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第15話 ガリ勉ノート その2

本日3話目の更新です。

 

 人前で見せる機会がほとんどないシニカルなつとむの笑み。

 その酷薄ぶりに鼻白んで背を仰け反らせた茉莉花まつりかは、逡巡の後に口を開いた。


「で、でも、上手く使う人もいるんじゃない?」


「それはそれで一向に構わん」


「わざわざ敵に塩を送るってこと?」

 

「敵? 敵というのはどういう意味だ?」


 勉の問いは純粋な疑問を含んでいた。

 平和な日本の学生生活において『敵』という呼称は似つかわしくない。

『お前はいったい誰と戦っているんだ?』と言いかけて、止めた。


「どういう意味って……狩谷かりや君のノートを活用して学年主席の座を脅かす存在、みたいな?」


「ああ、そういうことか。どうでもいいな」


 スマートフォンを取り出して時間を確認しながら適当に相づちを打った。

 茉莉花の言うとおり、自分なりに『ガリ勉ノート』を上手く消化して取り込むことができる者もいるだろう。

 そんな奴がいようがいまいが、勉はあまり興味がない。学年主席の地位にも然程こだわりはない。


「ど、どうでもいいって……」


「定期試験なんてものは、知識の定着度合を計測するための作業に過ぎん」


 出来不出来を自分で受け止めて、次に繋げるのが本来の目的であるはず。

 数字が出るから振り回されがちになるが、他人との比較には意味がない。

 志望校合格に向けての目安としての機能はあるにしても、あくまで自己完結するものだ。


「じゃ、じゃあ大学受験のライバルになるとしたら?」


「それ以上に自分が実力を備えていれば問題はない」


 あまりと言えばあまりな答えの連続に、茉莉花は目を白黒させて口をパクパクさせている。

 大言壮語のつもりはなかったが、聞く者がどう捉えるかまでは勉の与り知るところではない。

 これまでは聞かれたことがなかったから、誰かに心の内を語ったことがなかった。

 ゆえに広く知れ渡ってはいないものの、『狩谷 勉』は元よりこういう男である。


「ほんと、狩谷君って思ってたのと全然違う……」


 これじゃサギだよ。

 唖然、そして苦笑。

 茉莉花はいちごミルクのパックを屑籠に捨てた。

 チラリと目をやれば、口元をハンカチで軽く拭っていた。

 濡れて艶めく可愛らしい唇と覗く舌。ごく自然に意識が引き寄せられる。


「それで、ノートはどうするんだ?」


 軽く咳払い。

 少し話過ぎてしまったかもしれない。

 腹黒いことをしているという自覚はあった。

 ここまで話せば普通は断られる……と思ったのだが、


「貸して」

 

