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〜 古き魔術の森 〜 第二十四話

 ☆第二十四話


 ◆アカデメイアの姫君と女王の末裔 前編


「カルバラの戦士よ。貴様等の言う事は本当なのだろうな? 先代女王に御子息がおり、生きているなど世迷言を信じろとでも言うのか?」

 一人の戦士がルーシィの喉元に切っ先を突き付ける。

「お嬢! 貴様お嬢に何をぉぉお!」

 激怒するサルサの顔前にルーシィーは手を上げ、サルサを制し口を開いた。

「騒ぐなサルサ」

 ルーシィーが激高しているサルサを一喝し言葉を続けた。

「本当の事だ。先代女王の娘、つまり姫君とお会いした。姫君の願いはもう一度、アカデメイアの森に入り御自分の生れた場所とその時の事情を確かめたいと仰られておられた。姫君がお生まれになった当時に人間に力を貸していた部族と接触し、当時の様子を詳しく知って頂きたい。わたしは姫君の願いを叶えて差し上げたく交渉に訪れたのだ」

 鋭い刃の切っ先を喉元に突き付けられてもルーシィーは怯む事無く、凛として答えた。

「姫君? だと、笑止な事を。その者が姫君だと言う何か確たる証拠でも?」

「オッドアイの瞳」

 ルーシィーは、ぽつりと答えた。

「はぁっはぁっは、女王の中の女王(オッドアイ)だと? 戯けた事を言うアカデメイアでも稀にみる特別なお力を持つ女王の証だぞ」

「この眼で見た」

「……それで貴殿の言う、姫君は今何処に?」

「もう、そろそろアカデメイアの臍に御到着される頃だ」

 ルーシィーの喉元に突きつけられていた切っ先が引かれた。

「よかろう、この眼で確かめよう」

 騎士が剣を鞘に納め、背を向けた。


 地上を走っている船が視界に入る。

「待ち兼ねたぞ」

 アカデメイアの臍の前に立つ男は唇の両端を吊り上げ、不適な笑みを浮かべた。

「隊長殿」

 傍に控えた騎士が指示を求めた。

「奴らは鼻が利くと聞いている。気付かれぬよう風上で時を待て」

「はっ!」


 チッチたちを乗せた船がアカデメイアの手前で停船する。

「……嫌な予感がするなぁ、ふぅぁあ。アイナ、船を頼む」

「アイアイ――! 分かったですぅ……うん?」

 チッチは寝ぼけた声で寝台(ボンク)から、眠そうな眼を擦りながら起き上がった。

「あら、チッチ。何時もとは違う目覚め方ですね?」

「ですぅですぅ。熱でもあるですぅ? チッチ」

 アウラたちの冷たい視線をよそに、チッチは二人に指示を出した。

「アウラとアイナは船を降りたら、直ぐにアカデメイアの中に走れ」

 眼を擦る手を放し、眼光を研ぎ澄ます。

「何故ですぅか?」

「どうかしたの? チッチ」

「その内、分かる」

 チッチは一転、何時もの微笑を浮かべた。

 その直後、岩陰から銀髪の少年が姿を現した。

「遅ぇよ。たくっ」

 ルーシィーと共に先に来て居たシオンが、苦々しい表情で一行を迎える。

「到着して直ぐになんだが、戦闘態勢をとって置け、右眼包帯」

「ああ、分かってる。相手は? 教会の聖十字軍事か?」

「と、聞いて驚くなよ? 教会の聖十字軍騎士団と魔法部隊、それと……共に現われた軍隊は、お前の母国。イリオンの騎士隊の混成軍だ」

「魔法部隊?」

「ふっ……お前の国では魔術と言ったか」

「何故? イリオン軍が……」

 二人の会話を聞いていたアウラが不思議そうに尋ねた。

「数は?」

 何時もの微笑を浮かべたまま、チッチは尋ねた。

「ざっと五千ってところか、イリオン王国は魔法後進国、ラナ・ラウルを始めとする近隣諸国に劣等感を感じアカデメイアの秘密を欲して大方、南下して来たんだろう。アカデメイアに近付いたところを聖十字軍に発見され誘導されているのか……或いは手を組んだか」

