目隠しの誘い
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ねえねえ、つぶつぶはさあ。なんで人間が目をつむって寝るのか、考えたことある?
生き物の中には、まぶたがなかったり、外敵よけのカモフラージュのためだったり、色々な理由を持っているわ。その中で、人間がたいてい目をつむるのはなぜだと思う?
――目を守るため、目を休ませるため、まばたきをする手間をなくすため……。
うん、だいたい正しいと思うわ。
目も脳の指令で動いている部分。その負担を減らすため、眠るタイミングではコントロールをカットする。同時に眼も、まぶたを閉じてしまうことで、ほこりなどが入り込むのを防ぎ、涙が乾くことも少なくして、ドライアイを防止。科学的に見て、理にかなっているといえるわね。
けれど、私は別の理由があると考えているわ。それは夢でのびのびと飛び立つため。
眠っている間の夢は、様々なことが影響を及ぼすわ。たとえば床に足をつけて寝ていた人が、ずるっと体勢を崩して床から足がずれると、崖を落ちる夢になる。水に関連する夢を見始めたら、それはもよおしている合図、とかね。
目から光を受けることも、どうやら夢に影響を与えるらしいわ。まぶしかったり、痛かったりと、人によって感じるものは異なるらしいけど。
目に頼らないとき、私たちは何ができるのか。
私、小さい頃に、目をつむることに関する不思議な体験をしたことがあってね。その時の話、聞いてみないかしら?
当時、私たちの住んでいた町では、奇妙な事件が起こっていたわ。
屋根の上で、猫などの小動物の死体が見つかる。それだけならあり得ない話ではないのだけど、その身体が妙なのよ。
あらぬ方向に曲がったり、変な力がかかってちぎれていたりと、何者かの手が加わっているのは確実。けれども付近の住民は、死体のあった家の屋根にのぼる、不審者の気配などには一切気が付いていない。
私たち子供も、学区内でその事件について聞いた時は、自分たちの家の屋根はもちろん、周りの人家にも注意を払ったわ。それでも犯人の姿も分からないまま、ついに私の家も標的になってしまう。
私の家は一軒家。私の寝る部屋は二階で、天井もさほど高くなく、屋根までの距離も近かった。それが夜中に一度だけ、「ドン!」と大きい悲鳴をあげたのよ。
父が様子を見てきてくれたところ、そこには潰れた猫の死体があったと話してくれたの。
誰かが高いところから、猫を投げ落としてきた。私はそう考えたわ。
けれども、それを成すだけの高い建物は、せいぜい数百メートル先にある、銀行の入ったビルくらい。そこから投げたとしても、人の肩ではとても届かない。
じゃあ、いったい何者の仕業なのだろう?
私は答えをつかめないまま、その日も学校の休み時間に、友達と遊んでいた。
当時の私たちの流行りは、目隠し鬼。ご存知のとおり、鬼は目隠しをして10を数える。追いかけられる側は「鬼さんこちら、手のなる方へ」と、目隠しした鬼をはやしたてて自分のところまで誘導する遊びね。
鬼と追いかけられる側が、スレスレの位置にいないと面白くない。鬼との間隔を開けすぎるとペナルティが課せられるルールで、必然、ぐるりと円を描きながら囲う形になる。
やがて、私の鬼の番になる。目隠し用のタオルを巻いて、10秒をゆっくり数える。そのカウント終わりと共に、みんながいっせいにはやし立てる。
「鬼さん、こちら。手のなる方へ」
パチン、パチンという音が四方から聞こえる。
鬼は走ってはならない。その代わり、手を叩く人も、最初に決めた定位置から半径1メートル以上は動いてはいけない、というハウスルールがあった。あまり逃げると、鬼が延々と続くことになりかねないから。
私は目隠ししながら、あえてあっちを向いたり、こっちを向いたり、手をうろうろ動かしながら標的を探す。一直線に進まずにフェイントをかけるのも、場を盛り上げる技のひとつよ。
そうしているうちに、はやす声がいよいよ近くに聞こえてくる。私はほとんどしらみつぶしに腕を振り回し、ややあって身体に触れたような感触が。
――とった。
私はぐっと、触れた感触を握り直し、誰を捕まえたのかと目隠しを外そうとする。
その下げかけたタオルを、ぐっと押さえられた。思いもよらない強さで、私が力を込めてもびくともしない。
「ちょっと! 捕まったなら、あがかないでよ! 約束でしょ!」
隠された視界の向こうへがなる私だけど、触れられた主は構わず、私の腕を握り返してきた。これもまた強い力。手の血管が詰まって、逆流してきたみたいに私の顏が熱くなる。
「鬼さん、こちら。鬼さん、こちら……」
もう手は叩かれず、私は握力のまま、強引に引っ張られていく。
目隠しはあいかわらず動かせない。逆らおうと踏ん張っても、引っ張る力が緩められることはなかった。それどころか、肩のあたりで「ぶちっ」と小さい音が立って、完全におじけづいちゃったわ。
強引に歩かされる足元も怪しい。平地を歩いている感覚は、しだいしだいに、傾斜を増す勾配に変わっていたの。校内のどこにも、こんな地形は存在しないのに。
「鬼さん、こちら。鬼さん、こちら……」
声はやまず、歩みも止まらず。
「まずい、まずい!」て、私は目を覆うタオルに爪を立てて、引っかき出したの。
何が起こっているか、この目で確かめないといけない。たとえこのタオルを破いてでも。
坂を登らせられながらも、私はガリガリ音を立てて生地をほじくっていく。幸いなことに、タオルを外そうとしない限り、手は邪魔をしてこなかった。
そのうち、私のまぶたを爪がじかにかすった。生地に覆われた視界に破れ目が入り、両目が解放される。その先に見えたのは、青い空だった。
ふっと、私の足下からは地面の。腕からはつかんでいる手の感覚が、同時に消え去った。
はらりと解けた目隠しタオルは、なぜか私の目の前に浮かび、私は何の力も入れていないのに、身体はそのままタオルに別れを告げて、どんどんと遠ざかっていく。
落ちているんだ! と思った時には、ガアンと音が鳴って背骨が猛烈な痛みが走る。思わずうめきながらのけぞると、今度はそのまま頭からずり落ちて、固いコンクリートの地面が後頭部を出迎えてくれた。
頭を押さえながら辺りを見回した私は、そこが学校の屋上だと気が付いたわ。けれどいまだ背中が痛んで満足に動けず、私は寝返りを打ちながら苦しむよりなかった。どうやら私は、屋上を囲う柵の真上に、背中から落ちていったらしかった。
しばらくして、助けに来てくれたみんないわく、私があらぬ方向を向いたかと思うと、いきなり目の前から消えてしまったって話だったわ。
目隠しをして、何かしらの力を借りれば、命はどこまでも行けるのかもしれない。でもなまじ見えてしまうと、その見えた世界に囚われてしまうんじゃないかしら。