 即答だった。

 今度は勉が返答に窮する羽目になった。

 ずり落ちた眼鏡の位置を中指で元に戻す。

 茉莉花の笑顔を見つめ、ようやく口を開く。


「なら、天草あまくさに……」


「できれば天草君は抜きにしてほしいんだけど」


 ちゃんと使った感想は届けるから。

 そう付け加えた茉莉花の顔からは笑みが消えている。

 教室では見たことのない、かなりシリアスな表情だった。

 言葉からも視線からも、断固とした強い意志を感じる。


「何で天草を避けるんだ?」


「だって……天草君から買ったら、私が狩谷君のノートを使ったのがバレちゃうし」


 茉莉花の頬が膨れた。

 いまいち意図が掴めない。


「バレたら困るのか?」


「困るよ。私のイメージに傷がつく」


「学業優秀とかいう噂か」


「それ。みんなに持ち上げられるのは気分いいけど、こういう時に不便だよね」


 秀麗な顔立ちに自嘲の笑みが張りつけられた。

 カリスマの立場を守るために成績は維持したい。

 でも、努力しているところを誰にも知られたくない。

 ましてや自分の力ではなく、他人のノートを借りているのがバレるなんてもっての外。


「アイツは顧客の情報を漏らす奴じゃないぞ」


「天草君は黙っててくれるかもしれないけれど、どこで誰が見ているかわからないし」


「裏垢みたいにか?」


 咄嗟に口を突いた言葉は、どうにも気が利かないものになった。

『いくら何でも迂闊すぎる』と内心で舌打ち。

 よりにもよって、今ここでそれを言うかと頭を抱えたくなる。

 目の前の茉莉花は――それほど気分を害しているようでもなかった。


「そう。狩谷君にはいろいろバレちゃってるし、今さらひとつやふたつ増えても……ってのもあるかな」


 茉莉花は正体を隠してエロ写真をSNSに投稿し、好評を博している。

 どうしてそんなことをしているのか、彼女の本心は明らかにされていない。

 エロ裏垢『RIKA』の投稿は、勉に正体がバレた今も続いている。


――コイツは本当に訳がわからん。


「人気者にも苦労があるんだな」


 茉莉花の言い分は身勝手なものだと思った。

 反面で『そういうものかもしれない』とも思った。

 人間関係とは複雑怪奇なものだ。言われるまでもない。

 煩わしいからとそっぽを向いている勉には、茉莉花のこだわりなんてサッパリわからない。

 わからないが……それは本来軽視していてはいけないものだという思いも頭の片隅にあった。


「まぁね。自分で決めたこととはいえ、メンドクサイのは確か」


立華 茉莉花(たちばな まつりか)』は入学した際から人目を惹く少女であった……らしい。

 当時はクラスが異なっていたので、教室で時おり囁かれる名前を耳にした程度に過ぎなかった。


『今年の一年には、物凄く可愛い子がいる』


 そんなふんわりした噂だったと記憶している。

 彼女が知名度を爆発的に向上させたのは――やはり文化祭のミスコンだった。

 自ら望んでコンテストに参加したということは、そこで衆目を集める決意を固めたということ。

 何かしら思うところがあったのだろうが、理由を聞いてもはぐらかされるのは目に見えている。


――どうしたものかな……


 悩んだ。

 身も蓋もないことを言ってしまえば、他の人間だったらノータイムで断っていた。

 即座に拒絶できなかったのは、ひとえに相手が『立華 茉莉花』であり『RIKA』であるからに他ならない。

 言い訳のしようがない依怙贔屓だった。悩んでいる時点で、答えが出ているも同然だった。


「わかった。そこまで言うなら貸そう」


「ほんと!? 私、自分の都合ばっかり押し付けてたからダメだと思ってた」


「自覚はあるのか」


「まぁ、それは……ね。どうして貸してくれる気になったの?」


「ふむ、そうだな。立華にノートを貸しても俺が得することはないが……いや、なくもないのか」


 実害がありそうなら二の足を踏むが、そうでないなら気にするほどのことでもない。

 茉莉花が自分のノートにどのような感想を抱くか興味もある。

 これまで史郎が集めてきた情報には、成績優秀者と称される者のデータはなかった。

 ……という理由を適当にでっち上げた。何もかも自分に対する言い訳ばかりだ。


「その言い方、すっごく引っかかるんですけど」


「……何が?」


「私にノートを貸しても何もいいことないとか!」


「理不尽すぎないか?」


 目に見えてわかるような利得があるのだろうか?

 勉は訝しんだ。


「てゆーか、狩谷君って……こう、悪ぶるところがあるよね」


 ニヒヒと笑う茉莉花の眼差しを受けて口ごもってしまう。

 先日の職員室の一幕も見られているから、どうにも否定できない。


「……他人を利用するのは良いことではあるまい」


 痛いところを突かれて言葉に詰まる。

 茉莉花曰く『モルモット扱い』に罪悪感があることは事実であった。

 だからだろうか。自分で自分のことを悪者扱いすると、少しだけ気が楽になる。

 おかげで『ノートのおかげで成績が上がった』と感謝されても、素直に喜ぶことができなくなっているわけだが。


「大丈夫だって。この茉莉花さんが、狩谷君のノートをちゃんと使ってちゃんと役立ててあげる」


 勉のこれまでの努力は、他の人を幸せにすることができる。

 それを自分が証明してみせると、茉莉花は柔らかく微笑んだ。

 いつも教室で見せる太陽を思わせる笑みではなく、勉の前だけで見せる小悪魔じみた笑みでもない。

 何もかも見通しているような眼差しが、勉のど真ん中に突き刺さった。

 

「だから、自分のことを思いっきり褒めてあげるといいよ。そしたらすっごいパワーになるから!」

 

「……別にそこまでしてもらう必要はないがなぁ」


 そんな表情で、そんなことを真正面から言われると、非常に面映ゆい。

 茉莉花の顔を見ていられなくなって、勉はそっと視線を逸らし、心にもないことを口にした。

 すると、途端に茉莉花の眉が跳ね上がった。また怒らせたようだ。実に解せない。


「見てなさいよ! この前のと合わせてすっごいお礼しちゃうからね!」


「それは……色々期待していいのか」


「少しえっちなぐらいなら許す!」


「マジか!」


 冗談半分で尋ねてみたら、予想外の答えが返ってきた。

 耳を疑う茉莉花の言葉に、取り繕う余裕なんてどこかにぶっ飛んだ。

 ノートを作ってきてよかったと心の底から感動した。男の欲望100%であった。

 本来の目的を見失っている気はしなくもなかったが、目先の利益が大きすぎた。


――少しえっちって……どれくらいまでOKなんだ!?


 脳裏に記録されている『RIKA』の写真が瞬時にリストアップされてゆく。

 目の色を変えた勉にじっとりした眼差しを向けていた茉莉花が、ポツリと呟いた。


「せっかくいい話してたのに……狩谷君、それは本気で引くわ……」


「……理不尽すぎる」


お読みいただきありがとうございます。

本日の更新はここまでとなります。

明日以降は1日1話ごとの更新となる予定です。


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『あの子が水着に着替えたら』もよろしくお願いします。
こちらは気になるあの子がグラビアアイドルな現実ラブコメ作品となります。
― 新着の感想 ―
[良い点] なんとなくはわかっていましたが、茉莉花さん、いい性格していますね!
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