表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/100

第51話 闇の中を、ただ歩み続けた

ヤバいくらい長くなってしまったので分割しました。



『一年がかりの計画』

 今回の裏垢騒動について茉莉花(まつりか)はそう語った。

 一年前と言えば、高校に入学して間もない時期だ。

 特筆するほどのことが何かあっただろうか?

 記憶を遡ってみるも、思い当たるイベントはない。


狩谷(かりや)君の想像どおり、パパやママに私の声は届かない。あのふたりにとっての私なんてそんなもんだって知ってたし。でも……」


 白い手に力が籠り、掴んでいた制服の袖に皺が寄った。


「でも、わかっていても納得できるかは別。諦められない。声を聞かせてほしかった。だから、どうすればいいかって考えた」


「……」


 口を差し挟めるような空気ではなかった。

 茉莉花がそれを望んでいないことは明らかだ。

 だから、沈黙を守ったまま首を縦に振った。

 睡眠が足りていないせいか、頭が妙に重かった。


「私じゃダメ。もっとあの人たちに影響を与えられる人物で、私の力で動かすことができる人物。『そんな人いるかー!』って腹が立ったけど……いた」


「教師か」


「うん、学校の先生ならピッタリだって思った」


 部外者である(つとむ)から見た立華(たちばな)夫妻の茉莉花に対する扱いは、どう言い繕っても最悪だ。

 ネグレクトすなわち虐待そのものだった。

 茉莉花が何をどのように訴えようと、彼女の両親は一顧だにしない。

 理不尽の権化じみた大人たちが無視できない人材として、確かに教師は適役だった。


 ターゲットは決まった。では次の問題。どうやって教師たちを動かすか。

 彼らに現状を話して助けを求めることは憚られたと茉莉花は力なく笑った。

 両親や立華家の外聞がどうこうというよりも、彼女のプライドが許さなかった。


「先生を動かすために学校のみんなを使おうって考えたんだけど、ちょっと弱いかなって」


「……だろうな」


 学校という組織は外部に醜聞を漏らすことを極端に嫌う。

 生徒が騒いで教師の耳に入ったぐらいであれば、躊躇いなく揉み消しに動くだろう。

 その手の失敗事例はテレビのニュースでよくやっているから、勉にも容易に予想できた。


「生徒だけじゃダメ。学校がしらばっくれちゃうから。もっと多くの人を巻き込みたい。仕掛ける以上はマジだけど、ガチな犯罪はアウト。警察のお世話になるなんて論外」


 単純に評価を上げる方向では考えなかった。

 どこまでやれば教師が親に声掛けしてくれるか見当もつかない。

 少なくとも中学から高校にかけて実践してきたパーフェクトヒロイン程度では話にならない。

 非常に残念ではあったが、評判を落とす方が手っ取り早いし確実性が高いと結論づけた。


「先生ってさ、怒るときにやたらと声大きくなるじゃん?」


「確かに」


 そうは言っても、あまり問題を深刻化させすぎて警察が介入してくるのは困る。

 悪事に手を染めたいわけではない。さじ加減が難しかったと零した。


「それでツイッターか」


「うん」


 インターネットには承認欲求とも呼べないような得体の知れない感情を持て余した人間がしばしば現れる。

 普段は誰にも注目されない者が大半なのだが、そんな連中でもネットでバカをやらかせば、瞬く間に所業どころか顔や名前まで世間に知れ渡る。

 特にツイッターはその傾向が顕著で、しばしば『バカ発見器』と揶揄されることもある。


「さすがに表のアカウントでやらかす気にはならなかったか」


「てゆーか、炎上狙いの下準備かな」


「下準備?」


「そう。匿名掲示板とかまとめサイト見てるとさ、対立煽りってあるじゃん。あれ、使えるなって」


「……対立構造は炎上の基本だな」


 一方的にターゲットを叩くより、騒ぎ立てる連中同士が揉める方が盛り上がるくらいだったりする。


「でもさぁ、ひとりで対立はできないよね」


「それで裏垢か」


 茉莉花は頷いた。

 表の顔と裏の顔を用意して、正体を隠したまま状況をコントロールする。

 タイミングを見計らってふたつの顔をひとつに合わせ、お互いのフォロワーを衝突させる。

 言葉にするのは簡単だが……狙いは対立の構築なのだ。似た者同士で意気投合されても困る。


「キャラ付けが重要だった。表の私はキャラを変えられないからね」


 裏垢のキャラを表の顔とは意図的に大きく乖離させる必要があった。

 正反対のキャラにつくファンならば、そうそう被ることはないだろう。

 とは言うものの、裏垢でも多数のフォロワーを稼がなければならないという前提がある。難問だった。


「勝手にバラされたら台無しになるから共犯者は作りたくない。これと言った特技がない私個人で出来るキャラ。そう考えると、使えそうなのは私の身体ぐらいしかないな~って」


