〜 古き魔術の森 〜 第二十五話
☆第二十五話
◆アカデメイアの姫君と女王の末裔 後編
以前、シオンが切り裂いた結界は復元されているようだ。
「元の迷いの森に戻ってますぅねぇ」
「もう一度、結界切り裂くか」
シオンのフィノメノンソードを呼び出す魔法陣が現われる。
「結界? いったい何を言ってるのですか?」
アウラは、二人の会話が飲み込めないでいた。
「この森には、真実を隠す結界が張られているんだよ。それをこれからぶった斬るのさ」
「真実の姿?」
「お待ち下さい」
アウラが戸惑っていると森の影から一人の女性が待っていたかのように姿を現した。
案内役と思われる女性が口を開いた。
「カルバラの戦士から聞いた情報を元に、二十年前アルフレッド王子率いる殿軍を支援し、十七年前に姫様がお生まれになられた部族の集落を特定しておきました。私の後について来てください」
その女性が、間を置かずアウラに視線を向けている。
「あ、あの……私に何か?」
「いえ、失礼をお許し下さい。ただあるお方に似ていらっしゃると思いまして」
「あるお方?」
「ソルシエール様です」
「もしかして……あのグランソルシエール? ソルシエールさんの事ですか? 私の母にそっくりなお方です」
アウラは微笑で答える。
「ソルシエール様は、アカデメイアの森に六年程前、一夜にして現われた都市にいた数少ない人間の生き残りの殿方と当時の女王様の間にお生まれになった御子息です」
案内役は女性は淡々と語った。
「ソルシエールさんはアカデメイアの御出身でしたのですか!」
「はい。ソルシエール様は賢く何処か不思議な方でした。御存知のようにアカデメイアの森は他種族が住まい争いの耐える事のない無法地帯でしたが、六千年もの歴史を持つアカデメイアに秩序をもたらしたのは、他でもないソルシエール様です」
「ソルシエールさんはアカデメイアの御出身だったのですね……」
アウラは言葉を繰り返した。
だとすれば……もしかするとソルシエールは……アウラの脳裏にソルシエールが以前口にした言葉を思い出した。
「ソルシエール様がアカデメイアを出られて、幾分掟も変わりましたがあの御方なくして今のアカデメイアは無かったでしょう。貴方はもしかするとソルシエール様の末裔ではないかと感じたまでです」
「私がソルシエールさんの末裔……ですか? ですが、私には何の確証もありません」
アウラは脳裏に浮かんだ言葉を耳にしたて戸惑った。
「そうです。……しかし、ソルシエール様は貴方に御自分の全てを渡されたと聞いております」
「禁術書、の事でしょうか?」
「ソルシエール様の残された魔術書と書物には、アカデメイアに突如、出現した都市の中枢を担う研究での成果と、この地で修得された魔術の研究の全てです。そのような大切な物を赤の他人に託されるはずがないと私は考えております」
女性は淡々とした口調で話している間にも、もくもくと歩みを進めている。
突如、湧いて出た話を聞きながら森を進んで来たせいか、どれだけの距離を歩いたのか分からない。
深い森の景色は変わる事が無く、感覚が麻痺しているのだろう。
気が付けば幾分疲れを感じる。
「姫様、もう暫らく御辛抱くださいませ」
「つ、疲れたですぅ……」
女性の言葉を聞いて、アイナは小さな声で呟いた。
「そろそろ集落に到着いたします。そこで姫君が御知りになりたい事を存分に御聞きくださいませ」
「……が、がってんですぅ」
アイナは疲れた身体を奮い立たせた。
「この辺りは瓦礫ばかりですから、ここを抜けた後にアカデメイアの真の姿を御見せいたします。ソルシエール様から、そのようにと受け賜っておりますゆえ」
「アカデメイアの真の姿……ですか……いったい何なのですか?」
「はい。先程の話にあった、この森事態が突如、瓦礫と共に現われた都市なのです」
アウラは期待と不安に満ちていた。
しかし、アカデメイアの外に残ったチッチたちの事が気に掛かりで落ち着かない。
「姫様、到着いたしました。ここが姫様のお生まれになられた部族の集落の入り口です」
目の前には粗末な木々を組み合わせ、建てられた小屋ほどの住まいが、木の枠組み程度の門の向こう側に点在していた。
アイナは門の前で立ち止まり俯いた。
「どうかなさいましたか? 姫様」
「あ、あのぅ……貴方に聞いておきたい事があるのですぅ」
不安に満ちた震える声でアイナは尋ねた。
「何なりと」
「古い歴史を持つアカデメイアで、何故? オッドアイの瞳は希少なものなのですぅ? やはり……好奇の対象なのですぅかぁ? ……」
