〜 古き魔術の森 〜 第二十一話
☆第二十一話
◆因果
シオンは二体の魔物に向け、振り上げていたフィノメノン・ソードを構えた。
二体の魔物はドラゴンのブレスで損傷を受けた後、闘争本能そのものにドラゴンとの間に滑り込んだシオンに襲い掛かる。
「この俺が醜い魔物との因果、断ち切ってやるぜ。そして娘と再会させてやる……だが、何も感じる事は出来ないかも知れないがな」
糸を引く様な残光を引いてシオンの一太刀が異形の魔物を切り裂いた。
「フィノメノン・ソードは神より託された剣。斬る事が出来るのは実体だけじゃない。時空、結界、この世の事象全てを斬る事が出来る。魔物との因果を断ち切った後は残った実体を滅するだけだ。おい右眼包帯野郎! こいつらの本体を消滅させろ!」
シオンの声にチッチが反応する。 しかしアウルとの戦闘でそれどころではない様子だ。
「ちっ……仕方ねぇ。俺の魔法で焼き尽くしてやる」
小さく舌打ちした後、魔法の詠唱をシオンは口ずさむ。
「九つの冥界より来たれ漆黒の業火 汝、古き血の契約に従い我の呼び掛けに応えよ 汝、我が魂を糧とし力を行使せよ。漆黒の炎となり敵を焼き尽くせ」
シオンの回りにルーンが具現化し浮かび上がる。
「漆黒の爆炎」
冥界より召喚された漆黒の炎が魔物の本体を焼き払う。
「……こっちは終わったぜ。俺はあの娘のところに両親の亡骸を届けて来る。お前はそいつを倒せ。戦いの最中に手加減してんじゃねぇ! そいつはもう駄目だ。魔物本体とそいつの意思は完全に乗っ取られている。何より、そいつが力を求めている以上、俺のフィノメノン・ソードでも事象を断ち切る事は出来ても、そいつが力を捨て自分自身を求めない限り、フィノメノンで本体を斬ればどのみち死ぬ。そいつは触媒とされた意思の無い両親とは違う。彼女に異形の魔物と化した化け物を弟と呼ばせ続けるつもりなのか? 本当の弟に合わせてやりたければ倒せ!」
シオンは捲し立て、戦いに精彩を欠くチッチにアウルを倒す様に促した。
「……シオン」
「思い出せ収穫祭の時を! 彼女の弟が本当はどう思っていたのか、分かるだろ?」
更にシオンは説得する。
「俺は……もうアウラを悲しませたくない」
「彼女にとってお前を失う事も同じくらい悲しみを抱いて生きる事だ。そうだろ? だがお前なら! お前が生きて彼女の傍に居てやれば、少なくとも彼女の悲しみを癒す事くらいは出来るだろ? 違うか? 右眼包帯」
シオンは更に矢継ぎ早に捲し立てた。
「俺も……異形の魔物と変わらない。だけど母さんは俺に人間として生きろと言った」
チッチの眼光が鋭く変化した事を確認し、シオンはアウラの両親に浮遊魔法を掛け浮かび上らせた。
「ふっ、まったく世話が焼けるぜ。やっと覚悟を決めやがったか……二人の亡骸は俺が丁重に彼女の下へ運んでやるよ」
小高い丘で、この戦いの行く末を見守っているアウラの下へ向かった。
〔小僧。覚悟は出来たか?〕
「まぁな。元々アウラとは仇同士かも知れないところから始まった。アウラの弟アウルはもう魔物に取り込まれた。二度と人間の姿には戻れない。アウラに辛く悲しい思いさせたくはないからなぁ」
〔小僧。お前が我に取り込まれた時はどうする?〕
チッチは眼を細めて答える。
「その時は……アウラが俺を始末してくれるさ。アウラに討たれてやれる」
〔ふっ……行くぞ小僧! 絶対だ〕
「ああ」
チッチは小さく頷き、異形の魔物と化したアウルを尾を振り間合を稼ぎ顎を開いた。
強力な尾で弾かれたアウルは体制を崩している。
〔今だ! 小僧、絶対を放つぞ〕
ドラゴンの大きく開かれた顎に漆黒の球体が磁場と黒い電を纏い収束して行く。
周囲の空気は振るえ大地の表土が持ち上がる。
喉元に収束した球体が臨界を迎えると、体制を崩しているアウル目掛け漆黒のブレスを放った。
