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第21話 傲慢に胸を張れ その2

 つとむ茉莉花まつりかの間で行われていたノートのやり取りが見られていた。

 茉莉花が勉との関係をみんなの前で弄られて返答に窮し、苛立った勉が割って入って口論になった。そして、茉莉花を庇って矢面に立つことになった勉が放ったひと言によって、教室は水を打ったように静まり返った。

 誰もが戸惑いを覚える中、おずおずと史郎しろうが口を開く。


「そ、そこまでやるのか? ……いや、まぁ、いいけどよ」


 先ほどの反応から察するに、史郎は勉が揉めていた女子にノートを売らないと言った時点で手打ちになると思っていたように見受けられた。

 この友人は勉と茉莉花の近しさに気付いている。

 ゆえに勉を慮って、件の女子に対するノートの売却停止にはアイコンタクトだけで了承してくれた。

 しかし、史郎の予想に反してトラブルは終息の気配を見せず、状況は次のステージになだれ込む羽目になた。

 すなわち『ガリ勉ノート』の完全終了宣言である。

 ノートの使用禁止をちらつかせても、相手は勉たち以外の経路からノートを入手するから関係ないと嘯いてくる。

 ならば……根っこから遮断する。

 向こうが舌鋒の矛先を収めないと言うのなら、どんな手段に訴えてでもノートは使わせないと断固たる意思を表示してみせた。

 他の連中が巻き込まれることになるが、そんなことは勉の知ったことではない。


――天草あまくさには悪いことをしたな。

 

 心の中で謝ってはみるものの、ここで引き下がるつもりは全くなかった。

 勉の元には1年生の頃からずっと収集し続けてきたデータがある。

 この学年において勉のノートを活用してる人間は――おおよそ3分の1にも達するという情報が。

 先ほどのやり取りを考慮すれば、実際の利用者はもっと多いのかもしれない。

 ひとりひとりの素性までは把握していないが……彼らの中には、もはや『ガリ勉ノート』がなければ立ちいかない者も存在する。

 彼らの不満や怒りはノート供給停止の原因となった女子に向かうだろう。

 なにも勉が直接彼女を攻撃する必要はないのだ。

『ガリ勉ノート』の売買はもともと善意から始まったものではない。勉にとっては将来を見据えた有用なカードの1枚に過ぎない。

 本来ならば大学受験のために残しておきたかった切り札ではあるが……まぁ、ここで使ってしまっても構うまい。


「あんた、いきなり何言ってんの? ノートは関係ないじゃないの?」


「関係あるかないかは俺が決める。お前に口を挟まれる謂れはない」


 教室という空間に似つかわしくない厳しい言葉は、勉の想像以上に重く響いた。

 この断言を受けて、今まで沈黙して様子見に回っていた教室の面々は俄かに騒めき始めた。他にも顧客がいるらしい。

 勉と件の女子(名前を覚えていない)の間で睨み合いが続いた。

 時を経るごとに、ふたりに向けられる視線に敵意が増していく。

 教室に渦巻く意思を、勉は傲然と胸を張って跳ね返した。

 対する相手の肩を、傍にいた女子(やはり顔も名前も覚えていない)が叩いた。


「……」


「……ッ」


「……アンタのとばっちりで……」


「裏切者ッ!」


「……バカ、頭冷やしなよ。運動部全体を敵に回すよ?」


「ヒッ……」


 睨み合い。歯ぎしり。動揺。恐怖。

 宥めすかして脅かして。話し合って睨み合って。

 距離があったので、ふたりの女子のヒソヒソ声を聞き取ることはできなかった。


狩谷かりや君」


 ややあって口を開いたのは、後で立ち上がった女子だった。

 最初に茉莉花に絡んでいた女子は口を閉ざしたまま、親の仇でも射殺しかねないような視線を向けてきている。


「ごめん、この子が機嫌を害したのなら謝るから。その、ノートを……」


 その声はあまりに切実に過ぎていた。滑稽ですらあった。

 心情を想像することはできても、同情することはできなかった。


「そういうことは本人が直に答えるべきだ。で、どうするんだ?」


 教室中の生徒たちの注目は、勉を睨み付けている女子に向けられた。

 彼女の胸中は理解の外ではあるが、あちらの出方によってはノートの供給を辞めるつもりだった。冗談抜きで。

 その時、学年の3分の1の非難が向けられるのは、表向きはあちらの方だ。想定していたよりも大事になりそうだ。

 もちろん勉も恨みを買うだろう。筋違いだとは思うが、そんなことはどうでもよかった。物事には優先順位があり、勉には自身よりも守りたいものがある。それだけのことだ。自分が引き起こした結果を甘んじて受け入れる覚悟はできている。

 重苦しい沈黙ののちに、憎悪に満ちた眼差しのまま、もうひとりの女子が口を開いた。


「謝るから、ノートを……」


「最初に謝る相手は俺じゃないだろう。そんなこともわからないのか?」


「……ッ」


 吐き捨てると、女子の頬が紅潮した。

 どうにも解せない反応だった。

 

「ごめん、茉莉花」


 茉莉花に向き直った女子は、渋々と言った体で頭を下げた。


「ううん、別にいいよ。元はと言えば私が見栄張って狩谷君に黙っててもらったのが悪いんだから。狩谷君、ごめんね。ほら……」


「ガリ勉……じゃなくて狩谷君、ごめんなさい」


「そうか」


 弄ってきた女子に対してすら慈愛の表情を浮かべる茉莉花からの謝意はともかく、誠意の籠っていない『ごめんなさい』に意味を感じなかった。

『どうでもいい』と続けようとして、止めた。

 さすがにそれは火に油を注ぐ行為であることくらいは理解できる。

 とりあえず茉莉花にまつわる騒動は有耶無耶にされた。

 勉が目に見える形で不快感を表明してクラスメートの耳目を集めた結果、彼女が勉からノートを借りていたことは、もはや些細な問題として片付けられていた。

 ……ハッタリを利かせすぎた気がしなくもないが、どうせなら徹底的にやった方が効果があるだろう。結果オーライだ。


「えっと、狩谷君、ノートは」


「そのあたりは天草に聞いてくれ」


「お、おう。そこでオレか。まぁほら、仲直りもできたってことで、ここはひとつ」


 仲介に入った女子の懇願を史郎に振った。

 人間関係の機微に疎い自分と違い、彼ならうまく場を収めてくれるだろうと信頼していたから。

 果たして期待を裏切ることなく、史郎は軽妙なトークを交えて騒乱を収めてくれた。


 不用意な発言から始まったトラブルが無事に決着して、教室の空気が弛緩する。

 誰もが安堵する中で、椅子に腰を下ろした勉は背筋が寒くなる感覚を覚えていた。

 気配を辿ってみると――茉莉花が物凄い笑顔を向けてきていた。

 あれは、怒っている顔だ。整い過ぎた顔から迸る怒りがヤバい。

 予想できてはいたが、やはりこの決着は彼女のお気に召さなかった模様。


――仕方ないな……


 腰を下ろしてため息ひとつ。

 肩を叩いて労ってくれる史郎の心遣いが、やけに身に染みた。


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『あの子が水着に着替えたら』もよろしくお願いします。
こちらは気になるあの子がグラビアアイドルな現実ラブコメ作品となります。
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