第3話 魔獣の咆哮
およそ日が向こうの山脈に沈みきった頃だろうか。
遠くから獣の咆哮が聞こえた。
北東方向。そこまで遠くないようだ。2日ぶりの接敵。
勝鬨ではなく威嚇。まだ生存者がいるのだろう。この時間に一般人が獣と相対しては、かなり危険だ。対象が人間でなければいいが、念の為と咆哮の方へスピードを上げる。この時間での接敵は避けたいが、仕方がない。
最近仕事が少なかったぶんの帳尻合わせだとでも思っておこう。
近づくにつれ感じる、魔獣特有の空気の乱れ。「魔力乱れ」というやつだ。ときたま発生する魔力溜りに浸かってしまった獣は、魔獣へと変化する例がある。周囲の大量の魔力を取り込みきれなかった獣は、余剰分を筋力や脳に注ぎ、急激な進化を遂げる。
もちろん獣の身体にはかなりの負荷がかかるため、骨格が以上に変形したり体の部位が一部破損するなどの弊害もある。
そんな弊害のうち、冒険者にとって致命的なのがあったりする。
それが空中の「魔力乱れ」。
人は体内に溜めてある魔力を使って魔法を行使する。魔法は空中の魔力を通して対象に伝わる。
イメージは「音」のようなものだ。大勢が経験あるように、音が聞こえなくなるような瞬間、声は伝わらなくなる。
空中の魔力の流れが乱れた時、魔法は伝わらなくなる。
魔獣は溜まりすぎた魔力の影響で、絶えず魔力漏れを起こしている。「音」で例えるなら、スピーカーが歩いていると考えていい。そんな中では、人のだした声など誰にも聞こえない。魔法は空中で霧散する。
魔獣は、魔術師の天敵なのだ。
通常戦で腕のたつ魔術師も、魔獣前では形無し。剣士たちの出番である。
しかし、急激な進化を遂げた魔獣は凄まじく硬く、身体能力も高い。剣士に対しても強いのだ。
それ故に、魔獣の討伐においては【ゴールド】以上の冒険者にのみ依頼される。
魔獣は冒険者にとって、身近な最大の敵なのだ。
この時間帯に凶暴な魔獣に遭遇するのは、冒険者にとっても致命的。ましてや一般人が遭遇した場合、救援に時間がかかっては悲惨なことになるだろう。
大きな森が見えてくる。東グルド草原の東端に位置する森だろう。ここら辺では最近獣による被害が報告されず、あまり冒険者も来ない。
森の近くに魔獣を視認する。
熊の魔獣。
体長およそ2.5m。大人でも見ただけでビビるほどのグロテスクな見た目。
その近くに、子供が隠れている。
木の影に隠れているのは10歳前後の3人。服が粗末でボロボロだ。この近くに村があるのだろうか。
死体が見えないので、まだ魔獣の被害は出ていないようだ。もちろん、大人しかろうと魔獣は倒さなければならないが。
私に気づいたようで、魔獣はこちらを振り向く。
その魔獣には角が生え、前腕が硬質化、肥大化している。目には真っ赤な暗い光がほとばしり、口元からは涎がだらり。元は熊なのだろうが、そんな面影は豊富な毛くらいだ。
魔獣の殺気が離れた瞬間、3人の子供達は即座に森の中へ逃げ出す。
手馴れた逃走は日常のモンスターとの接敵を垣間見させ、子供たちの過酷な生活を想像させる。
「グルアアアアアアアアア!!!」
魔獣が威嚇する。魔獣魔獣言っても仕方が無いので、手の大きい熊を「グローブベアー」とでも名付けよう。この際名前のダサさは気にしないでほしい。