体制をようやく落ち着かせたアウルの眼の前に、漆黒のブレスが迫って来る。
我を失っているアウルが、光の触手をブレス目掛けて乱射する。だが光の触手は事如く弾かれ空、大地へと行く先を変え四散する。
迫り来る漆黒のブレスの前になす術なく、異形の魔物と化したアウルは呑み込まれた。
アウルの断末魔が小高い丘に居るアウラに届いた。
「アウルぅぅぅ!」
絶叫を上げ、取り乱すアウラをアイナが羽交い絞めにし制した。
「アウラちゃん、落ち着いてですぅ――」
羽交い絞めにし制したアイナの顔に肘が入る。
頬に痛みが走るアイナは、それでも放さない。
何度も何度もアウラの腕があたり透き通る様な肌は次第に赤みを帯びて行く。
アイナの眼にルーシィーの姿が映り込んだ。
ルーシィーもアウラを押え込みに来てくれた。と思った瞬間、アウラの身体が突然重くなった事を感じた。
「シオン!」
アイナの眼に眠りの魔法を唱え終えたシオンが映った。
アウラを押える事にアイナは必死で魔法の詠唱を唱えれば良かった事に気付かなかった。
「アイナ……お前な? 魔法使えるんだから、ちょっとは頭使えよっ! この馬鹿たれがぁ!」
「なんですと! アイナが馬鹿だと言うですぅかぁ! アイナは必死で……あっ!」
アイナがルーシィーの眼を見る。
ルーシィーも魔法を使えたはず……。
アイナの視線を感じてか、ルーシィーは素知らぬ顔をして視線を外している。
「ル、ルーシィー! あなたも魔法使えたですぅねぇ?」
「わたしもこの子を押える事に必死で……」
アウラの身体を支えながらルーシィーがアウラを地面にそっと寝かせた。
「今の彼女には、ちょっとした時間が必要だろう。目覚めた時、両親の亡骸と対面する事になる。弟が知人に……想い人に滅せられたところを直に見た後には辛いだろうからさ」
シオンの両脇には大地に寝かされた二体の亡骸が横たわっている。
「アウラちゃんの御両親ですぅかぁ?」
悲しみに満ちた眼でアイナは、身体の殆どが黒く焼き爛れ墨と化した二体の亡骸を見詰めた。
流石の再生能力を持つ異形の魔物アウルの身体も、ドラゴンが放った本気の絶対をまともに喰らい瞬時に消え去った。
ドラゴンの全身全霊を賭した絶対の前では、アウルに我身を再生能力は無意味だった。アウルの再生能力を絶対は遙に再生を凌駕し復元させる間も与えなかった。
〔よくやった。小僧〕
「うるさいよ……馬鹿」
チッチは翼を空へと向け、アウラの居る小高い丘へと飛び立った。
小高い丘に突風が吹いた。
丘の上に舞い降りたドラゴン化したチッチが巻き起こしたものだ。
チッチは地面に寝かされたアウラを、ちらりと見て言った。
「アイナ封印を解いてくれ……」
眠っているアウラの傍にいたアイナが、すくっと立ち上がりドラゴンの姿をしたチッチの下に歩み寄り、こくりと小さく頷いた。
「perth・uruz・berkana」
(秘め事よ。力を戻しなさい)
最封印の詠唱を唱え、ドラゴンの大きな口に顔を近付け唇をあてがった。
封印を終えるとブルーマールの映える白銀の少年が姿を現した。
「……おっ! お前! アイナの前で汚らわしいもの、ぶら下げて立ってんじゃねぇ!」
何時もの事ながら、ドラゴン化した後のチッチは全裸だ。
激怒するシオンを尻目にアイナが羽織っていたマントを、そっと掛けてくれた。
「元気ねぇですぅねぇ……チッチ」
「いや、朝は――」
ゴツン、と頭からいい音が響いた。
「お馬鹿ぁ! そんな事聞いてねぇですぅ! アウラちゃんの事で元気がないですぅねぇ? と聞いたのですぅ!」
「悪い。今は何も話す気になれない」
チッチはそう言って口篭り、一人丘の下へと向かい歩き出した。
「まぁ……気持ちは分かるけど。アイナお前も察してやれよ。あいつの気持ち」
