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第56話 ここから始まる恋物語 その2

本編最終話です。ここまで長かった!

なお、文字数も本作最多となりました。

いつもなら分割するレベル。

お楽しみいただければ幸いです。


「あ、そうだ」


 茉莉花(まつりか)がおもむろに空いている手でスマートフォンを操作し始めた。

 何かを思い出した風を装ってはいるものの、どうにも胡散臭い。

 程なくして(つとむ)のポケットに入っていたスマホに振動が走った。

 この流れなら、発信源が誰かは考えるまでもない。


「なんだ? 話したいことがあるなら直接話せばいいだろう」


「ふふ~ん。まぁ、見てみなさいって」


「はぁ」


 気が乗らなかったが、満面の笑顔を浮かべている茉莉花には逆らえない。

 何が悲しくてすぐ隣で手を繋いでいる相手とインターネットを介してメッセージのやり取りをしなければならないのか。

 科学技術の進歩が産み出した歪んだコミュニケーションに辟易しつつ、端末を取り出してディスプレイに指を滑らせる。

 瞬間、勉の頭のてっぺんから足のつま先まで雷鳴が貫いた。天地がひっくり返ったような圧倒的な衝撃。動揺に震える身体を抑えることができない。

 

 メッセージの送信元は予想どおり茉莉花だった。それはいい。問題は――彼女から送信されてきた写真だった。

 これまで散々お世話になってきた『RIKA』のアカウントにアップされているものよりも、ひとつランクが上の画像。

 それは先日より茉莉花が『お礼』と称して送りつけてくる画像と同レベルの代物。つまり、顔が隠されていない茉莉花のエロ写真だ。


 ほの白い輝きを纏った裸身を、漆黒が覆っている。

 スラリとした長い脚には網目のタイツが。

 肢体のラインがはっきり出るハイレグは黒いエナメル質が輝いていて。

 誰もが目を惹かれるたわわな胸の膨らみは、その上半分が大胆に晒されている。

 両手首には白いカフスが、首元には蝶ネクタイのチョーカーが。そして――頭には黒いウサギの耳が。


 茉莉花は、バニーガールだった。

 ピコン、ピコンと電子音が続き、後から後から画像が追加されていく。


「な、な、な……」


 舌がもつれて言葉が出ない。

立華 茉莉花(たちばな まつりか)』こと『RIKA』とバニーガール。

 裏垢ではコスプレ写真を掲載することもあったから、別におかしなことは何もない。

 でも――この組み合わせはヤバい。心当たりがありすぎる。


――ま、まさか……


 かつて勉は自らの裏垢から『RIKA』にバニーガールのコスプレを希望するリプを送りつけたことがあった。

 まだお互いに相手の正体を知らなかった頃の話であったし、結果として採用はされなかった。

 その代わりにチャイナドレスの写真が掲載されて、彼女の正体に迫ることができたのだから、世の中はつくづく奇々怪々にすぎるというものだ。

 それはさておき……電子の世界において勉と茉莉花は互いの裏垢を通じて繋がっていたわけだが、両者は平等な関係ではなかった。

 勉は茉莉花の裏垢を知っているが、茉莉花は勉の裏垢を知らない。

 勉にとっての『RIKA』は神だが、『RIKA』にとっての勉はどこの誰とも知れないフォロワーのひとりに過ぎない。

 だから茉莉花は勉の要望や嗜好を知らないはず……だったのだが、ここに来て突然の奇襲である。


「な、なんでこんなものを?」


「ん? 知りたい」


 上目遣いで小首をかしげて、可愛らしい仕草で問いかけてくる。

 これは聞く必要なんてないのではないか。確定ではないか。どう見てもバレてるだろ。

 そう思いながらも、一縷の望みをかけて尋ねた。尋ねざるを得なかった。


「あ、ああ」


「しょーがないなぁ」


 いちいち勿体つけてくる最中も、茉莉花の手はギュっと勉の手に絡まっている。

 ほんの僅かな動きさえ見逃すまいという強烈な意志を感じた。

 わけがわからない。誰もが羨むはずの通学路では、いつの間にか尋問が開始されていた。