アイナは翡翠色と真紅の瞳を静かに閉じ俯いた。
「いいえ、アカデメイアでは森を誕生させたハイエルフ。初代女王がオッドアイの瞳だったと記述、口伝で伝えられています。アカデメイアは長い歴史の中で幾度もの争いを繰り返して来ました。種族間、部族間で衝突し、小さないざこざに端を発し危機的状況に陥る事もあったと聞き及んでいます。その時の節目に現われ、戦いを納めたの女王がオッドアイの瞳を持つ歴代の女王だと伝え聞いております。アカデメイアではオッドアイの瞳は力と高貴な者の証なのだと、今日まで伝えられて来たのです」
物心つく前にはアカデメイアの森を出、外の世界で過ごして来たアイナにとって綺麗に澄んでいるアイナのオッドアイの瞳は、決して崇められるものでも高貴なものではなかった。
――左右の色が違う……。
閉じた目蓋の裏に映し出される過去は、悲しく寂しいものであった。
人と違う瞳の色は誹謗中傷され蔑まされて生きて来た。
錬金鍛冶を生業にしていた父と母、そして弟のランスと共に定住できる街も見つからず、旅さながらの日々を送った。
一方の瞳を隠し、街に住み着いても教会の者たちから逃げるように暮らした。
オッドアイだと知れると道端で小石を投げつけられもした。
何時しか心は塵尻になり失い掛けた事もある。
殆どの人は自分と違うものを受け入れはしない。
「さぁ、参りましょうか」
案内の女性に手を引かれアイナは粗末な門を潜った。
アイナの頬には一筋の涙が流れ落ちている。
アウラはアイナのもう一方の手を取って、そっと握り門を潜った。
アカデメイアの外、チッチは馬鉄が大地に着く音のする方向へと歩き出した。
軍隊の姿は乱雑に巻かれた包帯の下に隠されたドラゴンの眼を持つチッチ以外に他の者には、まだ目視出来ていない様子だ。
「行って来る」
「待って! チッチくん。今、アカデメイアの監視で近くに来ているカルバラの民を集めているから」
ルーシィーの言葉にチッチは振り返り微笑んだ。
「戦いに行くわけじゃない。イリオン軍がいるなら足止めは出来る」
「でも、あなたは山羊飼い。教会の聖十字軍に囚われるかも知れないのよ。今は少しでも戦力を整えて――」
「もし戦闘になった時、死人を増やしたいのか? ルーシィー」
「そ! そんなわけないじゃない! かと言ってチッチくんだけを行かせるわけにはいかないわ」
「今は状況が分からない。この場に軍隊が来たなら、十中八九、教会側とイリオンが手を組んでアカデメイアの力を探り我が物とするだろうなぁ、ここで待って軍隊が現われれば戦闘になる事を意味する。分かるだろ? アカデメイアを守って来たルーシィーには」
「そうね……聖十字軍が異国の軍隊をアカデメイアに近付けるなんて事をするはずはないわ」
チッチはルーシィーに背を向け、止めていた足を再び進め始めた。
「小僧、俺の背に乗れソルはここで待ておれ、我らが帰らぬ時には皆を頼む」
「あいよ。……気を付けるんだよ。あんた」
「行くぞ、小僧送ってやる」
風狼の背に飛び乗った。
「あんたは行かないのかい? 銀髪の坊や」
シオンはソルシエールを睨んだ。
「坊やってのは失礼な言い方だったねぇ。戦士に向かって。しかし、あんた……あのガキに似てるねぇ」
「似てねぇよ。あいつと一緒にすんじゃねぇ」
シオンは苛立ちを露わにする。
「俺はあいつみたいに、何時もへらへらしてねぇよ」
「似てるのは外見だけだねぇ、世の中には三人そっくりな奴が居るって言うけど、あんたたち一卵性の双子、兄弟程、似てるよ。まったく瓜二つだねぇ」
「知るかよ。そんな事! あいつが勝手に似てるんだよ。俺に」
現時点で何も出来ない自分にシオンは苛立ちを強めていた。
「仕方ないさね。あんたは異国の戦士なんだ。下手な行動は取れないからねぇ」
「……分かってんじゃねぇか、おばさん(・・・)」
「たくっ、やっぱり中身もそっくりだよ」
今は状況を見守るしかない。
シオンはチッチを手助け出来る方法を模索した。
小さな小屋ほどの住まいが点在する中、一際大きな建物があった。
「あの屋敷は族長の住まいです。お二人はここでお待ち下さい」
案内をして来た女性が族長の屋敷に近付いて行った。
二人は、いたるところにある家から、興味深く見詰める視線を感じる。
しかし、姿は見せない。
「姫様、屋敷の中にお入り下さい。族長がお会いになられるそうです」
アイナは、戸惑い身体を強張らせている。
「アイナちゃん」
