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第62話 恋愛を勉強する方法 その3


立華(たちばな)さん、本当に素敵ですね」


 そう呟いた穂奈美(ほなみ)の表情は、あまりにも陶酔感に溢れていた。

 予想外な反応に呆然とその顔を見つめてしまった(つとむ)は、ハッと我に返って言葉を付け足した。

 ……女子の顔を間近でガン見するのは失礼ではないかと思った。同時に話がおかしな方向に吹っ飛んでいきそうな気配も感じた。


「いや、そう言う意味ではなくてだな……一般的な女子から見て立場とかはどうなんだ?」


「立華さんの立場ですか?」


 小首を傾げて確認してくる穂奈美に黙って頷いた。不思議なものを見るような目つきが不安を掻き立ててくる。

 裏アカ暴露騒動を経て、今の茉莉花(まつりか)が女子からどのように思われているのか、ずっと気になっていたのだ。

 彼女の感想は興味深いものではあったものの、求めている情報からはピントがズレていた。


「そうですね……」


 真剣な顔で再度問いかけられた穂奈美は、顎に手を当ててレンズの奥の目蓋を閉じた。

 勉と(しずく)が見守る前で、しばしの瞑目。頭の中で考えをまとめている模様。

 ややあって穂奈美の唇が、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。


「率直にいって、今回の立華さんの騒動については、引いている人が多い……と思います」


 あくまで自分で耳にした範囲では。

 穂奈美は慎重に言葉を選んでいた。


「もっとハッキリ言ってくれて構わないぞ」


『率直にいって』などと前置きしておきながら、『引いている』だとか『自分で耳にした範囲』などといった表現を用いているところから、今や茉莉花の彼氏として学校全体に認知されている勉への配慮が感じられる。

 しかし、勉が欲しているのは茉莉花が置かれている現状に関する正確な情報だ。

 自分と茉莉花を除いた連中には、『学園のアイドルが裏垢でインターネットに自撮りのエロ写真を投稿していた』という表面上の事実だけが開示されている。

 彼女の行いが好意的に受け入れられているとは思えない。さすがにそこまで楽観的にはなれない。

 男子はともかくとして、女子からの評判は相当に悪化しているのではないかと推測していた。その辺りの認識を現実と擦り合わせておきたい。

 茉莉花には茉莉花なりの事情があったものの、それは彼女のプライバシーに関する領域の話。

 彼女の本心を知れば、皆の意見も変わるのだろうが……茉莉花にとっては半裸の写真よりも人目に触れさせたくない情報だ。これからも語られることはないだろう。


 目の前では穂奈美の顔が強張っていた。気のせいだと思いたいが、勉に怯えているように見える。

 ふ〜っと息を吐き出し、眼鏡を外して『鋭すぎる』だの『怖い』だのと揶揄される両目を覆う。

 目蓋越しに軽くマッサージを施してコリを解し、深呼吸して再び眼鏡をかけ直した。


「あの、その……立華さんに対する女子の反応……えっと、『寝た子は起こすな』と言ったところでしょうか?」


 立ち直った穂奈美の口からは、それでもネガティブな単語は飛び出してはこなかった。

 温厚で知られるこの図書委員は、先の言い回し以上のワードを口にする心づもりはないらしい。

 むしろ彼女にあそこまで言わせたという事実を持って、茉莉花を取り巻く現状を類推するべきなのかもしれない。

 そもそもの話として、他人の悪口なんて口にするのも耳にするのも楽しいものではない。

 ただ──


「……意味を聞いてもいいか?」


 文学少女的表現だなと思ったものの、イマイチ要点が掴めなかった。

 困惑する勉の様子を目にした穂奈美は、頬を引き締めて補足説明をつけ加えてくれる。

 

狩谷(かりや)君も気付いているように、今の立華さんは以前よりも増してきれいになっています。理由はもちろん」


「ガチ恋っすね。このガリ……狩谷先輩との」


 割って入ってきた雫は穂奈美にひと睨みされ、慌てて勉の呼称を改めた。

 後輩の口を塞ぎつつも『我が意を得たり』とばかりに頷く穂奈美。

 頭の動きに合わせて、切り揃えられたショートボブの黒髪が揺れた。


「その……今までの立華さんは、何人かの男子と仲良くされていましたよね?」


 話が飛んだ。しかも戸惑い気味な口ぶりだった。

 どうやら勉に気を遣ってくれているようだ。

『何人かの』ではなく『何人もの』と表現するのが正しい。

 茉莉花が以前に様々な男子と浮き名を残していたことは校内に広く知れ渡っている。

 内心思うところがないではないが、わざわざ過去のことをどうこう言うつもりはなかった。


「だから、女子からしてみれば彼女の存在というのは、その……脅威だったと言えばいいのかしら」


「脅威?」


 普通に学生をやっていると、あまり縁のない単語だ。

 訝しげに眉を寄せる勉に『はい』と穂奈美は応えた。


「彼氏とか片想いの相手とか……とにかく気になる男子がいる女子にとって、間違いなく立華さんは脅威でした。狙われたら勝ち目がありません」


「ほう」


「でも、今は狩谷君だけ。誰の目にも明らかなほどに本気になってる彼女が、他の男子に興味を向けるわけもありません。だから、そっとしておく。そうすれば狩谷君に想いを寄せる女子以外は平和ですから」