「ヒントその1、ベッドの下」


「は?」


 茉莉花の唇から零れ出た単語は、勉の想像していたものではなかった。

 奇襲に次ぐ奇襲で混乱が加速する。


「ヒントその2、机の引き出しの裏」


「……」


 混乱の荒波に飲まれてしまった思考回路をどうにかこうにか再起動させて、彼女の言葉を反芻する。

 何と言うか、実に引っかかるのだ。ベッドの下に机の引き出しの裏。思い当たるところが――ある。

 ハッとして茉莉花を見つめると、彼女はニヤリと人の悪い笑みを浮かべていた。


「ひとり暮らしだからかなぁ。狩谷(かりや)君、油断しすぎ」


「お、お前、俺の部屋を漁ったのか!?」


 茉莉花は答えなかった。沈黙は肯定だった。

 彼女を家に招いたのは、たった一度。先週末の金曜日。

 大雨に降られて行き場をなくしていた茉莉花を泊めた。

 心身ともに疲労して眠気に負けたふたりは、お互いに別の場所で早々に身体を休めた。

 勉はリビングのソファで。茉莉花は勉の部屋のベッドで。

 そのはずだったのだが、現実は少々異なっていたらしい。


「エロ本漁りは基本でしょ」


「ど、どこの世界の基本だ!」


「こ・こ」


 クスクスと笑う茉莉花は憎らしいほど魅力的で、だからこそ一矢報いたくなる。

 勉はずり落ちた眼鏡の位置を直し、ことさらに平静を装って声を発した。


「ほ、ほう……いいだろう。せっかくの貰い物だ。早速有効活用させてもらおう」


「え」


 大きく目を見開いた茉莉花の目の前で、わざとらしくスマホを弄ってみせる。

 別段操作は難しくもないし時間もかからない。

 あっという間にバニー茉莉花が勉のスマホの壁紙に設定されてしまった。

 ディスプレイ越しにこちらを見つめてくるバニーガールが素敵すぎて、感動に打ち震えてしまう。

 こんなお宝をいつでもどこでも持ち歩けるとか最高だった。科学技術の進歩に感謝せずにはいられない。

 なお、隣では茉莉花が口をパクパクさせている。


――しかし……この写真、いつものと違うな。


 なぜここまで心惹かれるのかとしげしげ眺めてみると、すぐにこれまでの写真との違いが判明した。表情だ。

 勉が蒐集してきた『RIKA』の写真は、いずれも顔が隠されていた。

 茉莉花から送られてきた『お礼』画像は、いずれも笑顔だった。

 しかしてこのバニー茉莉花シリーズの顔は、そのいずれでもなかった。

 耳まで真っ赤に染まった顔。勉だけに向けられる潤んだ眼差し。

 羞恥の感情と大胆な誘惑のポーズ。そのギャップがあまりにも直撃だった。


「ば、バカじゃないの!? そんなの誰かに見られたらどうする気?」


 我に帰った茉莉花が猛烈に詰め寄ってくるものの、そんな姿すら可愛らしい。勉は平然と答えた。


「別にどうもしないが」


「ぐぬぬ……」


 思わぬ反撃に歯噛みしていた茉莉花は『そう来るなら……』などと物騒なことを口走りながらスマホを操作して、画面を勉に見せつけてくる。


「んなッ!?」


 今度は勉が絶句する番だった。

 表示されていたのは勉だ。

 眼鏡は外され、目蓋は閉じられいる。

 そして口元はだらしなく緩んでいた。

 あまりにも隙だらけな――寝顔だった。


「た、立華、これはッ」


「昔の人はいいこと言うよね。『早起きは三文の徳』って」


 茉莉花を泊めた翌日、土曜日の朝。

 勉は彼女が朝ごはんの準備をする音で目を覚ました。

 つまり……茉莉花は勉より先に起きていた。


「待て、その写真を壁紙にするのはやめてくれ!」


 間抜けな寝顔の壁紙なんて誰かに見られたら……想像するだけで背筋が凍る。


「狩谷君がその壁紙やめてくれたら、やめてあげる」


「お断りだ、絶対にやめない」


 即答した。断言した。

 肉を切られて骨を断たれようとも、守らねばならないものがある。


「うわ、必死過ぎて引くわー」


「言ってろ」


 口ではどうこう言いつつも、ふたりの手は硬く握りしめられている。

 ひとしきり睨み合って、口論して、笑い合った。

 肩で息をする頃合いになって、ようやく落ち着いた。

