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第20話 傲慢に胸を張れ その1


「いちいちうるさいな。最近授業についていけていないと相談されたから、教えていただけだ」


 椅子を蹴って立ち上がり、傲然と胸を張って言い放つ。声が震えないように喉と顎に力を籠めた。

 眼鏡越しに睨みを利かせてクラスメートを威嚇する。

 喧嘩腰の荒げた声ではないものの、内に潜むヘヴィな苛立ちを感じ取った生徒たちの視線がつとむに集中した。


 反応は様々だった。

 茉莉花まつりかいじっていたところに突然乱入してきた勉に対して、不快感を露わにする者がいた。

 逆に面白がっている者もいた。ちょうどふたりの関係が話題になっていたところだったから。

 いずれにせよ――


――なんだ、大したことないな。


 勉とクラスメート。

 同じ教室に籍を置いて2か月と経っておらず、これまで互いに興味を向けあったこともなかったが……彼らのどのような感情も、痛痒を覚えるほどのものではなかった。学園のアイドルである茉莉花は人目を気にする素振そぶりを見せていたが、勉にとってクラスメートという存在には、日常生活の背景以上の意味合いはない。

 茉莉花も振り向いて驚愕の眼差しを向けてくる。桃色の唇が微かに震えていた。

 その大きく見開かれた漆黒の瞳に湛えられた感情を読み解くことはできない。


「へぇ、ガリ勉って頼めば勉強教えてくれるんだ。いい奴じゃん。じゃあ私もお願いしていい?」


 茉莉花に絡んでいた女子が挑発的な言葉を投げかけてきた。

 小馬鹿にした口調は、明らかに勉を見下している。根拠は不明だ。

 顔に見覚えはなかったが、無性に癇に障る表情を浮かべていた。


「お断りだ」


「……何で即答なわけ?」


 一顧だにせず否を突きつけられて鼻白んだ女子は、こちらも苛立ちを隠さないままに反撃に転じてきた。


「お前に勉強を教えて、俺に何の得があるんだ?」


「な、何よ、その言い方! じゃあ、茉莉花に勉強を教えたら何かいいことがあるの?」


「それをお前に答えて、俺に何の得があるんだ?」


「なっ!?」


 茉莉花を問い詰め、勉に挑んできた女子は口をパクパクと開閉させている。

 まさかここまで直球の答えが返ってくるとは想像していなかったのだろう。

 詳細を語るまでもなく、勉が茉莉花と勉強することには明確な利得がある。

 男子だったら、誰だって即座に思い当たるに違いない。現に頷いている者もいる。

 ミスコン覇者にして学園のヒロインとお近づきになる。

 それが思春期真っ盛りの高校生男子にとって、利得でなくて何なのか。

 裏を返せばノータイムで断った女子には、そういう魅力を一切感じていないと明言しているわけでもある。

 昨今はセクハラがどうこうとうるさいご時世だ。あまりそういうことは露骨に口にするものではないという暗黙の了解がある。勉はそれを無視した。

 あえて無視したのではなく、元からこんな性格なのだ。善人面するつもりはない。

 勉は面食めんくいであり、相手によって対応を変える。褒められた態度ではないが、隠す気はない。聞かれなかったから答えなかっただけ。

 今も問われないから教えない。突っ込まれるとめんどくさいので、素知らぬ顔で話題を変える。


「学力が伸び悩んでいる奴が多いと聞いたが、どいつもこいつも……くだらないことを詮索している暇があったら復習でもしたらどうだ?」


 教室を見回してみれば、心当たりのある者がきまり悪げに俯いた。

 その一部は地べたから見上げるように恨みがましげな眼差しを向けてくる。

『フン』と鼻息ひとつ鳴らしてみれば、そんな視線は霧散してしまったが。


「ちょっと、アンタ調子に乗りすぎじゃない?」


「公衆の面前で他人のプライバシーに土足で踏み込む奴に、そんなことを言われる筋合いはない」


 などと言い放っては見たものの、実のところ勉は相手がどのような人物なのかわかっていなかった。この女子について知っている情報は、つい今しがた史郎しろうに聞いた内容だけだったりする。

 関心のない人間の顔と名前を覚えるのは苦手なのだ。この教室では茉莉花と史郎以外は記憶にない。

 

「……ノート以外に取り柄のないガリ勉のくせに、なにイキッてんの?」


『ガリ勉』という呼称が侮蔑の意図を含んでいることは以前から気付いてはいたが、これまでは放置していた。

 どうでもいいと思っていたからだ。今はどうでもよくはない。

 なぜなら、勉はすでに名前も知らないこの女子を『敵』として認識している。

 否、敵と呼ぶほどの相手ではない。職員室に蠢いている教師と同じ、煩わしい障害のひとつに過ぎない。

 感覚的にはごくまれに姿を現す《《あの》》黒い虫と何ら変わりない。


――ん?


 さてどうするかと息巻いてみて――彼女の言い回しに違和感を覚えた。

 この女子は少なくとも勉のノートの有用性を認識している。

『ノート以外に取り柄がない』という言葉が意味するところは……


「その口ぶり……ひょっとして俺のノートを使っているのか?」


「それとこれとは関係ないでしょ」


 食い気味な早口が返ってきた。

 図星のようだった。女の顔に焦りが浮かんだ。

 この女は『ガリ勉ノート』の利用者だ。

 

――なるほど、ならば簡単だ。


 即座にこの女子を叩き潰すアイデアが脳内に構築された。

 チラリと史郎に視線を送ると、事情を察してくれた友人は軽く頷き返してきた。

 勉と史郎は短くない付き合いだから、余計な言葉はいらない。

 アイコンタクトで十分だった。


「そうか。ならお前には今後一切ノートを売らない」


 かつて茉莉花は『ガリ勉ノート』をして『敵に塩を送る』と言った。

 あの時の勉にはクラスメートの誰かが『敵』になるというイメージがなかった。

 今は違う。この女は敵だ。なるほど、敵に塩を送る必要はない。


「勝手にすれば? ボッチのアンタと違って私にはちゃんと友達がいるし」


 鼻で嗤われた。

 製作者(と胴元)を前に随分な態度だが……実際のところノートの又貸し等に関する取り決めはなかった。だから、彼女のリアクションはさほど見当違いというわけでもない。

 勉がこの女にノートを見せないと言っても、他の経路から入手することは可能なのだ。

『自分たちが把握している以上にノートが広まっている』と以前に史郎から聞かされたことは忘れていない。


――まぁ、そう言うだろうな。墓穴を掘ったか。


 この反応は予想できていた。

 史郎が予想しているかは知らない。

 兎にも角にも、状況は次のステージに移行する。


「ふむ……ならば、もう誰にもノートは見せない」


「は?」


「誰にも見せなければ、お前はノートを見られない」


 眼鏡の位置を直しつつ、吊り上がった口角を掌で隠した。

 突然の『ガリ勉ノート』終了宣言に、さっきまでうんうん頷いていた史郎が目を白黒させている。

 教室は水を得ったように静まり返っている。勉が言い放った言葉の意味を、誰もが図りかねているように見えた。


「すまんな、天草あまくさ。そう言うわけでノートは終わりだ」


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『あの子が水着に着替えたら』もよろしくお願いします。
こちらは気になるあの子がグラビアアイドルな現実ラブコメ作品となります。
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