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第24話 試験終了、ふたりの打ち上げ会 その1

総合評価100pt超えました。

みなさま、ありがとうございます!


 つとむ茉莉花まつりかと共に勉強をすることになって幾日かが経過し、ついに中間考査が始まった。

 職員室には『立入禁止』の張り紙がデカデカと掲示され、校内の人間のほとんどが息苦しい緊張を強いられる日々が続いた。

 生徒たちは、チャイムが鳴るたびにテスト用紙と向かい合って頭を悩ませる。

 校内の大半の人間が眉間に深い皺を刻むことさらに数日、


「「「「「「終わった~~~~~」」」」」」


 最終日、最後の試験の終了を知らせるチャイムが校内に鳴り響いた。

 響き渡る歓声は悲喜こもごも。喜びをそのまま口にする者もいれば、頭を抱えて悲嘆にくれる者もいる。

 長らく禁止されていた部活に颯爽と向かう生徒もいれば、放心状態のまま虚空を眺める生徒もいる。

 いつもならば解放されすぎた若者たちを窘めるべき教師たちも『まぁ、今日ぐらいは仕方ないか』と苦笑を漏らす。


 そんなモザイクじみた教室模様の中にあって、勉の顔はいつもと変わらなかった。

 さすがに試験の真っ最中に内職こそしないものの、取り立てて試験勉強をするでもない。

 ただ提示された問題を解いて、何度か見直す。余った時間は体力温存のために居眠りしていた。

 試験が終わった今も他の生徒たちに目もくれず、荷物を鞄にしまって教室を後にしようとした。のだが……


「おう、勉さんや。早速バイトか?」


「いいや、週明けからだ」


 苦難に満ちた試験が終わって浮かれた声を抑えようともしない友人『天草 史郎(あまくさ しろう)』に向かって不愛想に答えた。

 史郎は基本的に軽妙な男ではあるが、今日はその軽さに磨きがかかっている。

 放っておけばフワフワとどこかに飛んで行ってしまいそうな、奇妙な雰囲気があった。


「真面目だねぇ」


「普通だろう?」


 このやり取りも、試験が終わるたびに繰り返されている。

 お互いに心の底からの思いを口にしているが、相手に響くとは考えていない。

 価値観の違いを尊重し合えるぐらいには、勉と史郎の関係は深かった。


「いやいや、せっかく試験が終わったんだぜ。たまには自分にご褒美をプレゼントするくらいゆとりを持とうぜ」


「?」


 史郎の言葉に勉は眉を顰めて首をかしげた。自分を労う必要性を感じていなかったからだ。

 試験対策に手間を取らされることのない勉は、アルバイトを始めた当初、試験直前になってもいつもと同じように店に顔を出していた。

 高校の試験スケジュールを把握したバイト先の店長の方から、『試験前は勉強に集中しなさい』と強制的にシフトを外されてしまったわけだが。

 当時から不満を覚えていたし、今回もできればさっさと日常の生活サイクルに復帰したかったが、雇われの身で雇用主の言葉には逆らえない。

 ゆえに暇かと問われれば暇であり、その言葉を耳にした史郎が次に何を言い出すかは十分に予想できた。

 

「まぁ暇ならいいや。じゃあこれから打ち上げにでも――」


狩谷かりや君、ちょっといいかな?」


 史郎とは反対側から透きとおるような、それでいて甘やかな声が勉の耳朶を打った。

 すっかり聞き慣れた声は、振り向かなくともその主が誰であるかを知らせてくれる。


「すまんな立華たちばな、天草が」


「天草君?」


 振り向いた先には――学園のアイドル『立華 茉莉花』がにこやかに笑みを浮かべている。

 自身に向けられていない笑顔の意図を推し量ることは難しかった。

 ……何となく作り物めいた硬い表情だとは感じられた。

 

「え、あ、いや~~~~~、俺は別に何も」


「天草?」


 いきなり白々しい声を上げて引き攣った声をあげた友人。

 その豹変に怪訝な眼差しを向けると、


「勉、安心しろ。オレは野暮なことはしねぇ」


 ぽんぽんと肩を叩き、くるりと背を向けて、ひらひらと手を振りながら遠ざかっていった。

 声をかける暇もなかったし、『声をかけるな』と史郎の背中が語っていた。

 茉莉花の方を見やると、そこには先ほどと変わらぬ笑顔がある。


「どうかした、狩谷君?」


「……何でもない。それで、俺に何か用か?」


 茉莉花に勉強を教える期間については特に定めていなかったことを思い出した。

 何となく、この中間考査にケリがつくまでというつもりでいたのだが……

 ちょうどいい機会だった。そのあたりの確認をしておかなければならない。


「……」


 背筋に震えが走った。唇が強張って動かなくなった。

 茉莉花の笑みが怖い。

 表情は変わっていないし、おかしなことを口にしているわけでもないのに。

『蛇に睨まれた蛙』などと言う嫌なことわざが脳裏に浮かんだ。勉がカエルで茉莉花が蛇だ。

 ……さすがに本人に向けて『蛇』呼ばわりするほど不躾ではなかった。

 

