称『ガリ勉ノート』は、そんじょそこらの教師や参考書より出来が良いと評判は上々。

 試験前になると多くの生徒がノートを求めて史郎の元を訪れる一幕は、もはや恒例行事のひとつとなっている。


「言われてみれば、もうすぐ期末考査か」


 顎に手を当てて頷くと、史郎は『チッチッチッ』と人差し指を横に振った。


「それもあるけど、それだけじゃねーんだ」


「そうなのか?」


「おうよ。勉さんや、ウチの学校で今一番ノートを必要としているのがだれか、わかるか?」


「成績の悪い奴、じゃないのか?」


 答えつつ『違うな』と直感した。

 そんなストレートな答えなら、そもそも改めて聞かれはしない。


「残念。違うんだなぁ、それが」


「じゃあ誰だ」


「聞いて驚け。受験生だ」


「……は?」


 赤いテーブルと料理を挟んだ向かい側から飛んできた単語に耳を疑った。

 勉と史郎、お互いに会話を拾うに苦労する距離ではない。


「受験生。つまり3年生だな。学校の試験じゃなくて、大学受験のために使おうとしてるみてーだ」


「マジか。もっと真面目に勉強しとけばいいのに」


「奴さんらにとっちゃ真面目なのさ、それが」


 史郎は皮肉げに口元を歪めた。

 先日の一件で、史郎どうもとを介さずにノートがコピーされている可能性が示唆された。

 そこで、もう一度ノートの流れを追いかけてみたところ……意外な事実が発覚したわけだ。


「勉さんの言うとおり、なんじゃそらって話なんだが……ま、それはいい。問題は、ノートを使う先輩ってのがどういう人かって話」


 そこで春巻をひと齧り。


「ズバリ部活にのめり込んでた系の人だ。そんで、部活の中でも特に運動部ってのは、ぶっちゃけ縦社会なわけ」


「ふむ。しかし、3年はもう引退だろう?」


 6月が終わりに近づき、7月が見えている。

 部活動に詳しくなかったが、夏が区切りだと聞いたことがあった。


「甘いな。引退したOBが顔出すなんて珍しい話じゃねーよ」


「ウザそうだな」


「ウザいぞ。勉さんも運動部に入ればわかる」


「勘弁してくれ。そうか、そう言うことか」


「ああ。引退した先輩にとっちゃノートの供給停止はマジで人生に関わってくるわけ。だから後輩に『勉さんの機嫌を損ねるな』って命令する」


「そうしたら後輩は口を噤むしかない」


 史郎は大きく頷いた。


「さっきも言ったけど縦社会ってのがカギな。もっとも、これはずーっと続くって話でもないけど……そもそも立華さんのアレは、炎上ネタとしては長続きはしないタイプだし、当座が凌げりゃ別にいいだろ」


「うん? 長続きしないタイプ?」


「そそ。立華さんは犯罪を犯したわけでもないし、店の裏側で不衛生なことやってたわけでもない。バカな発言したわけでもない。自撮りのエロ写真をばら撒いただけだ。叩く理由がねぇ」


「その割には炎上したが?」


「あれな。立華さんのアンチがギャーギャー喚いて裏垢のフォロワーとぶつかったから、脊髄反射的に揉めただけ。肝心の裏垢は消えちまってるし、盛り上がらんよ」


 なんか作為を感じるがな。

 眼前の史郎が厳しい眼差しを向けてくる。

 餃子を頬張っていなければ、かなり迫力があっただろう。


「もちろん裏では色々言われると思うよ。流石にそれはどうしようもない」


「……だな」


「だから、そこはしっかり勉さんがフォローしてやれ。それが彼氏ってもんだ」


「わかっている……つもりなんだが」


 ひと息ついて後頭部をボリボリと掻きむしる。

 短い髪の毛に汗が絡んでいた。


「ん? 自信ない?」


「いや、立華を守ることに異議はない。ないんだが……そもそも彼氏ってなんなんだ? どうすればいいんだ? そこがわからん」


 勉の頭を最も悩ませている疑問だった。

 勧められた漫画を読んでも要領を得ない。

 誰それ構わず教えを乞うわけにもいかない。

 血を吐くような問いに──史郎は首を横に振った。


「そんなんオレにもわからんって。簡単にわかったら苦労しねーよ」


「意外だ。天草はそう言う話題に苦労しないタイプだと思っていた」


「そうでもねーよ。昔は彼女もいたんだけど、別れちまってそれっきりだ」


「すまん、変なことを聞いた」


「気にすんな。あてにならないアドバイスぐらいならできるし、勉さんが頼ってくれるのは嬉しいぜ」


「……せっかく見直しかけたのに、気持ち悪いこと言うな」


 はははとお互いに笑い合った。

 嫌味のない笑いだった。


「あ、胡麻団子食ってもいい?」


「よく食べるな、天草」


 そっと腹をさする。

 贅肉なんてついていない。

 心の中で、そう言い聞かせる。


「甘いものは別腹って言うだろ」


「それは男にも当てはまるのか?」


「じゃ〜勉さんは食わない、と。店長!」


「待て、俺も食べる。店長、杏仁豆腐お願いします!」


 胡麻団子と杏仁豆腐が2人前追加された。

 何故か、あんまんもついてきた。

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『あの子が水着に着替えたら』もよろしくお願いします。
こちらは気になるあの子がグラビアアイドルな現実ラブコメ作品となります。
― 新着の感想 ―
[一言] 事を収めるのに、彼も役に立っていたってか。力あるものは、やはり強い。 でも、やっぱり彼氏の定義は、がり勉君には難しいか。 今は、冷凍餃子も人気/w
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