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〜 古き魔術の森 〜 第七話

 ☆第七話


 ◆トキメキ?


 昼間に見るカルバラの町は、切り出し揃えられた綺麗な石積の壁が立ち並ぶ小さな町並みが美しかった。

 石切り場で整えられた四角形の石が、正確に形を揃えられた石壁の壁の家が立ち並んでいる。

 中には三角錐に切り出された石を巧みに組み上げた幾何学模様の建築物が、いっそう眼に留まった。

 アイナとルーシィーの肩を借り、彼女が暮らしていると言う小さな町に辿り着いたチッチが力尽き倒れて丸二日、三日目には目覚め、会話も出来る程には回復していた。今夜で四日目の夜が訪れている。


 小さな町の小さな石積みの建築物の中、綺麗に丸太を削り掘り出した一本彫りのベッドに眠っている、全身に包帯が巻かれたチッチの姿が痛々しい。

 石造りの壁に設けられた木枠の窓には、ラナ・ラウルでも高価なガラスが用いられていて、月明かりを遮る事無く寝室に通す。


 チッチが眠るベッドに寄り添い懸命に看病する白金髪の少女の両手は輝きを放ち、その光は傷ついたチッチの身体に当てられている。


 ――おかしい……。


 三日三晩、チッチの寝ている間に治癒の魔法を行使していれば大抵の傷は癒えるはずだ。

 ましてや、その大半を奪われているとはいえ、残る『循鱗』の超再生能力を持ってすれば、チッチは自力でも回復するはず……。

 シュベルクで見たチッチの回復力はシオンをも凌駕していた。

 シオンの回復力にどんな力が作用しているのかは解らない。

 チッチが漆黒のドラゴンを自身の意思で覚醒させた時も超再生が働き傷を癒した。

 アイナが眼にしたチッチの回復力は最早、超再生と言うより超復元能力と言っていい代物だった。

 アイナが用いる精霊魔法は、高位の精霊と契約を交わし異次元世界の力を行使する。

 単純に理論魔法、イリオンでは魔術と呼んでいたものに比べ格段に強力なもので、故に精霊魔法を行使出来る人間は事実上存在しない。

 アイナとランスが、幼い頃から人前で魔法を使わなかったのは、固く母から禁じられていた事もあった。その事を本能の中で理解していたからだ。

 この魔法は使い方を誤れば危険だと……。

 強力な魔法は、単純に自分たちの身に及ぶリスクが付き纏い危険が伴う。

 しかし、本質的にはそうではない。

 自分たちの意思が赴くべき道が危険なのだ。

 この白銀の髪にブルーマールが映える少年は、自分の良く知るシオンに似ている。

 蒼い夜に流れる雲が月明かりを数瞬遮り、雲が通り過ぎるとガラスを通り月明かりが差し込む。

 チッチの白銀の髪が淡いブルーの輝きを放った。

 アイナは不意に胸が、ドキッと跳ねた事を感じる。

「……また……な、なんですぅ? 今のは……」

 シオンの事を思い出し、容姿は兄弟程も似ているチッチを見ていて恋しさの余り、シオンの姿想いを重ねているのだ。


 ――きっと……。


 アイナは昼間ルーシィーとの会話を思い出す。

 もしかして……ルーシィーは勘違いしてるですぅ? そう言えば……その勘違いのお陰で大切な話を聞きそびれた。


 ――自分がアカデメイアの森に来た理由。


 それは自分の出生の秘密を知る為だ。

 遺伝的なものなのか、そうではないとしても生まれてこの方、左右瞳の色が違うランス以外の人物を見た事がない。

 他の人たちとは違う瞳。父も母もオッドアイではない。

 父は金色の瞳に金色の髪、母ナタアーリアは、翡翠色の両眼にエメラルドグリーンの髪の毛。

 最大の不思議は、父は精霊魔法を扱えた事、最近になって分かった事なのだが、普通の人間は精霊との会話を行えないと言う事……それは即ち、精霊魔法を扱えないと言う事実。

 母は西の今は亡国、カストロス王国から撤退戦を強いられながら、難民に紛れ追われる日々の道中、同じく難民にいた錬金鍛冶士の父と出会い恋に落ちたと話してくれた事がある。

 本当に父が難民だったとすれば、普通の人間だった可能性が高いはずなのだ。

 しかし、精霊魔法を教えてくれたのは、その父である。

 だとすれば父は難民ではなく、アカデメイアの住人だった可能性が高まってくる。

 それともカストロス王国は他種族と友好関係があったのか? とも考えてみる。

 仮にそうであったとしても、精霊と会話が出来る種族は絞られる。

 一番と言えばエルフ。後はホビット、ドワーフ族から竜族などに絞られる。

 そもそも竜族に関しては人間界に現存するものの、他の叡智ある他種族は人間との境界を敷いて互いに干渉し合わない。

 時折、人間界に降りてくる者たちがいるものの、目立って多いわけでもない。

 特に五百年前、唯一神の信仰が広まってから、種族間の関係は友好的とは決して言えないものである。

 人間は精霊魔法に対抗すべく理論魔法を生み出した。

 無論、魔法の理論を構築するには、基となる精霊魔法を扱える他種族の協力者がいなければ、完成する事はなかったと思われる。

 叡智ある他種族は、人間に大地の大半を渡す代わりに自分たちの縄張りに干渉しない事を条件に、人間の住むこの大地から去った。

 知恵に乏しい種族と強力な魔物たちが人間の言葉など聞く由もなく争いの末、天才魔術師の出現とその弟子、魔術に長けた十賢者たちを中心に凶悪な魔物を北の凍る大地に閉じ込める事に成功した。