 前を向いた茉莉花が、ふいに口を開いた。


「……昨日からずっと思ってたんだけど、狩谷君って、ズルくない?」


「ズルい? 何がだ?」


 隣を歩く少女から唐突に放たれた身に覚えのない誹謗中傷は、さすがに聞き捨てならなかった。

 頬を真っ赤に染めた茉莉花は、視線を逸らしつつブツブツと言葉を重ねてくる。


「だって、私がよわよわの時にあんなこと言うの、ほんとズルくない?」


「……あんなこと、とは?」


 口にしてから失敗したと悟った。

 茉莉花の横顔がエライことになっている。


「あんなことって、それはその……私のこと、好き、とか。そういうの」


「言ったらマズかったか?」


「普通さぁ、メンタル弱まってるときに付け込むの良くないって思わないかな?」


「普通の定義がわからん」


『狩谷 勉』16歳。

 人生のほとんどを恋愛ごととは無縁に過ごしてきた男である。

『普通』だの『常識』だの『フェア精神』だの言われても困る。


「狩谷君……はぁ、そう言うところが凄く狩谷君だよ」


「それで、返事を聞いてないんだが」


 ずっと気になっていたことだ。

 さすがに昨日の状況で答えを急かすのは憚られたが、いつまでも待たされたら頭がおかしくなってしまう。


「へ、返事!?」


 声を裏返らせる茉莉花。その顔は真っ赤だった。

 変な汗が白い肌を煌めかせ、瞳はキラキラと輝いていて。

 自分で目にすることはできないけれど、きっと勉も同じ表情をしている。

 

「ああ、返事だ。YESかNOか、それだけでも知りたいんだが」


「……ねぇ、それワザと言ってる?」


「本気だ」


 99%確信している。自信はある。

 それでも、言葉が欲しかった。


「返事はその……」


「その?」


「えっと……あのね……」


「……」


「『察して!』みたいな?」


「察しろと言われてもなぁ」


 顎に手を当てつつ首を捻る。

 そんな勉にむけられる茉莉花の眼差しは、完全にジト目だった。


「ねぇ、本当にワザとやってない?」


「何でそんなことしなくちゃならんのだ?」


「いや、その、羞恥プレイ的な」


 ふたりしてチラチラと周囲を窺う。

 学校に向かう生徒たちが、勉たちの会話に耳を聳てていた。


「立華、お前……俺はそんな変態じゃないぞ」


「狩谷君は立派な変態でしょ」


「何ッ!?」


「何よ!」


 お互いに火花を散らし合う。

 ややあって、茉莉花が大きく息を吐き出した。

『観念した』と全身で物語っている。


「わかったわよ。じゃ、じゃあ……言うから」


「お、おう」


 自分で要求しておきながら、返す勉の声は上擦っていた。

 茉莉花の漆黒の瞳が、真正面から勉を捉えた。

 勉はその圧に負けないよう、彼女の手をキュッと握りしめる。


「えっと……私は、その……」


「……」


「狩谷君が……」


「……ああ」


「すき」


 その言葉が耳朶を打った瞬間、勉の全身を駆け巡る血が沸騰した。

 頭の中は真っ白になって、心臓が早鐘を乱打する。

 喉はカラカラで、呼吸は荒くて……でも、最高の気分だった。


「……狩谷君?」


「すまん、感動のあまり死ぬところだった」


「何言ってるの? 病院行く?」


「いや、大丈夫だ。それにしても……他のカップルはいつもこんな会話を交わしているのか?」


「どうなんだろうね?」


 疑問に疑問で返してきた茉莉花も、顔を真っ赤に染めていた。

 コホンと軽く咳払いをひとつ。何回も深呼吸。

 瞳をスマートフォンのディスプレイに向け、小さな小さな声でポツリと呟いた。


「裏垢ってさ、ネガなイメージあるよね」


「……」


「特にエロ系って、なんかコミュ障拗らせた女がうんたらかんたらとかさ、ちやほやされてエスカレートするとかさ。まぁ、私に関しては間違ってないんだけど」


「立華」


「私はその……動機が不純ってゆーか、いや、裏垢自体が不純か。あれ? ま、いいや。今回の計画のために始めたけどさ……私、アレやってるとき、結構マジで救われてたんだよね」