「……しかし、何千もの軍隊を引き連れて、よく他国の国境を超えられたものだなぁ」

「大方、教会と通じ各国の式典に参加する事を口実に、この地まで来たんだろうさ。どちらにせよ……手引きした奴が居るのだろう」

 半ば呆れた顔をしてシオンが答えた。

「……戦う事になるのでしょうか?」

 不安げにアウラが二人の様子を窺っている。

「さぁなぁ、時と場合によってはってところかなぁ、聞いての通りだ。アウラとアイナは早くアカデメイアの中に入れ」

「シオン……チッチ、二人も森の中に入るですぅ」

 アイナが不安げに、二人の顔を覗いて言葉を続けた。

「もし、戦闘になったら……たった二人で五千もの軍隊を相手に戦うなんて無茶ですぅ――」

 アイナの言葉に微笑みでチッチは応じた。

「残念だけど……まだ共闘しているとは限らない。……それに俺はイリオン王国から騎士勲章とやらを貰ってるからなぁ、心配ないとおもうぞぉ。一応」

「心配する事はない。こいつがドラゴン化すれば相手も物怖じするさ」

「ここのところ連続して封印を解いてるですぅが、そんなにも続けて封印を解いても大丈夫ですぅ? それにアイナたちが森に入った後、どうやって封印を解くですぅか?」

「……もしかして……自力で封印を解こうと考えているんじゃ……」

 アウラが不安げにチッチを見詰めた。

「アイナが言う通り残念だが、それも無理だ。このところ循鱗を立て続けに解放しているからなぁ、自力で封印を解くなんて事も出来ない。そんな事をしたら俺の身体が持たないだろうなぁ、きっと。今の状態で循鱗の力に耐えられるかって事もある……が、解放と再封印は途轍もない苦痛を伴うんだぞぉ。でも、大丈夫だ」

「チッチは、そんな顔一度だって見せなかったし言わなかったじゃないですか」

 アウラが心配そうに顔を歪めた。

「当たり前だ。見せなかったし言ってない。もし、一瞬でも再封印の苦痛に一瞬でも意志が折れれば人体に変化が起こる。この右眼のようになぁ」

「チッチ……これまで私たちを守る為に苦痛に耐えてまで……封印を……」

 紫水晶石の瞳は、今にも涙が零れそうな程、潤ませアウラがチッチを見詰めている。

「そんな顔をするな、アウラ。大丈夫と言ったはずだ。俺が大丈夫と言えば戦えると言う事だ」

 チッチは、微笑を絶やさずアウラの頭をやさしく撫でた。

「チッチ……」

「アイナもアイナもですぅ」

 アイナの頭に手を乗せ二人を促した。

「さぁ、早く森の中に」

 チッチはシオンに向き直る。

「で、もし戦闘になった最悪の場合なんだけど、二人で均等に分担しよう。俺が千、お前が四千で」

「……お前なぁ、それって均等って言わねぇだろ?」

 呆れた声でシオンが言った。

「無茶です! 二人で五千もの軍を相手に戦うなんて! 私も補助くらいさせてください」

「アウラ、お前にはアカデメイアの真の姿を見て欲しい。それに……」

「それに何です?」

「お前は、血を見たいのか?」


 アウラは思い出した。

 何時ぞや放牧に出た際に傭兵に襲われた時、チッチに助けられた。

 血溜りの中で微笑むチッチの姿を……。

 あんなチッチを二度と見たくない。

「早く行け、馬鉄の音が近付いている。アカデメイアの入り口でルーシィーが待っているから」

「……チッチ」

「それに、まだ戦う事になるとは限らない。聖十字軍の目的は兎も角、イリオン軍の目的が何なのかは計り兼ねる。俺はそれを見極めなければならない」

「そ、そうね。イリオンは私たちの母国だもんね。それにチッチはイリオンの騎士勲章を叙勲しているから、大丈夫よね?」

 チッチがいっそう微笑みを深めた。

「約束もあるだろ?」

「約束……」

「俺はお前以外の誰かに討たれてやるつもりはない」

「……うん、分かってます。チッチ……気を付けてね」

「分かった。いざとなったら逃げる。さあ、アカデメイアにルーシィーが待ってる」

 アウラとアイナはチッチとシオンの背中を時折、振り返りながらアカデメイアの入り口へと向かった。


 二人がアカデメイアに入ったところを確認したシオンが、チッチに言葉を掛けた。

「……不穏な動きがイリオンにあると風の噂で耳にしている。しかし右眼包帯、二人の手前ああは言ったが、もし戦闘になっても、俺は戦闘に介入出来ない」

「ああ、分かってる。お前は他国ラナ・ラウルの守護者(ガーディアン)ギルドとか言う、戦闘集団に属している、お前が戦えば国際問題だ。イリオンとラナ・ラウルの同盟に亀裂が入るかも知れないからなぁ」

「悪りぃ……やっぱり俺も戦――」

 チッチは、シオンが紡ぐであろう言葉に言葉を重ねる。

「いいさ、しかし五千か……もし戦闘になったら確実に死ぬなぁ……俺。まぁ、そうならないように努力はするがなぁ。逃げるが勝ちって言葉もある」

「お前はイリオン軍の騎士なんだろ? なら――」

「……俺は姿なき不可視の影(インヴィンジブル・イントルーダ)だからなぁ」


 シオンが険しい表情でチッチに眼をやった。

「その名から推測してお前……情報収集、つまりは各国の間諜、要人、異分子暗殺の役目を担っているのか、もし任務中にドジ踏んで、とっ捕まっても国家に無視される存在」

「まぁ、そう言う事になるかなぁ」

 シオンは、微笑の中にある碧眼にチッチの険しい眼光を見た。

「……封印、解けないのか? 本当に」

「ああ、さっきも言ったように、間を置かず封印を解放したからなぁ……でも、あいつらに危害が及びそうになれば、自力で封印を解いてみる。今まで一度しか成功してないけどなぁ」

