第1話 一人旅
帝国歴279年。
世界に四つあるうちの、北に広がるひとつの大陸。名を安直に「北大陸」などとつけられたその大陸の東端に、ジグルド帝国という大きな大きな国が大きな大きな勢力を築いていた。
東南のルール半島に国を構えるフェルド王国を除き、北大陸の東半分は帝国の属国となっている。
そのうちのひとつに、グルド公国という小さな国があった。帝国に隣接するグルドはとても貧しく、開拓されない草原が広がるばかり。
そんな緑の海の上に、ひとつの影が滑るように北上している。彼の名はジン・クラウド。数ヶ月前に19歳を迎えた彼は、生まれ故郷である帝国を目指してただひたすらに進んでいた...。
見渡す限りの草原は、さながら海のよう。それまでそよ風に吹かれていた緑の水面が、私の起こした風に飛沫をあげる。
一人旅とはいいものだ。
などと感慨深く考えてしまうくらいには、自由で気持ちのいい時間だった。
隣に気を使わなければならない人がいない。旅のペースを自由勝手に決められる。水浴びや寝床など他のことに変に気を使わなくてもいい。
ああ、自由!
今日の私は少しテンションが高いようだ。ウキウキしている。
フェルド王国では見渡せば2パーティーくらい冒険者がいたが、グルドに来れば私1人。なんて清々しい。
いつだったか
「冒険は1人でするものではない」
と、どこかの誰かに忠告されたような気がする。
私たちの師匠が亡くなり、私と同じく冒険者になることを志した金髪蒼眼の現『勇者』の称号持ち。そいつは
「パーティには花がないとな」
と、綺麗な女性をパーティに勧誘しまくっていた気もする。
いいや、1人の旅はこれ以上ないほどに気が楽だ。
私の過去を知ったものの大半は要らぬ同情をする。唯一と言っていいほど仲が良かった、金髪蒼眼を含む私の過去を知る10人とは一緒に冒険はできないくらいの確執が生まれてしまっている。
...一人でいる方が気楽なのだ。
別にコミュニケーションができないわけじゃない。街に行けば同業者には声をかけるし、後輩からの質問にも真摯に答えている。
だからかパーティ勧誘はどの街に行っても必ずあり、一昨日までいた街でも、3人組の【ゴールド】級冒険者に声をかけられた。
ちなみに一人旅とは言っても、私の職業である「冒険者」の仕事の範疇なので、問題は無い。「冒険者」は他の仕事に比べ死亡率が高いため、常に減った仲間を補填する冒険者が街にはいるのだ。とはいえ、仲間が亡くなり心が折れて冒険者を辞めるケースも多いのだが。
さっきの話に戻ると、【ゴールド】は6階級ある冒険者ランクの上から2番目。つまり彼らは結構強い冒険者だ。
前述の通りもちろん断ったのだが、その3人はその返事が気に入らなかったのか、村の条例を無視して戦闘を仕掛けてきた。そのとばっちりを喰らい、私も罰金を払うことになったのは酷く理不尽だった。実力は申し分ないが、短絡的すぎることで幾分か印象が悪い。
ここはグルド公国の東南に位置する東グルド草原の南端。一昨日までいたグルド南端の街ベスカルから、グルド最大都市ロックを目指す。北回帰線より北側に位置し、東海から随分と離れたこの地では、ステップと呼ばれる草原が広がっている。
先程まで優雅に、放出系魔法・飛行で宙を駆けていたのだが、内心日が暮れ始めて少し焦る。
赤く染まり始めた草原が、そろそろ夜だよ、と暗くなっていく。
分かっていたことだが、ロックにはまだ遠いのだろう。近くに村があればいいのだが。
先程私の仕事が「冒険者」だと言ったが、私はその中でもできる方の人間だ。およそ1年ほど前に【プラチナ】級冒険者となり、世界でひと握りの「強い冒険者」だと認められた。
北大陸の中でなら「無系統の魔剣士」でピンとくるほどに有名になれたはずだ。ここまで有名になれば、帝国もおいそれと手を出せないだろう。
さて、ここまで説明せずに何度も使っていた「無系統」を説明しよう。
「無系統」とは、果たしてどういう意味なのか。
小さな子供には、時々そんな事を聞かれる。なんぞや、なんて聞き方はされないがよく聞かれる。ただ、大半の大人たちには『無系統』だと知った瞬間、冒険者としての強さを疑られる。
『無系統』は「どの属性の魔力も使えない」特徴だと勘違いされているのだ。