第1話 悪夢
帝国歴260年。
代々無類の強さを誇る魔剣士を輩出するクラウド家に、ある男の子が産まれた。
産前の魔力量測定にて、歴代の魔剣士を凌駕する兄2人をさらに超える魔力を持っていることがわかっていて、両親は大いに喜んでいた。この子は歴代最強の魔剣士になるだろうと。
その3年後、それは待ちに待った魔力属性検査の日のこと...
「...この子が『無系統』...」
「...それは、本当ですか」
ふと、声が聞こえた。
暗くて、それでいてぽわぽわとした意識の中、ああこれは夢だと気づく。
「ガルたちのようには、いかないか...」
「この子は、魔剣士になれませんね...」
目の前に2人の大人が立っている。向こう側を向いていて、どんな顔なのか分からない。
いや、僕が覚えてないのだろう。
髪の長い片方が、はあと溜息を着く。
お母さんだ。いや、だった人だ。
何故咄嗟にそう思ったのか、理由はよく思い出せないが、夢だから仕方ないだろう。
背も高く、肩幅も広い壁のようなもう片方も、疲れたように目頭を抑える。これはお父さんだった人だ。
「...ジン、魔剣士になれないの?」
「ジンはダメな子なの?」
意識の隅、その暗がりから現れる二人の子供。ガルとケイ。2人は僕のお兄ちゃんだった。この2人も向こうを向いて、顔を見せない。
状況がよく分からない二人の兄は、両親の失望に首を傾げる。
「...ダリルと先に帰ってなさい。」
男は目を瞑ったままそう宣った。
いつの間にか暗がりは溶け、周囲に小洒落た内装を映し出す。傍らに立っていたダリル──執事──に連れられ、2人は僕の後ろから外に出ていった。
元両親の目の前には恰幅の良いおじさんが申し訳なさそうにたっていて、目を瞑って唸る男を怖々伺う。
「この子は、いかが致しますか」
元母さんは目を伏せながら、苦しそうに呟く。
「決まっている。」
間髪入れずに男は応える。
「この家から、魔剣士の名家から『無系統』など出す訳には行かない。」
「...養子に出すのですね」
「ああ、どこがいいか考えているところだ」
女の手には小さなカードが、ぎゅっと握られている。確かあれに、僕の魔力属性検査の結果が書いてあったはずだ。
「...」
「されば、グレイス家はどうでしょうか」
小太りおじさんが、体格に見合わずモジモジと言い出した。ピシッと決まっていたはずの茶色いスーツが、泥団子に見えた。
グレイス家。
何故だろう。とても親近感を覚える。
「...確かにハンスのやつは口が堅い」
「それにギルバート様には御恩もありますし、確実にこなしてくれるでしょう」
「ハンスさんのとこ、確かジンと同い年の娘さんがいらっしゃったような...!」
女はちょっと嬉しそうに思い出す。
「...表向きの理由は考えついた。直ぐにハンスの元へ向かおう」
男は振り向いて、僕の横を通り過ぎて立ち止まる。いつの間にか視界が霞んでいた。覚醒の合図だろうか。
「お前には期待していた...その分、とても失望した」
「魔剣士になれないお前はうちから追い出す」
「もう俺は...お前の父親ではない」
そう言って重厚なドアを開け出ていく。霞んでいた目からは熱い雫がとつとつ垂れた。
僕は泣いていた。
「...ごめんなさい」
女が僕の前に膝をつき、嗚咽を漏らす。
「こんな、母親でっ...ごめんなさい....」
ふと顔を上げると、女の顔がぼんやり見える。
僕の涙で滲んだ懐かしい母さんの顔が、目に焼き付いた。