 思春期の男女が強く関心を示すこと。バレたら恥ずかしいと思うこと。へまをやったら嗤いたくなること。

 仮に露見しても気づいた人間が口にしづらいことならば保険になる。

 その一方で、計画が発動したら一気に炎上することも必須である。

 エロ自撮り投稿者というキャラはバカバカしいようでいて、これらの条件をかなり高いレベルで満たしていた。

 こうして『立華 茉莉花』は学園のアイドルとしての振る舞いを維持しつつ、逆に『RIKA』は過剰なまでにエロに寄せることにした。


「念のために言っておくけど、私って元々えっちだったわけじゃないからね」


「……」


「あ、信じてないでしょ! 嘘じゃないから。同中(おなちゅう)のひとに聞いてみたらすぐにわかるんだから!」


 正直なところ、今までの茉莉花の発言の中でもぶっちぎりで嘘くさいと思った。

 金曜日のアレは何だったのかと逆に問いかけたくなるところをぐっと我慢した。


「はいはい、わかったわかった」


「む~、絶対信じてない!」


 発言の内容自体は信じられないのに、茉莉花の瞳にも声にも勉を騙す意図は感じられない。

 その反面、実際に目にしてきた彼女の振る舞いにも演技的なものはなかったように思う。

 つまるところ、どちらも真実。と言うことは……


――裏垢を始めたせいで眠っていた才能が花開いたってことか?


『立華 茉莉花』はエロの天才だった。

 余計に質が悪いのではないかと思ったが、当の本人はあまり気にした風でもない。

 とりあえずこの場で告げる必要はないと結論付けた。

 問題を先送りにしただけとも言う。


「ま、それはともかくとして。アイドルとエロ。これは行けるって確信した。天啓って奴?」


「それが嫌味に聞こえないところが立華らしいというか」


 茉莉花の計画は自分の容姿に対する絶対的なまでの自信をその源としている。

 生半可な女子では、とてもではないが実行に移すことはできなかっただろう。

 何とも茉莉花らしい計画としか言いようがなかった。躊躇わないところが凄い。


「褒められちゃった」


「褒めてないが」


 普段はカリスマとして君臨する茉莉花が一気に失墜する。その落差が大きければ大きいほど都合が良い。

 信奉者がアンチに変貌したタイミングを見計らって『RIKA』のファンと相争うように仕向ける展開が理想的だった。

 素人考えな作戦の割に状況は概ね上手く推移していたのだが……2年生になって計画を揺るがしかねない事態が発生してしまった。


「狩谷君から『RIKA』に気付いたって仄めかされたときは心臓止まるかと思った」


 身バレをまったく想定していなかったわけではなかったと言う。

 大抵の生徒なら何とでも言いくるめられる自信があったと茉莉花は胸を張った。

 しかし、相手が『狩谷 勉』となると話が変わってくる。直前に予想外のイベントに遭遇したばかりなのだ。職員室の一件である。

 ほとんど接点がなかったから意識していなかったが……この男は見た目やあだ名とは裏腹に、勉強一筋の真面目君ではなかった。

 むしろイメージとは似ても似つかない性質を持つ校内有数の問題児であると、唐突に気づかされてしまったのだ。


「何それって言いたくなった私の気持ち、わかる?」


「知らん」


 茉莉花が計画の根底に据えていた教師を路傍の石ころ扱いする姿を見せつけられた直後に身バレが判明。

 焦るばかりで適切な対応が思いつかない。シャレにならなかった。

 しかも原因が膝の裏のほくろときた。

 バカバカしい計画が、バカバカしいところから綻び始めた。

 持ち上げられて、有頂天になって、エロ画像の投稿が楽しくなって……調子に乗った結果が、このざまだ。


 事が事だけに、理不尽な要求を持ち掛けられても誰かに助けを求めることもできない。

 計画の失敗どころか、下手したら勉の言いなりなんてエロスな可能性まである。

 まさしく絶体絶命の危機だった。のだが……


「監視して弱みを握ろうと思ったのに、黙っててくれるどころか投稿続けてくれなんて言うから、これはついに私の頭がおかしくなったかなって」


「……バレたのが俺でよかったな」


 勉の声に苦々しいものが混じった。監視されていたとは気付かなかった。

 やたら接触してくるなぁとは思っていたが、まさかそんな裏の意図があったとは。


「しばらく様子を見てたけど何にもないし。てゆーか間近で観察てたら、むしろいい人だなって」


 疑いが晴れてからも、離れようとは考えなかった。気を張り詰め続ける毎日の中で、勉の傍だけが優しい世界だった。

 茉莉花は流れるように、そう続けた。


「ほんと、狩谷君でよかった」


 穏やかな表情と、暖かい声。

 荒涼としていた雰囲気が、今この瞬間だけ柔らかい。


「狩谷君でよかった。狩谷君でよかったよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『あの子が水着に着替えたら』もよろしくお願いします。
こちらは気になるあの子がグラビアアイドルな現実ラブコメ作品となります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