〜 古き魔術の森 〜 第二十八話
こんにちは
雛仲 まひるです。
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☆第二十八話
◆讀罪。罪と罰
アウラは白く固められた地に愕然と膝を落とした。
「ごめんなさい……私、何も知らなかった……知らない内にチッチまで……」
アウラは両手で顔を覆った。
「何、謝ってるんだぁ? アウラ」
「私は、チッチの循鱗の本体を滅しました。それが原因でチッチまで死なせるところだった」
アウラは力無く地面に尻を着いた。
「俺は……アウラの弟を殺した。それにあいつが何の目的で俺たちに偽りの話を語ったのかは分からないけどなぁ。俺とアウラは幼かった頃の曖昧な記憶、人々の間で語られて来た話、俺たちが自分の眼や耳で見聞きした真実との違いに疑念を感じながら“仇”と思い込み、それを承知で一緒に居たんだろ? ……まぁ、結果的に本当の仇同士になっちゃったけどなぁ……、俺たちは始めに戻っただけだ。出会った頃に、それに……前にも言ったけど、俺はお前以外の奴に討たれてやるつもりはない。今でもなぁ」
近づく足音がアウラの直ぐ傍で止まった。
「アウラは、自分の思いを成し遂げようとしただけだ。俺はアウラの弟を……魔物と化した魔術師を殺した自分の思いを成し遂げる為にだ」
チッチの言葉でアウラは顔を上げた。
「チッチ……でも! 私たちは疑念を感じながら真実も見えないまま間違い、お互いの大切なものを失わせてしまったのですよ。それに私は……知らなかったとは言え、過去に沢山の命を奪ってしまったのです。決して許される事ではないの」
「誰もがアウラを許さなくても俺が許してやる……背負って行こうアウラ……、それが俺たちが誤ってしまった事に対する讀罪だ。その形が今も“仇同士”のままの現状を作り出している俺たちの罪と罰だ」
「……重いね」
「ああ、重いなぁ、……でもそれが俺たちの絆だ」
「切ないよ苦しいよぉ……チッチ」
アウラはチッチの首に両手を回し縋りついた。
チッチは震えるアウラの身体をやさしく包み込んだ。
二人の様子を、ただ無言で見ていたアイナたちは、それぞれの思いに耽った。
神は、この二人に……何処まで試練を与えるのか。
アイナは弟、ランスが掲げる理想郷を阻止を。
シオンはアイナに対する自身の態度に苦悩していた。
ルーシィーはカルバラの掟を破り、アカデメイアに外の者を導いた。
それぞれの讀罪が脳裏を掠めて行った。
アイナはシオンの袖を掴んで二人を見ていた。
二人に定められた余りにも残酷な運命の悪戯に心痛めた。
旅の途中アウラは羊飼いである事、チッチは山羊飼いである事をチッチ本人から聞いていた。
羊飼いと山羊飼いの扱いはラナ・ラウルでも同じ。そこに両者の間にある決定的な違い……それは。
――優遇と冷遇。
チッチが受けて来た世間からの扱いは、オッドアイの瞳を持つアイナの幼少の頃と似ていた。
教会に忌み嫌われ、世間からは言われ無き理由で蔑まされ虐げられて育った。
言われ無き、偏見と冷たい好奇の眼は疎外感と孤独感を嫌という程、感じさせられた。
育ててくれた両親と弟だけが、数少ない唯一の理解者だった。
きっと、チッチもドラゴンが心の支えだったのだろうと自分に重ねた。
――チッチなら……チッチとなら痛みを分かり合える。
本当の自分を理解してくれるかも知れない。
包帯の下に隠した人外の瞳と普段、外出する際に自分が白金の髪の毛で隠している翡翠色とは違う真紅の瞳。
全てが似ている。
人見知りの自分がチッチなら、今は心の奥に潜めている苦しみを分かってくれるのではないか、全てを受け入れてくれる存在ではないかと心を許し惹れて行った。
シオンに感じた年頃の娘が素敵な異性に感じる憧れとは違ったものを感じた。
チッチとアウラも自分と同じではないのか? 互いに故郷を失い同じ苦しみを共有している。
――その形が“仇同士”であると言う苦しみと悲しみ。
シオンの事が大好きだった。
いや、その気持ちは今も変わらない。
何時も危険から自分を守ってくれた。
シオンの気持ちも迷いも知っている。
だけど、今は……。
奉公先から、ひっそりと母が暮らしているログの村に帰郷した二年程前のある夜に突然、現われた記憶喪失の少年。
こんな自分に好意を抱いてくれるシオンに対する讀罪の気持ち……、はっきりしていないのは自分の方じゃないか?
