〜 古き魔術の森 〜 第二十二話
☆第二十二話
◆絆
公園の噴水が蒼天に虹の橋を架け吹き上げられた水しぶきは、日の光を通し空に七色の花を咲かせている。
水しぶきが緩やかな風に流され、チッチとアイナに降り掛かる。
「冷たい……こんなにも空は青いのに……雨が降ってるなぁ」
咽び泣くアイナを強く抱き締め、チッチは天を見上げて呟いた。
「うえぇーん、ぐす……、うえぇーん」
咽び泣いていたアイナが、チッチの胸に顔を擦りつけながら大声を上げ泣き出す。
「心の中に……アイナの心の中にも、俺の心の中にもなぁ、そしてアウラの心の中にも……きっと降ってるんだろうなぁ……」
「チッチのお、お馬鹿ぁ! ぐす……、女が腕の中で泣いてるですぅのにぃ、他の女の名前を出すなぁですぅ……ぐすん、……えぐっ、ふぅえ――ん」
敬虔なる、神の子等よ。
汝等、神の御使いに導かれ、迷う事無く親愛なる神の下へと向かいなさい。
羊飼いは人を導き、羊飼いは神の御使いに導かれ、楽園へと導かれる。
彷徨う事なかれ恐れる事なかれ、導きのままに神の下に帰りなさい。
神の創られし楽園で永遠なる生と時を送りなさい。
神父が口上を読み終え振り返った。
祈りを捧げていたアウラは顔を上げ、神父に頭を下げた。
「ありがとうございます。神父様」
シオンとルーシィーも一礼する。
「まだまだ、お若いのに辛い思いをしましたね。しかしお嬢さんの御家族は神の楽園で貴方を見守ってくれる事でしょう。悲しみは悲しみ代わる事はないですが、神の下にめされた御家族を喜んで見送っておあげなさい。その身なりから察するところ旅の途中かと思われるのですが御遺体はどうなさいますか? この教会の墓地に埋葬されますか?」
神父の問い掛けにアウラは首を横に振る。
「いいえ墓は故郷にと考えております」
「失礼ながら故郷は何処ですかな?」
「イリオン王国の北にあったグリンベルと言う街です」
「なんと! 異国の方でしたか。それは遠いところですな。故郷に到着するまでに御遺体が傷みます。ラナ・ラウル銀貨七枚か金貨一枚の寄付で腐食処理をさせていただきますが? 国境を超える手続きにもお時間が掛けかるでしょうし、御遺体を運ぶとなると余計に面倒な手続きが必要かと」
「そんな事はしなくていい」
アウラの代わりにシオンが、言葉を返し言葉を続けた。
「それに俺の竜で飛ばしていけば、丸一日程で運ぶ事が出来るし距離は遠いが俺の魔法なら一度に遠くまで瞬間移動出来る」
寄付と言う名の賃金を取り損ねた神父の表情が曇る。
「そ、そうですか……分かりました。道中お気を付けて良い旅を願っております」
神父は引き吊った笑顔を見せている。
アウラたちは教会に入る時、祈りの前に寄付金を渡している。
小さな皮の袋を取り出し神父に渡した。
「私の持ち合わせは後これだけです。少ないですが感謝の気持ちです」
神父が渡された皮の袋を受け取った際に渋い顔をしていたが、中身を確かめ満面の笑みを浮かべた。
「貴方達の旅路に神の御加護と導きがあらん事を。心から願っております」
「ありがとうございます。神父様」
アウラたちは遺体の入った棺を運び出そうとした。
「教会の者に手伝わせます故暫しお待ちください」
そう言って神父がシスターたちを呼んだ。
悲しみが止まらない。
アイナの心の痛みが嫌と言う程伝わって来る。
チッチは優しくアイナの白金の髪の毛を撫でてやる。
「おい! お前アイナから離れろ」
剣の切っ先がチッチの鼻先に突き付けられる。
「弔いは済んだのか? 確か葬儀とか母さんが言ってたなぁ」
生気の無い返事をチッチが返した。
「お前こんな時にアウラちゃんの前でよくも平気でアイナとイチャついていられるな! お、俺のアイナと……」
シオンの怒り震えた声もチッチとアイナには届いていない。
アイナはチッチの胸で泣きじゃくっている。
「チッチ? ちょっといい? アイナちゃんの用はもう済んだの?」
「アウラ……まだ終わってないかなぁ、アイナ自身の事は分かったんだけど、アウラの力を借りたい事があるんだアカデメイアの森で見付けた遺跡文字を見て欲しいだけどなぁ」
「ごめん……これからグリンベルに向かって父さんと母さんの遺体を埋葬するの。……だから今はごめん、協力出来ない」
アウラが俯いて言葉を苦しげに搾り出した。
「そうかぁ……でもどうやってグリンベルまで運ぶんだ?」
「シオンさんがシェフィルドで運んでくれるって……それに指標さえあれば瞬間移動の魔じゅ、魔法が使えるからって、それにシオンさんはガーディアンだから国境を超える手続きもライセンス見せれば問題ないって……だけど――」
「そうか」
チッチは短く返事を返した。
「チッチ! でもその後なら……遺跡文字の解読手伝えるよ! だから私……チッチと二人でグリンベルの街跡まで行きたい。いっぱい話たい事もあるしそれに調べたい事も……チッチさえ良ければだけど……」
「俺は構わないけど“アウラを連れ戻す”て言う第一の目的は済んだからなぁ。それにアウラに頼んだ事はアカデメイアの森で見付けた俺に関する個人的な用だから後でもいい。アイナもシオンもラナ・ラウルに帰えるだろうし俺がドラゴン化すればグリンベルまで一日も掛からない」
チッチは胸で泣いているアイナの肩を掴み、放そうとした。