「分かっているから余計に辛いのですぅよ……」
眠りの魔法から目覚めたアウラが吐息の様に呟いた。
「……アウル」
「眼が覚めたですぅかぁ? アウラちゃん」
アウラの傍らでアイナは微笑んで見せるが、上手く微笑めているのだろうか? 引き吊っていないか気になる。
――上手く微笑を作れているはずがない。
アウラが落ち着いた様子で目覚めた事を喜んで微笑んで見せた。
しかしアウラにとって悲しい出来事があった後に、どういった顔を作ればいいのかアイナには分からなかった。
「チッチは?」
鈴の音が消え往く様な、か細い声でアウラが尋ねた。
「チッチなら無事ですぅよ」
チッチの姿を探してアウラが辺りを見回している。
「チッチなら先に丘を下りたですぅ」
「そう……」
掛ける言葉が見つからない。
アイナは唇を噛み締めた。
小高い丘を下り、一行は一番近い街の前に居た。
街の入り口から教会の屋根が見える。
「俺も弔いたいけどなぁ……ごめん。アウラ……」
「アイナもですぅ。教会の中まで行けなくてごめんですぅ」
アウラにチッチとアイナが声を掛けた。
「いいですよ。別に……」
「ごめんなぁ。アウラ」
「こっちこそ、ごめんね。チッチ」
「いや、俺は別に……」
小高い丘を降りてから、ぎこちない空気が二人の間に流れている。
チッチとアイナを残し、アウラはシオンとルーシィーが後に続いて教会の中へと消えて行った。
「歯痒いなぁ……せめて、この場所で祈りを」
チッチは右手を胸に当て黙祷する。
アイナもアウラの両親と弟アウルに祈りを捧げた。
ドラゴンの右眼とオッドアイの瞳の二人が教会に近付く事は危険極まりない行為。もし教会の者に知れれば“悪魔付き”とされ審問にかけられ大衆の中で身を焼かれるか煮えたぎる湯の中に放り込まれ処刑され兼ねない。
シオンとルーシィーに諭され、二人は街の中央広場で待つ事を選んだ。
「俺……神様に祈るのって初めてだなぁ」
チッチは眼を閉じたまま呟いた。
「何故ですぅ?」
不思議そうにアイナが尋ねた。
「ほら俺って山羊飼いだし右眼はこんなだしなぁ。山羊飼いの頃から教会や人々からは忌み嫌われ続けて来たから……」
「そうですぅかぁ……何だかアイナと似てますぅ。アイナもオッドアイを持って生れましたですぅし……、ログの村に来るまでは定住できず、忌み嫌われて放浪の旅を続けなければなりませんでしたですぅ」
「そうか……お前も苦労して来たんだなぁ」
祈りを終えたチッチは公園中央にある噴水の縁に腰掛け俯いた。
その隣にアイナが腰掛ける。
チッチもアイナも俯いて呟いた。
「似た者同士だなぁ、俺たち」
「ですぅねぇ……うっぅ」
辛い幼少の頃を思い出したのか、アイナが自身を抱き締めて震えている。
顔を、ふとアイナの方に向け微笑んで見せ様としたチッチの眼に震えるアイナの様子が映り込んだ。
「寒いのか? 服もこの街で新調した事だしこれ返す」
アイナから借りていたマントをチッチは、アイナの背に掛けてやった。
それでも震えるアイナの顔を覗き込んだ。
「泣いてる、のか?」
「うぅ、うぅっ、うっ」
声を噛み殺し涙を流すアイナの顔があった。
――痛い程アイナの気持ちが分かる様な気がした。
訳も分からず、忌み嫌われて過ごした日々。由われ無き人々に罵倒され、時には石や物を投げつけられた。
一所に止まれず、偏狭を旅する事を強いられた幼い頃の思い出は苦々しいものばかりだった。
母は、自分が微笑むと喜んでくれ不器用に微笑を返してくれた。苦しくて辛くても母が居たから、笑顔を忘れずに居られた。
――きっと……アイナもそうだったのだろう。
チッチはアイナの肩に手を回し抱き寄せた。
アイナが自分に身を預ける重みが肩口から胸へと移動した。
To Be Continued