シオンの記憶を全て取り戻す事に強力を惜しまない。
それがシオンの気持ちに応じて上げられないせめてもの罪滅ぼし、シオンに対する讀罪。
恐らく、チッチはアウラを見ている、例え、想い叶わずともそれが自分自身の罪と罰なのだ。
記憶が戻れば、シオンも大切な人や家族を思い出しガーディアンとして戦う日々から解放される日が来るのではないだろうか、と思いを強めた。
腕を掴むアイナの手に力が込められている。
その表情は悲しそうで辛そうだった。
人見知りで臆病なアイナを良く知っている。
その反動から、毒舌を吐くアイナは本当はやさしい少女である事も。
シオンも二人の会話を聞いていた。
「記憶……か」
アカデメイアに来て、都市ルミナリスを見ても驚かなかった。
ログの近くにあるラウル湖に沈んでいる“NOA”には、自分の記憶の全てが残っている。
NOAで見た写真立に仲間と思われる人物と写った一枚の写真の背後に写っていたのは、アカデメイアの真の姿、都市ルミナリスに間違いない。
アイナに好意を持ちながら、最近まではっきりと気持ちを告げられずにいた。
――告げてはいけない気がしていた。
自分が何者で何処から来たのか分からない。
もし、記憶の全てをもどしたらアイナへに抱いている好意はどの様に変化してしまうのか。
アイナの気持ちも分かってはいた。
自分の言葉を待っていてくれていた事も分かっていた。
しかし、アイナの前で面と向かって言葉にする事が出来なかった。
――怖かった。
記憶を取り戻した後、自分に大切な人が待っていてくれているとしたら……。
そしてアイナではなく、その人を選びアイナを傷付けてしまう事が怖かった。
アイナがチッチに好意を持ち始めている事も、嫌と言うほど伝わって来る。
アイナを傷付けたくない。
ならば、記憶を戻すまで好きだと言葉で、はっきりと告げられない。
結果、アイナを失う事になったとしてもだ。
アイナの好意を知りながら、はっきりとした気持ちを告げず、思わせぶりな態度を、キスをすると言う行為をして、アイナの期待を膨らませてしまった俺の讀罪はどう償えばよいのだろう、とシオンは思った。
記憶を取り戻し自分の全てを取り戻す。
それが、俺のアイナに対する讀罪……その時、アイナを失う事になっても、それは俺自身への罪と罰だ。
シオンは決意を固めた。
カルバラの民に定められた掟とアカデメイアの掟を破ってしまった。
自分の取った行動が、カルバラの民に何らかの制裁が下だらないか、気が気でならない。
もしカルバラの民に何かあったら、わたしのせいだ。
アカデメイアに何人も近付けない。
それがカルバラの民に与えられたアカデメイアを古から長きに渡り統括して来た女王からの命だ。
チッチとアイナを教会の聖十字軍との争いに巻き込み、アカデメイアに近付こうとする二人に刃を向けた。
アイナのオッドアイを見て、アカデメイアに伝わる口伝を思い出し怪我をさせたチッチの介護にも手を貸した。
例え、オッドアイを見たとしても部外者かも知れない。
外の世界に生れた。ただの少女かも知れない可能性を残しながら、あまつさえアカデメイアに入る事の出来るアカデメイアの臍を教え、尚且つ森の中にまで入り込んでしまった。
わたし一人の命を差し出す事で済むなら、それがカルバラの民への讀罪にもなるだろう。
しかし、民の皆に罪と罰が及んだ時、わたしはどんな讀罪をすればよいのだろうか?