「何って、試験が終わったんだよ」


「そうだな」


「試験が終わったら?」


「普通の授業に戻るな」


「違います。打ち上げです」


 ひと言ごとに茉莉花からの圧が強くなる。

 どうやら選択肢を間違えたらしい。

 

「俺はああいう場所は苦手だ」


「『ああいう場所』って? さっき天草君と打ち上げがどうとか言ってなかった?」


「その……大して付き合いもない人間が大勢集まって騒ぐとか、そういう場所が苦手だと」


「大勢?」


 茉莉花が眉を顰めた。

 昨年度ミスコン覇者にして学園のアイドルである茉莉花は常に数多くの人間に囲まれている。

『ガリ勉ノート』を巡る先日の一件を経て、放課後に勉と図書館で勉強するようになっても、休み時間はそれまでと変わらぬ教室の太陽であり続けていた。

 そんな彼女が『打ち上げをする』と声をかければ、当然のごとくクラスメートの大半が集まってくることは自明の理。


「ああ、そういうこと」


 勉が思うところを説明すると、茉莉花は得心したように頷いた。

 茉莉花は鈍感ではない。教室内における自分の立場を正確に理解している。

 

「えっとね……今回はそういうの無しにしようって思ってたんだ」


「それはまた、どういう風の吹き回しだ?」


「どういうって、ほら、私、狩谷君にお世話になりっぱなしじゃない?」


「俺の方が立華のお世話になりっぱなしなんだが」


 学園のアイドル『立華 茉莉花』は、エロ画像投稿系人気裏垢『RIKA』でもある。

 あくせくと日々を過ごす勉にとって、彼女が投稿する写真は心身を充実させるためにも欠かせない。


「そういう話はしてない」


 茉莉花の声がフラットに響いた。

 これは……結構怒っている。

 またもや選択肢を間違えたようだ。


「すまん」


「で、どうするの? 行くの、行かないの?」


「……一応聞いておくが、俺に拒否権はあるのか?」


「ご想像にお任せします」


 今日一番の笑顔からは、抗いがたい引力を感じさせられた。



 ★



 茉莉花に連行された……もとい案内された先は、カラオケボックスだった。


「やっぱ打ち上げといえばこれでしょ」


「そうなのか?」


「そうなの」


「そうなのか……」


 自信満々に言い切られたものだから、とっさに返す言葉が思いつかなかった。


「狩谷君、打ち上げとかって初めて?」


「いや、天草と何度か行ったことがある。カラオケは初めてだが」


 初めて足を踏み入れたカラオケボックスは、不思議な空間だった。

 室内はそれほど広くはない。でも、ふたりで占有するには十分なスペースが確保されている。

 照明は薄暗くて見たことのない機械がいくつもあった。

 尋ねれば茉莉花は教えてくれるだろうが、何となく躊躇われた。


「ふ~ん、天草君とはどんなところに行くの?」


 何気ない茉莉花の問いに、妙な違和感を覚えた。

 しかし、何が奇妙なのか言語化することができない。

 セリフからも声色からもネガティブな印象は受けない。

 ただ……『慎重に回答せよ』と脳の深いところが警鐘を鳴らしてくる。


「そうだな……牛丼屋」


「うんうん、他には?」


「ファミレス」


「なるほどねぇ」


「あと、牛丼屋」


「え、それだけ? もう一周したの?」


「それぐらいだな」


「へ、へぇ……えっと、聞いてなかったんだけど、天草君以外の人は?」


「天草だけだな」


 問われるがままに答えた勉の目の前で、茉莉花が震えていた。

 わずかに俯いている彼女の顔にいかなる表情が浮かんでいるのか、背が高い勉からは窺い知れない。

 これまでの経験を振り返ってみると……こういう茉莉花に迂闊な声をかけるのは危険だと判断した。

『我ながら臆病なことだ』と自嘲していると、唐突に学園のアイドルは顔を上げた。

 きっと眼前の勉に強烈な眼差しを向けて、叫ぶ。白い指を目と鼻の先に突き付けて。


「狩谷君は、打ち上げをわかってない! これからみっちり叩き込んであげるから、覚悟しなさいッ!」

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『あの子が水着に着替えたら』もよろしくお願いします。
こちらは気になるあの子がグラビアアイドルな現実ラブコメ作品となります。
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