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〜 古き魔術の森 〜 第五話

 ☆第五話


 ◆二つの循鱗。揺れる気持ち


 紅色に染まるチッチの身体から流れ落ちる、その血を飢えた獣のように乾いた大地が血溜りを吸い取っていく。

 アイナが差し出した両腕の手の平に煌々と眩い光が収束している。

 薄い光膜に包まれたチッチの身体に刻まれた、傷口に光に満ちた手の平をあてがった。

 一つ一つ、また一つと傷口を手早く塞いでいくアイナに少女が声を掛けた。

「貴方はまさか! 二十年程前にアカデメイアに迷い込んだ亡国姫君の――」

「うるさいですぅ! 黙りやがれですぅ! つるぺ……無駄盛りお乳! う、羨ましい……、今は治癒魔法の行使中ですぅ! 後で相手してやるですぅから黙れですぅ」

 アイナはそう言うとチッチの治癒に全力を傾け始めた。

「しかし、今、貴方は魔法の詠唱を唱えなかった。そんな事が出来る術者は神とその高位の御使いか、アカデメイアの妖精王オベロンの血族のみ……そう、女王の末裔だけ」

「黙れと言ってるですぅ」

「……」

 鋭い眼光を放つ翡翠色と真紅の瞳と冷めた一声が、長く重いメーネを自在に扱う程の戦士である、少女の身を凍らせた。


 ――恐怖、殺気、そんな殺伐としたものではない。


 凍りつくような一声から感じ取ったもの……それは畏怖と威厳。

 黙々と治癒を続けるアイナが少年に向ける瞳は、触れば切れる研ぎ澄まされた刃物のようでもあり、何処かしら温かくも感じた。

「えぇぇい! 止りやがれですぅ!」

 塞げど開く傷口と流れ出す真っ赤な血にアイナが苛立ちを見せる。

 それでも傷の殆どを完全治癒させているアイナの魔力は尽き掛け、効力も衰え始めているようであった。

「お前! 出て来るなですぅ。チッチは今、お前の力を! お前の力なんぞ欲してはいないのですぅ! 退け漆黒の魔物でぇすぅ――!」

「この子……いったい誰と対話しているの?」

 独り言のように眼に見えぬ何者かに話し掛けている。

 白い髪の少女には、アイナが話している相手は見えず声も聞こえない。

 アイナが治癒の他に何者かと闘いながら、少年を助けようと懸命に事にあたっている事が傍で見ている少女にも伝わった。

「媒介が足りないの? ならば」

 少女はチッチを挟む形で、アイナに向き合った。

「死なせはせんですぅ。お前は後で、……お前」

「生命の命の泉湧く源より来たれ 水を司る精霊よ 汝、我が身を喰らい契約を果たせ 我は要求する。汝の力を我に与えよ」

 対面にしゃがんだ少女の詠唱に、アイナが僅かに反応した。

「精霊……魔法」

「貴方は治癒の邪魔をする何者かを抑えて下さい。代わりに治癒は私が受け持ちます」

「お前……、ありがとですぅ」

「私には貴方が抑え込んでいる何者かが見えない。私が貴方の手助けを出来るとしたら、役割分担をして少年を死なせないよう最善を尽くす事……だよね?」

 アイナの無言の頷きに少女は、頬を一瞬緩め引き締めた。


 切り出した石の形を整え積み上げられた壁。

「……オレンジパイ! あれ?」

 丸太の母屋と組み合わされた木々に木の板を張り付けた屋根裏が、ぼんやり歪む視界に映る。

「はぁ――、何がオレンジいっぱいですぅ? はぁはぁ――ん? ……さては右眼包帯、アイナに惚れたですぅかぁ?」

 アイナは眼を細め、チッチの頭を小突いた。

「痛ぇ……、どう言う脈絡でそうなるんだ? それにいっぱいとは言ってない」

「はぁっ、しかしですぅねぇ……右眼包帯?」

「何かなぁ?」

究極のドラゴン(オプティマール・モンストール)漆黒のドラゴン(プリュ・フォール・モンストール)循鱗(ちから)を持ちながら、よくもまぁ、何度も死に掛けやがるですぅねぇ! お馬鹿にも程度てもんがあるですぅよ。……ホント間抜ですぅねぇ、チッチは、……ア、アイナが傍に居てやらんと心配で心配で……」