アウラが静かに声を掛けた。
アイナは、強張り重い足を地面から引き剥がすようにアウラに支えられながら屋敷へと歩き出した。
屋敷に入ると族長と思われる年老いた人物がアイナを出迎えた。
「こちらに」
客間に案内され、暫しの沈黙が流れる。
アイナは強張らせ不安げに瞳を揺らした。
静けさが緊張感が更に身を強張るアイナを不安にさせる。
重苦しい空気の中、族長が沈黙を破った。
「その瞳、確かに十七年前にアルフレッド王子と時の女王様の間に授かった、赤子」
大体の事はルーシィーから聞いている。
「十七年前、王女様はこの地で二人のお子様をお生みになられました」
老人が静かに口を開き、十七年前の出来事を語り始めた。
亡国のカストロス王子アルフレッドと時の女王は、月日が経つに連れ恋に落ちていったのだと言う。
やがて、女王はアルフレッドの子を身篭もった。
時を同じくしてアルフレッドの妹、セリーヌは殿軍に剣など武器を提していた錬金鍛冶士の青年と心通わせるようになっていた。
やがてセリーヌは錬金鍛冶士の青年との間に子を授かった。
厚い曇が広がる日、カリュドスの追っ手が、アカデメイアに近付いているとの報告を受けたアルフレッドは戦支度を整え戦場へと赴いた。
夕刻から風を伴い雷雨が激しさを増した夜、アルフレッドの訃報が届いた。
女王は悲しみに打ちひしがれ、日に日に衰弱していったのだと言う。
セリーヌも、また兄の死に心痛めた。
宿命なのか、はたまた運命の悪戯なのか嵐の夜。
王女とセリーヌは子を産み落とす。
女王はオッドアイの瞳をした男女の双子を、セリーヌは一人の男子を授かったが……。
しかし、皮肉にも衰弱著しかった王女は、お産を終えると力尽きアルフレッドの下へと旅立った。
セリーヌの子は生れて間もなく短い命の火を消した。
予定より早い出産と兄を亡した心労が重なっての悲劇だった。
動かぬ赤子を抱き、眠るセリーヌは安堵の笑みを浮かべていたと言う。
セリーヌの笑みを見か兼ねた錬金鍛冶士の青年は、生れて間もなく母を亡したセリーヌの兄の忘れ形見の双子を自分たちの子として育てると言い出した。
兄の死に続き自分の子が死産であった事を知れば、セリーヌは正気を失うだろう。
しかし、双子は王女の子。
族長とお産に携わった助産婦たちは頭を悩ませた。
しかし、生きている双子の赤子には乳が必要だ。
族長は悩んだ末、青年の申し入れを受け入れた。
ただし、赤子を連れてアカデメイアを出よと条件を付けて。
女王の子を育てる。
アカデメイアに住まう者たちに知れれば、様々な混乱を招く事は明らかだった。
玉座を巡る争いに巻き込まれるだろう。
双子は、稀にみるオッドアイの瞳を持って生れた。
しかも、一人は男子。
アカデメイアには古の預言者が残した記述があった。
二つの月が重なる時、太陽が生まれ出、太陽が天の座を目指す時、世に混沌を招くであろう。もう一つの月が目覚める時、妖精王を従え、明星と混沌を繋ぎ平定へと導く、紡ぎの王となるであろう』
つまりは月目の双子。太陽とはアカデメイアに王子が誕生する事、女王が玉座に就く。
新たにアカデメイアに一つの王権が誕生する事をを暗示している。
族長の話は、大方においてアイナがルーシィーから聞いていた事と一致していた。
「今、話した事が十七年前に起こった真実です。姫様」
「ありがとですぅ」
アイナは短く礼の言葉を述べた。
「礼には及びませぬ。再び時の女王、ソフィア様の忘れ形見にお会い出来たのですから」
族長は笑みを浮かべ言葉を続けた。
「時に、姫様には弟様がおられたはずですが?」
弟、ランスに話が及ぶとアイナは俄に顔曇らせた。
「姫様のお顔から察するに何かあったのですかな?……アカデメイアの森で男子は王になれますぬ。遠い昔から女王が、次の女王を指名し玉座に就きまするゆえに。ソフィア様は次期王女を御指名されておりません。お若く女王になり間もございませんでした。ゆえに指名する前にお二人を産み落とされて亡なられました、今のアカデメイアの玉座は空位となっております」
「……空位? 今のアカデメイアに女王はいないのですぅか?」
「左様でございます。今のアカデメイアを統括しているのは――」
族長が続けようとした。
案内役の女性が族長を遮った。
「その先は、私がお話いたしましょう。申し遅れましたが私の名は、オリビア・シモンズと申します。さぁ、参りましょう。次の目的地、ルミナリスの都に」
オリビアは立ち上がり、アイナとアウラを促した。
To Be Continued