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〜 古き魔術の森 〜 第二十三話

 ☆第二十三話


 ◆グリンベルの真実


 積乱雲を突き抜けると白い雲から突き出した白い帽子を頂きに被った高い山脈が視界に入った。

 北の偏狭にあったグリンベル地方は真夏でも気候は涼しい。

「寒くないか? アウラ」

 囲まれた空間に、くぐもったチッチの声が反響して聞こえる。

「ええ、寒くないです。だって……チッチの中に居るんだもの」

「そりゃそうだ。上空を稲妻より速く飛んでいたら、息もままならない。普通でも上空は空気も薄いし気温も低い、アウラを背中に乗せたままではアウラが凍えて死んでしまうからなぁ。見えて来たぞ、アウラ」

「私にも見えています。チッチの眼が映し出している景色が」

 囲まれた空間の壁にチッチの視界が映し出されている。

 チッチが飛び立ってから、幾時も過ぎてないと言うのに、二つの国境を越えイリオン王国の北端まで、もう到着しているなど、アウラには考えられなかった。

 馬や馬車を使って来るとすれば、二月以上の日数が掛かるだろう。

 シオンの竜を使ったとしても丸一日以上掛かる距離を半日と掛からず、グリンベルの街跡までやって来たのだから、驚くのも当然の事だ。

「降りるぞ」

「うん」

 チッチが高度をゆっくりと下げ始めたようだ。

 下に見えていた雲は何時の間にか近くに見える。

 やがて、映し出された視界は、白一色になり、暫らくして青い空色が混じり出す。

 山脈を眺めながら、地上へと近付く様子が映し出された木々の大きさから見て取れた。

 暫らくして地上が流れる視界が映し出され、小さな衝撃が伝わるとアウラはチッチの背中へと出された。

 アウラは辺りを見渡した。

 若き騎士に連れられ、この場を離れてから一度も訪れた事はないグリンベルの街跡は、誰にも手入れされる事無く草に覆われている。

 草原となった街跡には、黒ずんだ壁や柱と思われる残骸が所々に見えている。

 当時の様子がアウラの脳裏に甦る。

 夜空まで焼き尽くすかと思ったくらいに天高く燃え上がった炎と夜にも関わらず、夕暮れのように橙色に染まった空を思い出す。

「アウラ、封印を」

「……えっ! はい」

 チッチの言葉で我に返る。

 地にもたげたドラゴンの首を伝って地上へと降り言霊の詠唱後、封印の口付けを与えた。

 ドラゴンの姿から人のと姿を変え、白銀にブルーマールの映えるチッチの姿に戻る。

「アウラ、鞄」

「えっ! そうでした。服着てください」

 顔を赤らめアウラは、くるりと背中を向けた。

「毎度毎度。服破いていたら出費が絶えないからなぁ。このところ連日、封印を解いていたから」

「そ、そうね……封印を戻した後は何時も裸ですから眼のやり場に困ります」

 グリンベルに到着するまでの時間、チッチとは殆ど話をしていない。

 到着間じかにあった少ない会話のやり取りくらいだった。

「ねぇ……チッチ、私の事、恨んでる? 憎んでる?」

 出発間際のアイナの言葉が甦り、アウラは思わず問い掛けた。

「……そりゃぁ、お互い様だろ? アウラは俺を恨んでないのか? 憎んでないのか? 正直、複雑な気持ちはあるかなぁ」

 何時ものように間の抜けた口調でチッチが答えた。

「そうね……無いと言えば嘘になる、かな……私も」

「それでいいんじゃないかぁ? ……どんな人間でも自分の家族を殺されて、恨みとか憎しみが無いなんて事はないかなぁ。正直に言うと」

「そ、そうだよね……やっぱり……」

「だから、俺はアウラに討たれてやると約束した。そしてアウラも」

「それって、何時までも私の傍に居てくれるって事?」

「お前に討たれてやるまではなぁ」

 愛情余って憎しみを抱く事もあると聞く。

 逆もまた然りなのかも知れない、とアウラは思った。

「あ、りがと……チッチ。私もグリンベルで、ちょっと調べたい事があるの。チッチが言っていた事はどうなの?」

 グリンベルに来る前にチッチが言っていた事も気に掛かる。

「今ならはっきりと分かる。俺はグリンベルの街を襲ってない。魔物を見て俺の中に住まう漆黒の魔物ドラゴン(プリュ・フォール・モンストル)が疼いた事は確かだ。けど、俺が魔物に襲い掛かる前に風狼(ウォルプス)の奴に押さえ込まれた。それに俺の……、いや母さんの“絶対(ブレス)”では街は燃やせない。丸ごと吹っ飛ぶはずだ」