 アイナが精一杯、何時もの毒舌を吐いてはいるが、その表情は曇っている。

「解ってるんだよなぁ? 本当は」

 チッチはベッドに仰向けに身体を横たえたまま、首だけをアイナに向け微笑んだ。

「……」

 アイナが視線を逸らし、腰掛けた椅子に揃えられ伸びる腿に小さな拳を握り締めて小さく震えている。

「隠さなくてもいい。精霊とやらにでも聞いたんだろ?」

 アイナが小さく頷く。

「ドラゴン、つまりは竜族の元祖。あらゆる生命体の中で伝記、神話に出てくる天使、魔族に匹敵する力を持つ幻獣だと“宝を守る者”“宝を守護する存在”がドラゴンだと|妖精王(obron)は言ったですぅ……あなたのお母様だと聞いているドラゴンは竜族とはかけ離れた存在だったとも……姿形は竜族に相応しくも異質だと……ブレスは特殊で炎を吐く竜族とは隔絶すべき物、それにもう一匹のあなた自身の体内で育った漆黒のドラゴン。元はあなたのお母様が人の子の育て方が分からず、赤ん坊の時、臍からお母様は自分の循鱗を一部取り出し栄養源として与えた……それが――!?」

 アイナの言葉をチッチが遮る。

「母さんの闇の部分だった」

 アイナが、こくりと頷いた。

「そして、もう一つ」

「生命体なのかすら分からない、だろ?」

 アイナが小さく頷いた。

「母さんは、その循鱗が俺の意思の影響を受け独自の意思を持ち始め俺の身体と精神を侵食し始めた時、赤ん坊の時に与えた循鱗の破片が悪しき物だと気付き、母さん自身の循鱗を触媒にソルシエールの魔術を借りて循鱗を左の首筋に封印し悪しき循鱗を抑える事と俺を守るために俺自身が、母さんの循鱗の力を還元出来使えるように封印を施したと言ったところかなぁ」

「お母様の循鱗が持つ“絶対(超復元能力)”の一つは、あなたが言っていた超再生能力。つまり究極の守備。それともう一つの絶対(ブレス)は、見た事がない原理が働いていると精霊たちは言ってますですぅ。それにもう一匹のあなた自身と同調しつつあるドラゴンの絶対(ブレス)は、この世に存在しない物質を生み出し全てを破壊する究極の攻撃、破壊手段かも知れないと精霊王は懸念してますぅ……恐らく絶対の種類もそれだけではないと思われるとも……」

 アイナの瞳が潤み出す。

 本当は心やさしいアイナが、自分の置かれた状況に心痛めている事が分かる。

「その通りだ。つまりは究極の攻撃力と究極の守備力。相対する力が俺の中で交錯している。今の状態で一方の循鱗を解放すれば、戦闘で負傷するより命に関わる大事になる。母さんの循鱗の大半を持って行かれているからなぁ」

「気付いていたのですぅかぁ?」

「薄々はなぁ」

 チッチは何時ものように碧眼を反らし微笑みを見せた。


 チッチがアイナに微笑み掛けている。

 アイナは微笑みを返して見せた。

「う――ん。大人しくしているとアイナ・デュラン・ミラ・カストロス?」

「何ですぅ? アイナでいいですぅ。大人しくしているですぅ?」

「お前、案外かわいいところあるんだなぁ」

 アイナの顔が火を吹いたように真っ赤に染まる。

「なっ! 何を急に!」

 チッチが微笑みを崩す事無く小首を傾げた。

「気分を害したかなぁ? 悪かったなぁ」

「そりゃ……う、うれしいですぅけどぅ、アイナには……シオンが……」

 アイナは、もにょもにょ語尾を濁らせ俯いた。

「あの銀髪が好きなのかぁ?」

「なっっ! チ、チッチこそ! アウラちゃんが好きなくせにですぅ!」

「アウラ? 好きに決まってる」

 アイナの小さな胸が、どきっと弾んだと思うと胸が締め付けられるような苦しさが後を追うようにやって来て胸を締め付けた。


 ――アイナはシオンが大好きですぅ……の、はずなのに? この感じ……、なに?