 無論、全てを閉じ込める事など不可能だった。

 その後の争いで滅したり、長き人間との抗争の中で知恵を付け出した魔物たちは姿を眩ましたり、その数は多くないものの、今も尚この大地に生息している。

 様々な推測がアイナの脳裏を掠めて往く。

 不安で胸が押し潰されそうになる。

 アイナは、知らず知らずの内に魔法の行使をしていた両腕をチッチの胸元に置いていた。

「今夜も治癒の魔法を掛けてくれていたのかぁ?」

 不意に手を握られた。

「無理はしなくていいぞぉ? ここのところ碌に寝てないんだろ? そんな事していたら俺が治ってもアカデメイアには行けないなぁ……肝心のお前が倒れたら元もこもないからなぁ」

「……や、やさしいですぅねぇ。今日はやけに」

「やさしいんだなぁ、アイナは、ここのところは」

 月明かりに照らされたチッチの白銀が淡いブルーを映えさせる。

「……アウラちゃんは、やさしくないのですぅかぁ?」

「アウラはやさしいぞぉ。良く怒られるけど……やさしいアウラは大好きだ」


 ――ズキンと胸に痛みが走る。何故だろう? チッチがシオンにそっくりで面影が重なるから?


「恐いのか? 自分が持っている精霊魔法(ちから)が、それとも不安か? 自分が何者か知る事が恐いのかなぁ?」

「両方……ですぅ……」

 アイナは、しおらしく答えると腰を折り自分の手が乗っているチッチの胸に頭を着けた。

「それでいい。怖くて当たり前だ。俺も怖いなぁ」

「何がですぅ?」

「分ってるだろ? 俺は分ってる。お前の中に流れる血統も」

「……」

 アイナは頭を持ち上げると不安げに瞳を揺らした。

 もしかしたら……自分は普通の人間じゃない。

 アイナの胸に不安が過ぎり、消える事無く不安は不安を次々に呼び出し重ね上げて往く。

「そんな顔をするなよなぁ……お前らしくないけど、お前はお前だろ? 何も変わらない。何が真実だとしても自分は自分でしかないからなぁ……無理に変わる事も変える事もない。それに一人で背負う事もないって言ったのは、お前だろ?」

 チッチの微笑みがアイナに向けられる。


 ――溶けて往く……不安に固められた心が……真実を知る事の怖さが、溶けて往くような気がする。


 アイナはチッチの胸元に飛び込んだ。

 翡翠色の瞳と真紅の瞳から、温かい液体が流れ零れ落ちていく。

 チッチの手がアイナの細い肢体を、やさしく包み白金の長い髪が生える頭を撫でる。

「あれ……ですぅ……どうして涙が……出て来やがるですぅかぁ?」

「知らないけど……あまり強く抱きつくなよなぁ……傷口が痛いから……痛てぇて」

 アイナは両腕は、いっそう強くチッチの身体を締め付けた。

「時として真実は残酷なものかも知れないなぁ。アウラも自分が望んだ通りの結果になっていればいいけど……自分の望む結果である事の方が、ずっと難しい事なんだ。人は自分の思い描く事に期待してしまうから……痛い……叩くなよ。そこ傷口だ」

「おばかぁ! 自分の腕の中でレディが泣いている時に他の……女の名前を出すぅなですぅ……」

 アイナはそう言いながら、チッチの胸に顔を埋め、力なく肩口を何度も叩き漏れそうな声を殺し静かに泣きじゃくった。

「泣けばいい。泣きたい時は思いっきり泣けばいい。俺たちは人だ。人は泣けるのだから。人は弱い……だから寄り添いながら生き、どの種族にも負けないくらいに強くなれたんだと思うぞぉ?」

「……アイナが……もし混血だったとしても? チッチはアイナを人と呼んでくれるですぅかぁ?」

「当たり前……かなぁ、でないと俺も人間じゃなくなってしまう。母さんとの約束を守れない」

 やさしくアイナの髪を撫でる、チッチの手がアイナの呪縛を和らげてくれる。

 オッドアイの瞳から、止め処なく溢れる涙と共に堰を切ったように嗚咽が混じる泣き声が小さな唇から漏れ始めた。

「……全身包帯のおばかぁ! 女が弱っている時にやさしくすんなですぅ」

「……なんだかなぁ? また俺の呼ばれ方が増えた…俺も母さんみたいに強そうでかっこいい二つ名が増えると、うれしいんだけど……」

 チッチが、ぽつりと呟いた。


 木枠に収まったガラスの向こうは何時の間にか白み始めている。

 魔法の行使を毎晩続けた疲れなのか、それとも泣き疲れたのか、チッチに寄り添い眠るアイナの白金の髪を徐々に顔を出し始めた朝陽の光に輝き出されていた。

 街とは違い田舎の夜明け前は静寂だけが朝の空気を支配している、泣き疲れチッチに寄り添い眠るアイナの寝息だけがチッチの耳に届く。

 後、少し陽が昇れば木々の上で羽を休めている鳥たちが囀り始める時間がやってくる。

 朝の静けさの中、扉のノッカーが不意に叩かれた。

「朝早くすいません。聞いて置かなければならない事があるの……アイナちゃん? 起きてる? 入るね」

 その言葉と共に扉が開かれる。

「おはよう。双剣(メーネ)使いのルーシィー・ガネット」

 かわいらしい寝息を立てているアイナの代わりにチッチが答えた。

「……これは……し、失礼しちゃった、かなぁ? はぁはぁ、私……出直してくるね……はぁはぁはぁ」

 ルーシィーの眼に飛び込んできた光景に苦笑を浮かべ、少ない言い残してルーシィーは静かに扉を閉めた。


 To Be Continued

最後までお付き合いくださいまして誠にありがとうございました。


次回もお楽しみに!

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