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第47話 茉莉花の家へ

また文字数多めです。申し訳ない……


 学園のアイドル『立華 茉莉花(たちばな まつりか)』と、エロ自撮り系裏垢こと『RIKA』が同一人物であると発覚した週末明けの月曜日。

 (つとむ)の心配をよそに何事もなかったかのように登校してきた茉莉花は、クラスメートの奇異の眼差しを気にした素振りを見せていなかった。

 しかし、生徒指導教諭に呼び出されて教室を後にした彼女は、その整い過ぎた顔を蒼白に染め上げて教室の入り口に立ちすくみ、中に入ることなく廊下を走り去った。

 授業を放り出して後を追った勉だったが、生来の運動神経や体力の問題で茉莉花に追いすがることは叶わなかった。


『どこへ行ったのかはわからないが、自宅で待ち伏せれば会えるはずだ』


 そう考えた勉は次の問題にぶち当たる。それなりに近しく関わってきたくせに茉莉花の家を知らない。

 教師に頭を下げて教えてもらうことも考えはしたが、個人情報がどうこうとうるさいこのご時世、そう簡単に彼らが口を割るとも思えなかった。

 茉莉花ほどの美少女の自宅の情報を知りたがる者は少なくはないはずだ。その中にストーカー予備軍がいる可能性を否定できない以上、その対応は間違ってはいない。

 悩みに悩んだ勉の脳裏に思い浮かんだのは、情報通の友人『天草 史郎(あまくさ しろう)』の顔だった。

 人懐っこく人間関係の機微に長けた軽妙なイケメンとして多くの知己を持つあの男ならどうだろう?

 一縷の望みをかけてSNSで救援を乞うと――程なくして地図アプリのアドレスを添付したメッセージが届いた。


『今から立華さんを探すのか?』


『ああ』


『授業どうすんの? 先生ガチギレなんだが』


『知らん。勝手に怒らせておけばいい』


『それでとばっちりを食うのはオレ達なわけだ』


 史郎から送られてきたメッセージに勉の手が止まった。

 常日頃から教師やクラスメートを軽視してきた。

 しかし、別に好き好んで彼らに迷惑をかけようとまでは考えていない。

 ましてや数少ない友人のひとりである史郎を困らせることは本意ではない。

 悩みはしたが……結果は同じ。口を引き結んだままディスプレイに指を走らせる。

 

『……すまん。あとで借りは返す』


『ま、いいけど。女か授業のどっちか選べって言われたら、オレだって女を選ぶからな!』


 メッセージに目を通すなり身体が強張ってしまう。

 今の自分を突き動かしている感情は……つまるところ、そういうことなのだろうか?

