第2話 2度目の別れ
目が覚めた。
ついさっきまで映っていた母さんの顔はもうなく、風にサラサラと揺れる葉が見える。木漏れ日がキラキラと輝き、さながら星空を見上げているようだった。
「あ、起きた」
優しい声が囁いた。
寝転んでいた僕の隣で膝を抱えた少女は、僕の顔を見て驚く。
「また、あの夢見たの?」
そう言って顔に手を伸ばし、涙を拭ってくれた。
「うん、同じ夢」
体を起こし、少女の隣に胡座をかく。風が吹いて少女のいい匂いが流れてくる。見渡す限りの草原は、さながら海のようだ。それなら僕は漁師で、少女は人魚だろうか。
「別に、男の子に産まれたら魔剣士にならないと行けないわけじゃ、ないでしょ?」
「うん」
「じゃあ、そんなのにはならないで、私とずっと一緒にいようよ!」
僕の顔を覗き込んで笑う。
「戦争に行ったら、二度と会えなくなることもあるって、母様が言っていたもの」
少女の金髪が、さらりと風に流れる。
そうだ。今更強くなろうとしたって、ガルたちに追いつけるわけもない。
すると、少女は立ち上がってスカートのおしりを払い
「だからさ、私ともっと遊ぼう!」
差し出された手を取る。小さくて柔らかい手だ。
「...川、行こっか」
「うん!」
その笑顔はどうしようもなく綺麗で、僕の心を存分に跳ねさせる。
少女に連れられ、川に向かって...
「...アリア様!ジン様!」
家の方から、メイドのジーナがスカートを摘んで駆けてくる。
「どーしたのー!」
少女──アリア──は手でメガホンの形を作って叫ぶ。
普段、ジーナは昼食の時間にゆっくりやってきて伝えてくれるだけだが、今日はそれと違うらしい。日はまだ登りきっておらず、朝の肌寒さもほんのり残っている。
「...はぁ、ふぅ...ハンス様がお呼びです。至急伝えたいことがあるそうで、家族会議を開かれます」
ジーナの乱れた息が、ただ事ではないことを直感させた。
「お父さんは、戦争に行かなければならない」
開口一番、今のお父さんはそう呟いた。
「どうして」
「ジグルド帝国からの宣戦布告だ。全部隊に出動命令が下ったんだ...」
お父さんは戦闘よりも指揮の方に秀でているらしく、第6部隊の副長を務めているのだとか。
「正直、勝ち目はない。しかし、大臣たちの大半は、甘い判断を下すだろう」
1人用のソファに深く腰かけ、下を向いて一語一語噛み締めるように話す。艶のある若々しい金髪は草臥れ、しゅんと垂れ下がっている。
「...私の読みでは、ジン。残念だが君にも召集がかかる」
隣でアリアが息を飲むのが見えた。
「今のところ15歳以上の対人戦闘経験者のみ呼ばれているが、いずれ12歳以上の男性が呼ばれ、総力戦になることは確実だ」
間髪入れず唱える。
「間違いなく私も死ぬだろうが、この戦場から逃げることなどできない。もちろん、ジンもそうだ」
「...でも、呼ばれない可能性も」
アリアが呟いた。
「それならそれでいいが、呼ばれた時にジンが君たちといると不都合が起きる」
「母さんとアリアを逃がすんですね」
「...そういうことだ」
父さんは、言い聞かせるように僕の目を見る。
「これから、帝国のツテで向こうの貴族に2人を預ける。いや、渡す。そこで戦争の集結まで匿ってもらうが...」
「戦争に参加するはずの僕が混ざっていたら、安全のために処分される」
「そう。2人もとてもまずい立場に立たされる」
鼓動が早まり、視界が狭まっていく。
すなわち僕はしばらくしたら死ぬのだろう。運の悪いことだ。1週間前に12歳を迎えたせいで、もうすぐ死ななければならない。
心が冷える。唇を噛んで涙をこらえる。まだ、死にたくない。
ふと、左手を柔らかいものが包んだ。
「...ジン」
アリアの右手が、僕の左手を包む。この人の前では、格好悪いところは見せたくない。もしかしたら、戦いで運良く死なないかもしれないし、僕が呼ばれないかもしれない。
それを見届けた父さんは「ごほん」と一拍おき
「ジン」
僕は顔をあげる。
「お前のことは、とても大事に思っている。アリアもヘーゼも、仕事であまり帰れない不甲斐ない父親よりも、お前のことを愛している」
「...っははは」
アリアが泣きながら、思わず笑う。
「ジン、お前に2人を守り、自分が代わりに死ぬ気概はあるかい?」
母さんもアリアも、声を殺して泣いていた。
「...はい゛」
僕も泣いていた。
「...ごめんな、ありがとう」
父さんも、上を見上げて、泣いた。