たった一人でアカデメイアを敵に回しても戦いカルバラの民を救う。
そこに壮絶な死が待っていようとも……それがわたしの罪と罰だ。
「皆さんお待たせ致しました。許可申請が下りました。これより都市ルミナリス内部に入ります……どうかなさいましたか? 皆さんお揃いで浮かない顔をしていらっしゃいますね」
オリビアの声で一行は伏せていた顔を上げた。
「ルミナリスの中枢に統括するものが存在しています。では、私の後に続いて来てください」
暫らくオリビアの後を歩いてルミナリスの中を歩いた。
オリビアが急に立ち止まる。
「ここからは乗り物で中枢部まで参ります。暫しお待ちを」
目線の遠くに天まで届く塔が見える。
待つ事、暫らくして誰も舵を取っていない奇怪な箱が地上すれすれを滑るように、こちらに向かって来ている。
シオン以外の皆は眼を皿のようにして、その光景に眼を奪われた。
「あれはどんな魔法で動いているですぅか? あれも魔術師が生み出した理論魔法なのですぅ? チッチ、シオン」
「さぁな」
シオンが短く返事を返した。
あれは魔法でも魔術でもない。
「アイナやアウラちゃんにしてみれば、魔法や魔術に思えるかも知れない。だけど違う“科学”だ」
シオンが確信に迫る。
「かがくぅ――?」
アイナが首を傾げる。
「どんな魔術書を開いても、あのような魔術は存在しません……もしかして……」
アウラの脳裏に解読不可能だった文字が浮かんだ。
それはチッチの眼に現われた文字の羅列に似た文字ばかりがソルシエールから渡された禁術書に書かれている魔術書もあった。
奇妙な乗り物は一行の前で停止した。
「さぁ、お乗りください」
オリビアに促され奇妙な乗り物に乗り込んだ。
「では、参ります」
奇妙な乗り物は静かな音だけを発して走り出した。
都市ルミナリスの建物が視界を流れて行く。
暫らく走ると白い壁に塗る固められた建物の前で乗り物が停止した。
その建造物には、レンガや切り出した石を重ね合わせ積み上げられたイリオンやラナ・ラウルで見る建物とは、まるで違う創りの建造物だ。
「さぁ、中にお入りください」
硝子の扉が魔法も唱えていないのに、誰の手にも触れず開いた。
「勝手に開いたですぅ」
アウラも驚いた表情を浮かべている。
チッチは相変らず、微笑を絶やさない。
「チッチは不思議に思わないのですか?」
「驚いているさ。見えないかなぁ」
「「「見えない」」」
アウラとアイナ、ルーシィーが声を揃えた。
一行の中で一人、驚いていないシオンに、オリビアが尋ねた。
「貴方は、驚かないのですね?」
「まぁな、俺にはここに心当たりがある」
「貴方もアカデメイアの森を出た者なのですか?」
「俺は、思い出の記憶の大半を無くしている。何処から来たのか何処にいたのかさえ分からない。俺は二年程前、ログの村にあるラウル湖の辺でアイナとランスに命を助けられた」
「それにしては、貴方はルミナリスを目の当たりにしても、何も動じないのですね」
「NOA」
シオンは短く答えた。
「NOA……貴方はNOAの事を御存知なのですか?」
シオンが口にした“NOA”と言う言葉に物静かだったオリビアが反応する。
「ああ、俺と深い関わりのある船の名だ。そこにはNOAを運用する者もいる」
「そうですか……NOAは、この時間軸に漂流していたのですね……NOAの所在は?」
「ラウル湖の底だ。損傷が激しく今は動けない。修復作業は続けている」
「何れ、アカデメイアに移動を?」
「さあな。あれも(・・・)この世界では無用の長物だ。出来れば必要な状況になって欲しくはない」
シオンはそう言い残し建造物の中へと入って行った。
オリビアが急いでシオンの前に出る。
「案内役は私です。さぁ! 皆さんも後に続いて来てください」
オリビアと一行も建造物の中へと足を踏み入れた。
To Be Continued
御拝読ありがとうございました。
次回もお楽しみにっ!