 どう返事をしたものかと硬直してしまったところに、さらに史郎のメッセージが続く。


『こっちのことはいいから、さっさと立華さんを追いかけなって』


 次々と送られてくるメッセージは、いずれも勉の背中を押してくれるものばかり。

 いつもなら煩わしく感じられるSNSのやり取りが、今日に限っては実にありがたかった。

 正面切ってこんなことを言われたら、面映ゆいどころか全身を掻きむしりたくなるに違いない。


『そういうの、青春じゃん。さっきの立華さん、ただ事じゃなさそうだったし……気になるよな』


『ああ、そうだな』


『あんなSSR級の美少女に何かあったら、人類の大損失だぜ』


『ああ、取り返しがつかん』


『さすが勉さん、よくわかってるな。とゆーわけで、立華さんは任せた』


『任せろ』


 スマートフォンをポケットにしまって、靴を履き替えて駆け出した。

 校舎を後にする勉の背後から教師の罵声が聞こえたが、振り返ることはなかった。

 微かに応援してくれる声が混じっている気がした。



 ★



 日頃は意識しない自分の欠点にイライラさせられる。

 勉は――地図を読むのが苦手だった。

 史郎から送られてきたアドレスを開き、最寄り駅まではたどり着けたのだが、その先が良くない。

 地図と実際の街並みをうまく照合させられず、やや方向音痴の気があることを思い出させられる。

 交番に駆け込もうかとも思ったが、平日の昼間に制服を着たままなのだ。官憲相手となると足がすくむ。

 さすがに逮捕だの補導だのはないだろうが、とっ捕まって学校に強制送還では元も子もない。

 結局コンビニで道を聞くことにした。何も買わずに済ますわけにもいかなかったので、店に入るたびに一品ずつ買っていく。

 アンパン、パックの牛乳、のど飴などなど。弁当どころか荷物を丸ごと学校に置いてきたので、小腹を満たすにはちょうど良かった。


 各所に店を構えるコンビニを伝って少しずつ目的地に近づいていくと、街の風景がだんだん変化していくことに気づかされた。

 道案内に従って駅前の繁華街を越えた先は――閑静な高級住宅街だった。


「ハウスキーパーがどうこうと言っていたな」


 先週末に茉莉花を家に泊めた際に、そんな話を聞いた。

 あの時はあまり深く突っ込まなかったが、やはり彼女は裕福な家庭の出身のようだ。

 どんどん進んでいくと、どんどん家の数が減っていく。

 反比例するように、一戸当たりの敷地面積がどんどん広くなっていく。

 一般市民でも頑張れば手に入りそうなエリアはとっくに過ぎ去っている。


――おいおいおいおい……


 そうしてしばらく歩いた末に、ある家の前で立ち止まった。

 スマートフォンに表示された地図を見る。前を見る。塀だった。

 首を横に曲げると――ずっと塀だった。つまり大きな家屋だった。

 塀を伝って道を辿っていくと、やがて大きな門に到着した。

 表札に目をやると今どきあまり見かけない筆記体で『TACHIBANA』と記されている。

『立華』つまりここは茉莉花の家。どうにかこうにか目的地に到着することができたのだ。


「デカすぎるだろ……」


 初めて目にする茉莉花の家(仮)はデカかった。家と言うより屋敷に近い。

 本格ミステリーの舞台にピッタリな洋風の屋敷。普通の人が住んでいるようには見えない。

 中学2年の頃に母親が再婚して住むことになった狩谷家も相当裕福な部類に入っているはずなのだが、その狩谷家よりも立華家の方がさらに大きい。

 その威容に気圧されながらも表札の下に鎮座するブザーを押す。反応はない。何度やっても結果は同じ。


「立華、まだ帰ってないのか」


 声に落胆のため息が混じって、慌てて首を振った。

 こんなところで気落ちしている場合ではない。

 元々『茉莉花が最後に帰ってくる場所』と想定して待ち伏せる予定だったのだ。

 今ここにいないからと言って、どうこう思い悩む必要はない。

 門扉を見上げると、一台の監視カメラがあった。

 何だか睨まれている気がしたので、睨み返した。子どもっぽいと思いながら。



 ★



 茉莉花の家に到着してから、しばしの時が過ぎた。

 何度かSNSで茉莉花にメッセージを送ってみたが、反応はない。

 念のため史郎にも連絡したが、あちらの方も特に変わりはないとのこと。

 勉と茉莉花の出奔などなかったかのような平常運転だとメッセージには記されていた。


『ちゃんとたどり着けたみたいでホッとしたぜ』


『地図を貰ったんだから当然だろう?』


『いや、勉さんが方向音痴だったこと思い出してどうしようかと』


『俺は方向音痴なんかじゃないぞ』


『方向音痴な奴は、みんなそう言うんだ』


 スマホをポケットにしまって空を見上げた。