「だめぇですぅ! アイナも遺跡文字に興味があるですぅ!」
「こら! アイナ、二人にもいろいろと事情があるだろ? 二人で行かせてやれよ。こいつが断った時には俺がアウラちゃんの故郷まで両親の遺体が眠る棺を運ぼうと思ってたんだがその必要なさそうだ。アイナ、お前は俺とラナ・ラウルのギルドに戻る。いいな」
「嫌ですぅ! アイナも行くですぅ」
駄々を捏ねるアイナをシオンがチッチから引き剥がそうとした。
「ならチッチたちが帰って来るまで、この街で宿で待ってばいい」
シオンの妥協案にアイナは、まだ納得していない様子だ。
「アイナ、暫らく待っていてくれ。俺とアウラの問題もある」
チッチの言葉にアイナが、しおらしく頷いた。
「そ、そんなにチッチが言うなら、しゃねぇですぅ……待ってやるですぅ……でも早く帰って来るですぅよ……」
何だか何時もと違うアイナだ。やたらに素直だとチッチは思った。
街を離れ人気の無い場所に移動しチッチの封印を解く事になり近くの山裾までやって来た。
「ちょっと待ってですぅ」
森の中へ入ろうとしたアウラの手が引かれた。
チッチとシオンの姿が森の中へと消えて行く。
「おい! 何してんだぁ?」
「森の中で待っていてですぅ。アウラちゃんと二人きりで、ちょいと話があるですぅ」
アイナが二人に先に行く様に促した。
「私に話ってな何ですか? アイナちゃん」
アウラはアイナに尋ねる。
「で……封印はどっちが解くですぅ」
翡翠色の眼を三角にしてアイナがアウラを見ている。
「そ、それは私が解きます。私の頼みでチッチに行って貰うのですから……」
「納得いかねぇですぅ! 封印はアイナが解くですぅ」
「でも! アイナちゃんにはシオンさんが……恋人でしょ? 封印解放の儀式とは言え他の男の子とキ、キスするんですよ?」
アウラは慌てた。
――もしかして、この旅で二人は……。
「そんなの前にもあった事ですぅしシオンは……えっと、大好きですぅけどぅ……そ、そう! 家族みたいな存在ですぅ。アウラちゃんはチッチの恋人なのですぅ?」
「私たちは……その……」
――私とチッチは……恋人? 私は確かに恋をしている。仇同士……それが私とチッチの間にある恋よりも深く強い絆。
「アイナはシオンが好きですぅ。でも気付いたですぅ。シオンに抱いていた気持ちは憧れ、それを恋だと思っていたですぅ。確かにシオンと居ると安心するですぅ。チッチとは同じ痛みを分かち合えるですぅ、分かり合えるですぅ……アウラちゃんには分かるですぅかぁ? 人々に忌み嫌われ安寧の地を求めて旅した苦しさを辛さが分かるですぅかぁ? 人々に優遇されて来た羊飼いのアウラちゃんにチッチやアイナの気持ちが分かるですぅかぁ! チッチの気持ちをアイナは理解してあげられるですぅ」
息をする事も忘れ、矢継ぎ早にアイナが捲し立てる。
「そ、それは……私にだって! ……」
――分かってあげられるの? アウラ。
アウラは自問自答する。
羊飼いと山羊飼い、優遇と冷遇、まったく違った道を歩んで来た。
「でも! 私にもチッチと分かり合える事だってあります!」
何時に無く口調を強め、アウラは言った。
「なんですぅ? それは」
「チッチも私も故郷を失い大切な家族を失いました。その悲しみを同じ苦しみを分ち合えます」
「チッチに弟さんを奪われた後でもですぅかぁ? 憎しみを忘れ、ずっとず――っとチッチを愛せるですぅかぁ! アウラちゃんは?」
アイナも口調を強めた。
「それが……チッチと私の――」
「絆だ」
先に森の中に入っていたチッチの声がし姿を現した。
「チッチ!」
アウラの顔が、ほころび掛ける。
しかし素直に喜べない。
「アウラ封印を解いてくれ。行こうグリンベルの街跡へ。今なら分かるかも知れない。俺がグリンベルの街を焼き払ったグリンベルの悪魔なのか」
「はい……」
アウラは嬉しかった。チッチが自分を封印を解く相手に指名してくれた事が、憎しみも悲しみも忘れるくらいに。
「ふぅん! 今回は譲ってやるですぅ……」
そう言うとアイナは二人に背を向けた。
「ansuz・perth・nauthiz・othila・fehu・teiwaz・sowelu・uruz」
(秘め事を受け取りなさい。戒めを放ち所有者の下に導き完全なる力を)
アウラの唇がチッチの唇に重なる。
左首筋の紋章が輝き始め七色の光を放ち、やがて漆黒の影が七色の光を呑み込んで行った。
初めて封印を解いた時に感じた優さしく温かい感覚は無かった。
禍々しい魔気に満ちた漆黒の輝きが、そこにはあった。
アウラは忘れ掛ける程、嬉しかったチッチの言葉を改めて思い知る。
――チッチとは仇同士である事を。
アウラはスカートの布地を握り締め俯いた。
涙が自然に流れ出し零れ落ちる。
「アウラ、背中に乗れ」
くぐもったチッチの声が聞こえる。
ドラゴン化したチッチが背中へと上がれるように首を下げた様子が曇る視界の片隅に映り込んだ。
「どうしたんだ? 早く乗れアウラ」
「う、うん」
アウラは涙を拭いゆっくりとドラゴンの首を伝い背中へと攀じ登った。
チッチはアウラが背中に到達した事を確認すると、両手に棺を掴み晴れ渡る大空へと飛び立った。
To Be Continued
最後までご拝読誠にありがとうございました。
次回をお楽しみに!