 チッチがシオンに似ているから、面影を重ねているのかも知れない。

 アイナは新たに生れた気持ちに戸惑った。

「腹減った。あれ?」

 チッチがベットから起き上がろうとし半ばでベッドに崩れ落ちる。

「おばかぁ! 無理すんなぁですぅ……大丈夫?」

 崩れ落ちるチッチをアイナが支え、急速に近づいた互いの顔には互いの温もりが伝わる距離で視線が交わる。

「ありがと」

 チッチが満面の笑みをアイナに向けた。

 胸の鼓動は速まり、バクンと跳ねる。

「べ、べつにですぅ……」

 チッチを横にし上布団を掛け直す。

「何か食い物持って来てやるですぅから、大人しく寝てやがれぇですぅ」

 チッチの傍を離れ部屋の外に出ようと扉の方に振り向いた時、チッチの声がアイナに届いた。

「ち、血が、ち、血……が」

「ん? どうしたですぅ?」

 アイナは慌てて振り返った。

「ち、血が足りないのかなぁ? 何か、ち、血になる――」

「だぁ――れ――の“ちち”が足りないと言うですぅ? アウラちゃんの乳も大して変わらんですぅのにぃ! ふぅん」

 アイナは真っ赤な顔をして唇を尖らせ、頬を膨らませチッチを睨みつけ部屋を後にした。

 この怒りが嫉妬なのか、ただ単にコンプレックスに怒りを覚えたのか、アイナは分からなかった。


 アイナが部屋を後にした後、チッチは思った。

「どうしてかなぁ? 俺の回りにいる人間は……どうしてこうも人の話を最後まで聞かない奴が多いのかなぁ」

 チッチは一人ごちた。


 扉の外に出るとそこには、薬草が不快な匂いを放つパンの薬膳粥とはちみつ入りのホットミルクに固いパンを砕いて浸した温かいスープ、二人分の食事が並べれたトレイを手にして少女が立っていた。

「お腹……空いてると思って、こんな物しか無いですが」

「あ、ありがとう」

 アイナは少女からトレイを受け取った。

 トレイの並べられた食事は作り立てとはとても言えない程、立ち昇る湯気が消沈している。

 アイナは引きつった笑みを浮かべた。

 少女がアイナの笑みで食事が冷めてしまっている事に気付いたのか、慌ててアイナに手渡したトレイを取ろうとした。

「すみません。作り直して来ます」

 焦りの混じる申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を下げる。

 アイナの持つトレイを少女が受け取ろうとした時、手と手が触れた。

 僅かに震える褐色の少女の腕には所々に包帯が巻かれ、その間からは茶褐色に変色した皮膚が覗いて顔を見せている。

 限界を超え、メーネを振った痛々しい名残が衣服に覆われた肢体の至る所にもあるのだろうと、容易に推測できた。

 決して軽い物ではない二人分の食事を運んで来て、自分たちの会話を聞いてはいけないと思い長い時間部屋の外で話が終わるのを待っていたのだろう。

 アイナは、冷め掛けたスープを人差し指ですくい口に運んだ。

「う――ん! デリーシャースですぅ! 寝たきり病人には丁度いい湯加減ですぅ――!」

 アイナは、そのままトレイを渡さず部屋の扉へと振り返る。

「あ、あの! お尋ねしたい事が……」

「なんですぅ? おばか病人が腹を空かせてピーチクパーチク五月蠅いですから早く餌を与えてやらんといかんのですぅ。後で聞きますぅ。奴には特別病人……違った。怪我人食? 山羊乳で煮込んだパン粥でいいですぅ……けっけっけ」

 両手でトレイを持って扉の前に立ったまま、悪態を吐きながらもアイナが切ない表情を浮かべて少女に降り返る。

「と、扉開けますね。……それに湯加減って」

 などと言いながら、少女が扉を開いた。

「あなた、お名前は? ルーシィー……ルーシィー・ガネット」

「ありがと、ルーシィー? また後で、ですぅ」


 ルーシィーはアイナが部屋に入ると扉を閉め掛けた。

 ベッドには事情も碌に聞かず戦い、自分が大怪我を負わせた少年の寝ている姿が眼に映る。

 少年がアイナに向かい何やら文句をつけている様子が窺えた。

 ルーシーは少し聞こえた文句の内容に頷き微笑を浮かべる。

「確かに病人じゃないよね? それに餌って……あの子、尻に敷かれるタイプなのね」

 ルーシィーは、チッチとアイナの痴話喧嘩を聞きながら静かに扉を閉めた。


 To Be Continued

最後までお付き合いきださいまして誠にありがとうございました。


次回もお楽しみに!

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