第11話 リリカ
「私たちの村は、元いた村で豊作の人柱として谷に落とされた子供たちが集まってできました」
リリカはその端正な顔を歪める。
「落ちたらまず死ぬ深さの谷ですが、冬の間だけ底から風が吹き上がって、せいぜい全身打撲で済むんです」
人柱はこの辺の村の慣習か。最近はなかなか見なくなったものだが、ここらの辺境ではまだあるみたいだ。
「それで、助かった子供たちで協力して生き延びたと」
「はい」
そうやって助かった子供たちを助けて、まとめあげているのが一番年長のケインなんだろう。そんなことができるのは一部の、本当に正義感の強い者だけだ。だとすると、助けた子供が一人いなくなったのに、あの反応はどうしてなのだろう。
ふと気づく。
「大半は谷から落ちたと言ったよね」
リリカはこくりと頷く。
「残りの、谷から落ちてない子たちはどこから?」
彼女は、谷を右手に歩きながら、訥々と話し始めた。
それは冬の寒さがやわらぎ、からっ風に春を感じ始めたの日。村の人柱として谷から落ちて、ケインとマルコと村を始めた冬を超えた日。
助けた子たちは多く、今では26人にものぼります。昨年の秋の不作に焦ったのか、いつもは人柱をしない村でもしたようです。
なんで、豊作の祈りに人柱をするのでしょう。今回の人柱に選ばれた時に、まっさきに聞いたこと。
「ずっと昔、ここは食べ物を作れる土地じゃなかった。それを豊作の女神ミア様が、大地を割ったその中へ自らを捧げ土地を豊かにした。」
だから、人柱に選ばれるのは名誉なことなのよ、とさも喜ばしいかのような声で、顔をクシャクシャにして泣きながら母様は言いました。
それはどの村でも同じのようで、それならこの辺り一帯の村から1人だけ選んでもいいんじゃないの、と思わなくもないのですが。
ただ、それを受け入れるには遅すぎるほどに慣習化してしまったのです。
人柱は終わりません。
次の冬、そのまた次の冬でも助けなきゃいけない人がいることは問題です。が、現在目の前に、もっと大きな問題が横たわっているのでした。
食糧難。
どの村からも遠く、誰の手もつけられてない未開の森の近くに小屋を立て、獣に怯えながら森から食べ物を取りながら生きながらえてきました。しかし、マルコを始め森の食糧調達が可能な男の子たちは、こぞって獣に食べられてしまいました。
危険を侵さずに得られる食糧も残りわずか。それどころか、最近では柵を越えようとしてくる獣もいます。柵の整備をしていたケインも、オオカミに危うく食べられてしまうところでした。
安全な場所も刻一刻と狭まってきてます。
絶体絶命なのです。
日が傾け始めた頃。黄昏時とも呼ぶ、曖昧な時間。母様から教わった木の実のスープを作っていると、ふと、村の外に気配を感じました。
悪寒が走り、背筋が強ばる。そんな気配です。
様子がおかしいことに気がついたケインは、私を連れて村の入口に駆けます。何かが、います。
いつだったか、どこかの村ひとつを滅ぼした魔獣でしょうか。
いつだったか、どこかの村の女子供をさらっていった盗賊団でしょうか。
相対した存在はそんなものとは一切違うものでした。
近くでより強く感じる、震え上がるような存在感と獣臭。真っ黒な体に、ギラついた真っ黄色の眼。コウモリのごとき翼に両手両足の鉤爪。
何より、それをそれたらしめる象徴、天を衝く鋭利な角。
悪魔です。
思わず座り込んでしまった私を一瞥した一人の悪魔は、同じく腰の抜けたケインに話しかけました。いくつか言葉を交わし、ケインが壊れたように首を上下に振動させたところで、上機嫌に肩を震わせた悪魔は帰っていきました。
私たちは、すぐにケインに説明を求めました。ケインはその度平謝りして、話を誤魔化します。何も話してくれません。
明くる日、村におよそ一月分のお肉とお米、野菜が届きました。
ケインは悪魔からの慈悲だと言いました。
子供たちは大喜びです。あの時の悪魔は、餓死寸前の私たちを見かねて助けてくれたのだと。私もその時は手放しで喜びました。
噂に聞く「悪魔との契約」とはどういうこのなのか、すっかり忘れていました。
喜びも落ち着いた時、ケインは言いました。
ひと月に1人、人柱が必要だと。
愕然とする私たちに、ケインは続けます。悪魔は一月に子供を1人渡せば、一月分の食料をくれること。そして、森の中の獣の間引きと弱体化をしてくれること。
悪魔に頼らなければ、みんな餓死してしまうこと。今度の人柱は絶対に見返りがあること。
だけれど、この村がどうやってできたかを考えれば、それが最も嫌なことだとわかったはずです。
1人の女の子がケインに言い募りました。
人柱をするなんてふざけないで
もうあんな怖い思いをしたくない
勝手に決めないで
人柱になんてなりたくない
確かにそれは村の総意でした。もう一度人柱として死ぬのなら、餓死してしまう方がマシだ、と。
歯を食いしばって聞いていたケインは、その子の頬を張りました。
なら、出ていけばいいと。
俺は助かりたいんだと怒鳴りました。
いつもとは違うケインの剣幕に、結局誰も逆らうことはできませんでした。ケインは文句を言った女の子をその月の人柱に。いえ、悪魔との契約の生贄に選びました。
その後、このままでは人が減っていくだけだとわかった私たちは、近隣の村で溢れものの子や、みなしごを集めました。
それからもう1回冬を超えました。
ケインは生贄を選ぶ度、泣いて嫌がる子の頬を、文句を言う子の頬を張って黙らせました。子供たちはケインに逆らえなくなり、笑わない子が増えました。
私は、村一番の物知りということや、ともに村を始めたことからか、ケインに生贄として選ばれません。ですが、限界です。
ケインは私たちを助けようとしてくれたことはわかっています。ケインの前では泣けないからと、旅立つ最後の夜私の元へ来る泣き顔を見るのは、もう辛いです。2年かけて、笑う以外しなくなったケインを見るのは、もう辛いです。私の心がだんだん死んでくのが、もう辛いです。
このまま生きながらえるのは、もう辛いです。
「悪魔を、殺して、ください」
噛み締めて、リリカは言った。