 チッチの言う事は的を得ている。

 アウラはチッチの放った“絶対(ブレス)”を実際に見ている。

 あの威力のブレスをどれだけ、加減しても街は燃える前に消し飛んでしまうだろう。

 チッチの言う事は嘘じゃない眼を見れば分かる。

 それに一度たりとも、チッチは約束を違えた事はない。

 恨みも憎しみも全て心の何処かに追いやってくれる程、これまでに示してくれたチッチの言動に嘘は無い。

 白銀髪の少年と出会ってから、この少年チッチに対するアウラの絶対的な信頼は揺るぐ事はなかった。


 アウラはグリンベルの街跡を念入りに調べた。

 間違いないグリンベルを焼き払ったのは、自分自身が幼い頃に落書きし描いた魔法陣が発動したからだ。

 魔物を創り出すための術式は何処にも描かれてはいない……と言うか、数箇所の壁に削り取られ消された痕跡が残されていた。

 誰かが意図的に行なったものに違いない。

 ランディーが言っていた魔物を創り出す為の術式は、恐らく自分が“秘密基地”と呼んでいた場所に描かれているのだろう。

 そこからランディーが言っていた様に今も尚、魔物を創り出していたとしたら……、野にはもっと多くの個体数が目撃されていても不思議ではない。

 何者かの意図で、その場に近付けたくないのだろう、とも推測出来る。

 しかし、魔物を創り出す為の術式を組み立てたのは自分で間違いないのかも知れない。

 もしかすると魔物を創り出す術式ではないのかも知れない。

 北の神殿で自分が手にした禁術書は、主に古代文字(ハインシェント)の魔術に関するものだった。

 家の納屋で見付けた魔術書に殴り書きされていた術式を見た自分が魔物を創り出す魔術を組み立てたと言ったのはランディーだ。

 ソルシエールが残した魔術書は何万冊にも及んでいる。

 砦にいた時に見たものだけで数千冊もあった。

 その殆どが今となっては基本的な魔術書もあれば、中には意味不明な記号の様な奇怪文字や数字も書き込まれていた。

 もしも完全な術式を組み上げていたとしたら、アウルや両親の様に人柱を必要とした不完全な術式になるはずはない。

 今までチッチとは、仇同士だと思い込んでいた。

 しかし、グリンベル、ハングラードで起きた悲劇には様々な疑念も残されている。

 もう少し早く、グリンベルを自分自身で調査していれば……悔やまれる。

 どれだけ後悔してももう遅い。自分はチッチの循鱗(はは)を滅してしまった。

 チッチは異形の魔物と化したアウルを滅した。

 アウラは隣にいるチッチの袖を抓んだ。

「あん? どうしたんだアウラ?」

「私たち……これで本当に仇同士になっちゃったんだね……」

 アウラはチッチの袖を更に強く握り締め、チッチの様子を窺った。

「……そうだなぁ」

 笑顔を絶やす事のないチッチの表情が、何時に無く寂しそうに見えた。


 今は無き故郷に両親の眠る棺を埋め墓石を立てた。

 その数は三。

 両親の墓石とアウルの墓石を並べて立てた。

 アウルの棺は無い。

 ドラゴンのブレスで灰すら残らなかった。

 アウラは砦からアウルの持ち物を持って来て代わりに墓石の下に埋めた。

 二人は墓石の前で暫らく黙祷を捧げ、アウラは立ち上がる。

「戻ろっか、チッチ? 愛しのアイナちゃんのところへ」

 アウラは、くるりとチッチに皮肉を放ち背を向けた。

「な、何の事とかなぁ……」

「噴水の前で抱き合ってたじゃないですか!」

「怒ってんのかなぁ?」

「ふん! 知らない……チッチのばぁ――か」


 からん♪


 鐘の音が響き渡る中、アウラは振り向き様にチッチの唇を奪った。

 アウラは背を向けた際、封印解放の言霊を小声で詠唱していた。

 封印が解かれて行く。

「はぁっ……この服、新調したばかりなのになぁ」

 チッチが溜め息を吐いている。

「あっ! ごめんなさい。チッチ」

 慌ててアウラは封印を止めようとしたが、間に合わなかった。

 チッチの姿はドラゴンの姿へと変わって行く。

「まぁ、いいかぁ……何時もの事だしなぁ」

「本当にごめんね。チッチ」

 しょんぼりするアウラを背に乗せるとドラゴン化したチッチは、その場から飛び立った。


 来る時も帰りもチッチはグリンベル周辺を見渡した。

 近くにはアウラの言う“秘密基地”が見えるはず……そこにはアウラが魔物を創り出す為の術式が描かれ周囲には監視の軍隊が居ても不思議ではない。

 しかし、眼の利くドラゴンの視界には、それらしきもを見付ける事が出来なかった。

 恐らく体内に居るアウラにも……。


 チッチが待ち合わせていた街宿に帰えるなりチッチの姿を見てから後、唇を尖らせひよこ口にして空気を頬いっぱいに孕ませ、膨れ面で白金の髪の少女がそっぽを向いている。

 どうやら、御機嫌麗しくない御様子である。

「シオンとルーシィーの姿が見えないなぁ」

「二人は船で出港準備をしてるですぅ」

 剥れた顔でアイナが答え、チッチの服装を見ている。

 