 梅雨の季節にしては珍しい好天だった。先週末の大荒れがウソのよう。

 茉莉花を家に泊めてから、まだほんの数日しかたっていないのに、彼女を取り巻く状況は激変してしまった。

 どうしてこんなことになってしまったのかと、頭を抱えたくなった。


――いかんいかん、俺が弱気になってどうする。


 頭を振って気を取り直し、ずり落ちた眼鏡の位置を直す。

 監視カメラを睨み付けると、唐突にポケットのスマートフォンが震えた。


「天草か? 今度はいったい……」


 煩わしげにスマホを取り出し、ディスプレイをタップ。


『何してるの?』


「立華!?」


 メッセージの送信元は、茉莉花だった。


『何って立華を探して……待て、ひょっとして家にいるのか?』


 レスを返してみたが、反応はない。

 しかし……『何してるの?』という問いかけは、勉の姿が見えていなければ出てこないだろう。

 思わず監視カメラを見上げてしまう。無機質なレンズ越しに、茉莉花と目があった気がした。

 勉がここに陣取ってから人の出入りはなかった。彼女が裏口から入った可能性はあるが……自宅に戻るのに裏口を使うかという疑問はある。

 つまり――茉莉花は最初から家の中にいた可能性が高い。


『私が自分の家にいて、何か変?』


 変ではないが、今の今まで放置されていた理由は知りたい。

 そう思ったが、そのまま送信することは憚られた。

 話したいことは、そこではない。


『いや、そう言うわけではない。少し話さないか?』


『嫌』


 にべもない即答だった。

 飾り気がなさすぎて、いつもの茉莉花との落差が激しい。

 どんな顔をしてこのメッセージを打っているのか、想像がつかない。


『話すことなんてない』


『そんなことを言わずに、頼む』


『まだ学校ある時間なのに何でこんなところにいるの?』


『学校なんてどうでもいいだろ』


『警察呼ぶよ』


『呼びたいなら呼べばいい』


 強気で返した。

 彼女はそういうことはしないと思った。

 勉の知る『立華 茉莉花』と言う少女は、自らの身を案じて会いに来た『友だち』を警察に突き出すような人間ではない。


『どうやったら帰ってくれるの?』


 茉莉花の反応が少し遅れた。

 行間から舌打ちの音が聞こえてきそうだ。


『だから話を』


『何で私が狩谷(かりや)君と話をしないといけないの?』


――『何で』……『何で』か……


 勉の指が止まった。

 茉莉花のメッセージからは拒絶の気配が強い。

 生半可な理由では、彼女の譲歩を引き出せそうにない。

 強いカードが必要だった。一発逆転を狙えるほどの。

 ここで友情を引き合いに出すことは――怖かった。

 否定されたら、自分と茉莉花の関係が根底から崩れてしまう。

 でも――


――本当は話したがってる……ってのは思い上がりか?


 口では否定しても身体は正直……なんてエロ親父みたいなことを言うようだが、彼女も心の底では対話を求めているように見える。

 100%の拒絶に引きこもるのであれば、こうして勉とメッセージをやり取りする必要がない。ブロックして終わりのはずだ。

 向こうもキッカケを求めているのではないか。そんな気がした。 

 頭の片隅に引っかかるものがあった。茉莉花の声だった。何か言われていた。目を閉じて脳内を探ると、答えはそこにあった。


――これだッ!


 指が勝手に動いて言葉を紡ぐ。


『貸しがあるだろ』


『貸し?』


『そうだ。生徒指導から助けた。ノートを貸した。クラスメートにツッコまれてるのを助けた。雨宿りに家にも泊めてやった。まだ何も返してもらってないぞ』


 送信したメッセージを見て『しみったれているな』と自嘲した。

『貸し』なんて、今の今まで忘れていた。

 茉莉花と知り合った直後に『借りは返さないと~』と拘っていた姿を思い出したから、使えると判断した。

 別に恩を売ったつもりはないし、本当に借りを返して欲しいわけでもない。

 勉の方から無理やり対話を求める理由付けが欲しかった。強引なくらいでちょうどいい。

 茉莉花が呆れながらも渋々応じてくれるくらいのものなら、なおさらいい。

 反応はなかった。勉はじっとスマートフォンのディスプレイを睨み付ける。

 そして、しばらくして――


『30分待って』

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『あの子が水着に着替えたら』もよろしくお願いします。
こちらは気になるあの子がグラビアアイドルな現実ラブコメ作品となります。
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