「立華、その……」


「フォロワーの中に凄い人がいてさ。私を見て『生きる気力を貰ってる』とかガチなの。ちょっと引くこともあったけど、すごく嬉しかった。『ここにいてもいいんだ』って、私の方こそ元気貰ってた」


 いつしか悲壮な表情を浮かべていた茉莉花にカッコいいことを言おうとした口が縫い止められてしまった。

 どう考えても、そのフォロワーは勉の裏垢だった。タイムマシーンがあったなら、過去の自分をぶん殴ってやりたい。

 まわりまわって、色々と台無しである。せめて動揺がバレないように、ギュッと茉莉花の手を握りしめた。


――まぁ、良いか。立華だって『元気貰った』って言ってるし。


「でも、もうやめる」


 落ち着いた声に潜む固い決意を感じた。

 恋人である茉莉花の裏垢を許容するかどうかについては、迷いがあった。

 勉なりに思うところはあるものの、彼氏と言う立場を持って意思を押し付けることに躊躇いを覚えた。

 悩みに悩んだ末に、勉は彼女の意思を尊重すると決めた。丸投げしたとも言う。

 茉莉花は目蓋を閉じて額にそっとスマートフォンを押しあてた。

 白い喉が震え、桃色の唇が言葉を紡ぐ。


「今までありがとうございました。裏垢やってよかった」


 細い指で無機質な端末の表面を撫で、茉莉花は端末をポケットに放り込んだ。

 勉はその一部始終を、『RIKA』の結末を自分のスマートフォンで見ていた。


『RIKA』のアカウントは――消去された。


 わずかな時間の空白があった。

 俯いていた茉莉花が顔を上げた。

 彼女の顔を、とてもとてもきれいだと思った。


「行こう、狩谷君」


「ああ」


「私たちさぁ、ここから大変だよ」


「自分で蒔いた種だろう」


「うん。まぁ、そうなんだけど。彼氏なんだから、とことん付き合ってね」


「それは俺のセリフだ。ウンザリしても付き纏うからな。覚悟しろよ」


「はいはい、引くわー」


「……お前な」


 ふたりで顔を見合わせて、もう一度笑った。どちらも爽やかな笑顔だった。

 いよいよ学校が近づいていて、周囲には生徒が増えている。

 学年主席と学園のアイドルのカップルが目立たないはずがない。

 以前なら煩わしいと切って捨てたその眼差しが、今はやけに誇らしい。

 見上げると晴れやかな空が広がっていた。空の青さに感動を覚えた。


 初めて茉莉花に出会ってから激動があった。

 いいことばかりではなかったが、終わり良ければ総て良し。結果オーライ。

 最高の恋人と手を繋いで登校、そんな()()()()な青春が自分に訪れるとは思ってもみなかった。

 前途は多難だろうが……ふたりでなら、きっとどうにかなる。どうにでもなる。根拠のない確信があった。

 

「悪くないな、こういうの」


「狩谷君、贅沢言いすぎ」


 あまりに的確な茉莉花のツッコミに苦笑が漏れた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

これにて『ガリ勉君と裏アカさん』本編完結……と言うか、当初想定していた内容は書き切りました。

今後については、また改めて活動報告を上げようと思います。

とりあえず、まだ完結処理は致しません。


それではキリのいいところで、いつものクレクレを。

本作を『面白かった』とか『ここで終わりとか許さんぞ』とか思っていただけましたら

ブクマや評価、感想等で応援いただければ幸いです。

みなさまからの応援が、執筆を継続する何よりの力となります。

心よりお願い申し上げます。マジでお願いします!

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『あの子が水着に着替えたら』もよろしくお願いします。
こちらは気になるあの子がグラビアアイドルな現実ラブコメ作品となります。
― 新着の感想 ―
[良い点] えっちでえっちでえっちでした [一言] ここで終わらせるのは許さんっ!!
[一言] ここで終わるのは許さん!! 楽しくて一気よみしました。 とっても良かったです。
[一言] 数年後… が無茶苦茶欲しい くそ面白かったです!
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