 グリンベルに向かう前にアイナが選び、チッチが新調したはずの服を着ていない。

「何で怒ってんのかなぁ? アウラ」

「し、知りませんよ。……そ、そんな事……」

 白金の少女が眉間を寄せ睨んでいる。

「ちょいと! 右眼包帯? アイナが見立ててやった洋服はどうしたですぅ?」

「ドラゴンの封印を解いて、ぼろぼろになったかなぁ」

 弓の様に碧眼を反らせてチッチが言った。

「な、なんですと! あれほど封印を解く時は気を付ける様に言ったですぅのに! このお馬鹿ぁ!」


 アイナの怒鳴り声が鼓膜を激しく刺激する。

 あまりの声の大きさに思わず耳に指を突っ込み栓をした。

「悪かったなぁ、また見立ててくれないかぁ。洋服」

「ふん! アウラちゃんに頼めばぁ――ですぅ」

 アイナは頬を膨らませ、ついっとそっぽを向いた。

「仕方ないなぁ……アウラ行くかぁ?」

「一人で行けば! チッチの馬鹿ぁ、知らない」

 アウラも眉間を寄せ、チッチから顔を逸らした。

「分かった、一人で行って来る」

 チッチが、商店の中へと消えて行った。


 チッチが居ない間、アウラとアイナの間には沈黙が続いている。

 アウラは重い空気の中、アイナにちらりと横目をやると口を開いた。

「ア、アイナちゃんは、もしかして……チッチの事が好きなの? シオンさんがかわいそうですよ」

「……シオンも大好きですぅよ。……けど、最近、チッチが気になって仕方ないのですぅ……チッチの境遇を考えると人事とは思えないですぅ」

「それって、チッチに対する同情ではないのですか?」

「アウラちゃんの言う通りかも知れんですぅ……でもチッチの事を考えると胸が苦しくて切なくなるですぅ。シオンと居る時も確かに胸が高鳴り安堵しますぅ。でもチッチがアウラちゃんの事を話す時、とってもと――っても、切なくて苦しい気持ちになるですぅ。これって恋じゃないかと思うのですぅが、やっぱり境遇が同じだから同情なのですぅかね? アウラちゃん……」

 息の詰まる様な表情を浮かべアイナは俯いた。

「私もチッチと居ると、イナちゃんと同じ様に胸が苦しく切なくなります。正直に言うとアイナちゃんに嫉妬もしてます……アイナちゃんがチッチに恋をしているなら、私たち恋敵(ライバル)ですね。私はチッチが好き」

「仇同士なのに? アウラちゃんはそれでもチッチを本当に愛せるのですぅか?」

「正直……分かりません。よくは分かりませんが、恋する事と愛する事は違う気がしますから……でも、仇同士……それが私とチッチの絆です。私とチッチの間にしかない絆です」

 アウラは悲しげに俯いた。

「アウラちゃん……、でもアイナも負けんですぅ! きっとチッチを振り向かせてみせるですぅ」

「アイナちゃん? 本気なの? 本気でチッチの事を……シオンさんの事は?」

「シオンはシオンですぅ。それにアイナにはチッチを振り向かせる秘策があるですぅ――」

 アイナが勝ち誇った笑みを浮かべた。

「秘策?」

「えへん! それはおっぱい体操ですぅ。こっそりルーシィーから教わったですぅ。ふぅふぅふぅ」

「わ、私だって負けませんから! 私だってアスカさんに今度教えて貰いますから!」

 二人は顔を突き合わせ笑い合った。

「でもチッチの何処がいいのでしょうね? 私たち……シオンさんの方が素敵なのに、しっかりしていて強くて凛凛しいのに」

「ですぅですぅ。アイナちゃん? そう思うならこの際シオンに乗り換えたらどうですぅ?」

「そうね。でも私はチッチが好き……放って置けないタイプ? 母性本能って言うのかしら。アイナちゃんこそシオンさんと居れば、幸せになれると思いますよ」

「なっ! 何を言うですぅか……。確かに出会った頃は本当にシオンが大好きでしたですぅ。ですぅがログの村での生活でシオンとは短い時間だったですぅが、兄弟も同然に過ごしたですぅ。シオンがガーディアンになる為に離れ離れになった時に切なくて寂しくて恋をしていると気付いたですぅ、ギルドの生活では同じ部屋で暮らしてるですぅ。なのにシオンはアイナに何もしてこなかったですぅ。シオンも心何処かで何か違和感を感じているのだと思うですぅ」

「そうかなぁ? シオンさんはアイナちゃんを大切に思っているのだと思いますよ? きっと……と言うか同棲してたのですか?」

「い、いろいろと事情があったのですぅよ」

「何? 話してるんだぁ?」

 チッチの間の抜けた喋り方が鼓膜をくすぐる。

「べ、別にですぅ――、ねぇ――アウラちゃん」

 アイナとアウラは顔を見合わせて、くすくす笑い言葉を揃えた。

「「ねぇ――」」

「何だぁ? 二人とも待たせたなぁ、さあ行こうかアカデメイアの森に」

 アカデメイアに向け船を出した。

「進路をアカデメイアに」

 帆が風を孕みアカデメイアに船首を向けた。

 

 To Be Continued

最後までお付き合いくださいまして誠にありがとございました。


次回もお楽しみに!

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