「俺に気がある女子なんていないと思うが」


 ポロリと零れた情けない本音に、穂奈美は曖昧な笑みを返し、雫はうんうんと頷いた。

 穂奈美の手が、ショートカットの黒髪をくぐり抜けて雫の頬を軽く抓る。


「たとえ自覚がなかったとしても、狩谷君には立華さんが真剣に恋するほどの魅力があるんですよ。あまり自分を卑下しない方がいいと思います」


「そうか……そうだな」


 なんとも耳が痛くなる忠告だった。

 自分を想ってくれる茉莉花を貶める行いだと戒められたように聞こえた。

 こほんと穂奈美が咳払い。


「女子はそんな感じです。もちろん立華さんの行いに対して批判的な人もいるとは思いますが……表向きは平穏なのではないでしょうか?」


「そういうものか」


「はい。彼女をこき下ろして嘲笑うより、誰だって自分の恋の行方のほうがずっと大事ですから」


 勉には女子の世界はわからない。

 穂奈美が言うのなら『なるほど』と頷いて納得せざるを得ない。

 彼女の言葉の真偽を精査したくても、基本的な情報が手元にないのでどうにもならないのだ。実にもどかしい。

 チラリと雫の視線を向けると、猫っぽい後輩はニヤリと笑みを浮かべていた。意図が理解できない。


「穂奈美先輩の言うとおりですよ。裏で何考えてるかはともかくとして、正面から立華先輩と揉めようなんて無謀な人はいないんじゃないですかね」


「ほう?」


「学園のアイドルが実はエロ界隈でフォロワー5桁のカリスマだった。みんなの憧れだった立華先輩が得体の知れない存在になってしまったって不気味に思ってる人、結構いますよ。男女を問わず、生徒か先生かも関係ないです。アレな表現だけど、化け……妖怪じみてて何考えてるのかわからないと言いますか。下手に喧嘩売ったら、報復として何されてもおかしくないって言いますか。何しろエロのカリスマですから」


 早口で捲し立てられた雫の言い分は、歯に布着せないどころか悪意に満ちているように聞こえはしたが……却って納得できてしまった。

 隣の穂奈美が咎めるような視線を向けているのもお構いなし。なんとも小生意気な後輩だが、こちらの方が勉が求めていた情報に近い。

 それにしても……倦厭されているだけでなく畏怖されているとは。

 ノーヒントでは到底辿り着くことができない類の発想であった。

 表面上は勉が想定していたほど状況は悪くなっていないが、実際は想定していたよりも酷い状況に陥っていると解釈した。

 ずり落ちていた眼鏡の位置を直し、頭の裏をボリボリと掻きつつ、大きく大きくため息を吐く。


「……難しいな。俺には全然わからん」


 ついつい愚痴っぽくなってしまう事を止められない。

 全国模試でもなかなかお目にかかれないレベルの難問であった。

 茉莉花を取り巻く現状を確認することはできた。対策は改めて考えることにする。

 もともと得意とはいえない分野の問題なのだ。

 アレもコレもと手を出していては、ロクな事にならないのが目に見えていた。

 とりあえず……今日のところは、この図書室を訪れた本来の目的に立ち返る。それでいい。


「すまんが教えて欲しい。その手の話はどうやって勉強すればいいんだ?」


 そもそも、こちらが本題だった。

今回の更新はコロナワクチンを接種した直後のはずなので、しばらく更新が滞ったりするかもしれません。

自分でもどうなるのかサッパリ状態ですので、ご承知おき頂ければ幸いです。

わりとドキドキです!

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『あの子が水着に着替えたら』もよろしくお願いします。
こちらは気になるあの子がグラビアアイドルな現実ラブコメ作品となります。
― 新着の感想 ―
[一言] 一回目はさほどではないみたいですが、二回目は特に若い人は重いみたいですね。ともかくも、躊躇しないで解熱剤は飲むべきだ、とか。それでも二回目は翌日一日は倒れてもいいようにしておかないといけない…
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