「死ぬんじゃねぇぞ。チッチ……悔しいけど、お前が死ぬと……あいつが……アイナが悲しむ」

 シオンは唇を噛み締めた。

「お前が死んでも悲しむさ。一つ頼んでいいかぁ?」

「何だ?」

「もし俺に何かあったら、アウラ……を、あいつらを守ってやってくれ。無事に逃がしてくれるだけでいい」

「……分かった。約束だ」

 シオンは自分の立場に歯がゆい思いを感じ、拳を強く握り締めた。


 アカデメイアの入り口を抜けると、そこにルーシィーとサルサ。もう一人騎士らしき人影が見える。

「アイナちゃん、アウラさん!」

「桃色の髪、そのお顔は……ソルシエール様」

 騎士らしき男がアウラを見て眼を皿のように丸くし、驚いている様子だ。

「貴方、ソルシエールさんを御存知なのですか?」

「ソルシエール様は、遠い昔アカデメイアの女王を勤められたお方です。申し遅れましたが、わたしはソルシエール様に仕えておった者でございます」

 騎士が肩膝を折り曲げ、深々と頭をさげた。

「ソルシエール様を御存知なのですね」

「このお方が、もしや姫君か。しかし、貴殿が言うには先代の御子息と聞いているが」

 騎士がルーシィーの方を見た。

「先代の御子息は、こちらです」

 ルーシィーは、アイナを騎士の前に押し出した。

「さぁ、アイナちゃん、右眼を」

 左眼には翡翠色の瞳が不安に揺らしている。

 アイナは白金の髪に隠れている、真紅の瞳を髪を掻き揚げ緊張の面持ちで騎士の前に晒した。

「……おお、これは」

 騎士に向かいルーシィーが言う。

「これでアカデメイアに入れて貰らえるかな?」

「約束だ。存分にアカデメイアの真実を見るが良い」

「あっ! あのぅ……近くに教会の聖十字軍と他国の軍隊が迫っているですぅ。戦闘になるとは限りませんが、仲間がアカデメイアに近寄らないように残ってるですぅ。一緒に……戦ってなどとは言わんですぅ。けど……どうか加勢に向かってほしいですぅ。数を見せるだけでいいですぅから!」

 アイナが騎士に悲願する。

「私からもお願いします」

 アウラも騎士に悲願した。

「それは出来ませぬ」

 しかし、騎士の口から出た言葉は二人の期待を裏切るものだった。


「相変らず、つまらない男だねぇ。オルティア・ネイル」

 何処からとも無く声が反響する。

「この御声は……」

 一陣の風が巻き起こる。

 銀色の毛並みが美しい巨大な狼の背に桜色の髪が見える。

「貴方様は……しかし、どうやって結界を……」

「わたしを誰だと思ってるんだい? 久しいねぇ。オルティア・ネイル。さぁ、あんたたちはアカデメイアの真実を見ておいで、アウラ? あんたはこの森の真実の姿と残された(・・・・)文字を見て来るといい。それがあのガキの目的でもあり、何れあんたたちの為になるかも知れないよ」

 ソルシエールがアウラとアイナを促した。

「でも、チッチとシオンが……」

「わたしが行きます。アカデメイアを守る事はカルバラの民に課せられた使命ですから。行くよサルサ! 近くにいるカルバラの民に知らせるんだ」

「はい、仰せの通りに。お嬢」

「待ってください。相手の数は五千。ルーシィーさんとサルサさんに少数のカルバラの民だけでは、とても……」

「五、千……ですか!」

 ルーシィーは顔色を変えた。

「心配する事はないさね。それに……いざとなれば、わたしも行く。風狼(ウォルプス)も居るしねぇ」

「ソルシエール様!」

「もしも戦闘になった時は、あんたも来るかい? アカデメイア一と名高い魔法剣士オルティア・ネイル」

「それでも数的不利には違いありません。アカデメイア本部のオベロン(・・・)が判断を下し許可を得られたとして援軍に向かっても間に合わない」

 オルティア・ネイルが苦虫を噛み潰した。

「間に合うさね。そう案ずる事はないねぇ。あの子なら、あの山羊飼いのガキなら上手く切り抜けるさね」

 戦闘になると、まだ限った訳ではない。

 下手に動いて相手に無用な刺激を与える事はないとソルシエールは考えていた。

 

 To Be Continued

最後までお付き合いくださいまして誠にありがとございました。


次回もお楽しみに!

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