〜 古き魔術の森 〜 第二十話
☆第二十話
◆混迷と願いと
アウルの猛攻を防御しかわしながら、攻撃の間隙を縫い青のブレスが直進し程ないところで、僅かに弧を描き異形の魔物二体の身体を貫いた。
アウラの父と母が融合している異形の魔物は、アウル程の再生能力は持っていないようで穿たれ空いた穴の塞がりが遅い。
〔小僧。なかなか出来るではないか。我も負けてはおれん。今度は真っ直ぐ迸らせる。あの二体は青いブレスで十分やれる。魔術師の小僧は我の絶対で終止符を打つ。良いか小僧、躊躇うな何時ぞやのように手加減もするな。この度の戦いも、これからの戦いも如何なる場合に置いても敵と対峙した時は迷いを捨てろ。相手はこちらの事情など考えてはくれんぞ〕
「……分かっている……つもりでいた。この戦いでアウラの事を考えるようになるまではなぁ」
〔小僧よ。分かっているか? あの小娘はお前の循鱗を他者に利用されたくなかったのだろう。アカデメイアの森で感じた異変で我は感じた。握られた循鱗から伝わって来るあの小娘の心の痛みと決意を〕
「何を今更、そんな事……分かってる。だから俺も背負うと決めたアウラと同じ痛みを。良くも悪くも、それが俺たちの絆だ。俺はもう迷わない。全力で潰すぞ」
〔強く……なったな。小僧〕
異形の姿で放つアウルの黄金色の触手が、ドラゴンのブレスを手数で上回われている。破壊力ではブレスに歩があるものの、間隙を縫い三体もの魔物を相手にするのは骨が折れる。
しかも分担作業をしているとは言え、直進もままならないブレスの軌道を修正し的を定めなければならない。
チッチと|新生究極漆黒の魔物ドラゴン(ノヴァ・オプティマール・プリュ・フォール・モンストル)が息を合わせ意思を統一ブレスを吐かなければ、直進するようになって来たブレスも僅かに的を外れ、急所を狙い撃つ事は困難でもあった。
チッチの体内で育った漆黒の魔物ドラゴンとは言え、異なる意思である事に違いない。
緩慢な動きの二体と違いアウルの動きは巨体にも関わらず機敏。
チッチがブレスを吐いたのは過去に、二度ある。
一度目は北の神殿でゴーレム群に、二度目は北の神殿からシュベルクに向かう際にアウラを浚った集団がアウラを幽閉していた砦に向かって吐いた。
何れも青いブレスではなく真っ直ぐ的の向かうオレンジのブレス。
この戦いでは、アウルの再生能力を上回る破壊力を持つ漆黒の魔物ドラゴンのブレスが必須となる為、オレンジのブレスではなく青いブレスを吐く際に発生する陽電子の粒子が必要で、その際に発生する反物質を生成し蓄積しなければ、強力無比な漆黒のブレスを吐く事が出来ない。
扱い難くても青いブレスで戦わなければならず、機敏に動く敵に苦戦を強いられる。
アウルの他の二体は北の神殿で一掃した緩慢な動きのゴーレムに比べれば、動きは速いが何とか対応出来る動きだ。それでも致命傷を与えられずにいる。
「さて、どうするかなぁ?」
チッチは戦いの中、知恵を巡らせ考えた。
「距離があるから当たらない。なら、距離を無くせばいい」
ドラゴンの顎が異形の魔物と化したアウルの喉元に牙を剥き襲い掛かった。
〔零距離からブレスを放つ。考えたな小僧。お前にしては上出来だ〕
小高い丘の上、胸の辺りで手を祈るように組み紫水晶の瞳を潤ませ、閃光飛び交う戦況を見守るアウラは心が張り裂け潰されるような痛みと苦しみの間で揺れていた。
「チッチ……、アウル、父さん、母さん……」
愛しい想いを感じ初めている異性と最愛の家族が、自分の目の前で激しく壮絶な戦いを繰り広げている。
思わず目蓋を下ろしアウラは唇を噛む。
――駄目。見届けなければ……この戦いの行く末を。
アウラは目蓋を上げ戦いを見守った。
「チッチ、帰ってくださいね。アウル、父さん、母さん。どんな姿をしていてもいい……生きて、死なないで……、もう……私を孤独にしないで」
思わず“孤独”と口を吐て出た言葉にアウラは首を振った。
孤独なんかじゃなかった。孤児同然の自分を拾ってくれ、あまつさえ養女として我子のように育ててくれたフラングや第二の故郷となったシュベルクの人々、焼き爛れたグリンベルの街外で泣いていた自分に声を掛けてくれた騎士ランディー、学園の友人たち。そして……放牧先で出会った山羊飼いの少年。
――孤独だった訳じゃない。ただ、ちょっぴり寂しかっただけ……。
「私が治すから、チッチの右眼もアウルも父さん、母さんも魔術をもっともっと研究して元の姿に戻すから」
からん♪
決意に満ち、アウラは節くれた杖に括られた鐘の音を響かせた。
「誰!?」
アウラは不意に肩を叩かれ振り向いた。
「シ、オンさん……どうして、ここに?」
「まぁ、個人的な事情を済ませて帰る途中、上空を飛んでたらあの野郎が派手に戦ってるのが見えたんだよ。それでここに来た。それに……その先でアイナが戦っている姿が見えたから」
照れくさそうにシオンが答え、その後ろにアイナたちの姿も見える。
「アウラちゃん? 魔術を研究、解読して来たアウラちゃんなのですぅから……もう分かっているんじゃないですぅか?」
アイナが悲しげに俯き尋ね。その後をシオンが後を引き取った。
「どんな魔法でも魔術でも“死人”は生き返らせる事など出来ない」
「それは……」
――薄々は分かっていた、認めたくない事実を突き付けられた。
「アウルも父様、母様も……、ほら! 生きてるでしょ? チッチと……」
アウラは混乱し必至の形相で壮絶な戦いを繰り広げている戦場を指差した。
禁術書を紐解いている過程で薄々は感付いていた事実と、それ以前に人として決して犯してはならない禁断の領域。すなわち神の領域、生命の復活と創造だ。
長い歴史の中、神の領域に踏み込もうとしても魔術師たちが触れられなかった禁忌。あの天才魔術師ソルシエールですら成し得なかった神の領域である。
「アウラ……ちゃん」
アイナが悲しそうに見ている。
「魔物を創り出す術式を組み上げたのは、幼い日の私。だから……ま、魔術を、人を生き返させる術式を組み上げ――」
混乱するアウラの言葉にシオンが言葉を重ねた。
「アイナには分かるんだ。命の灯火が。それに死んだ者を生き返らせるなど許されない。神の領域に踏み込む行為だ。或いはそんな事なんて神にも出来ないかも知れない」
「シオンなら出来るんじゃないですぅか?」
「俺は……神じゃねぇよ」
「枯れた草木に息吹を吹き込めるフィノメノン・ソードなら――」
「フィノメノン・ソードなら……確かに、だがなアイナ。この力は神の力を無暗に使う為に託されたものじゃない。人は草木とは違う。例え出来たとしても俺は使わねぇ」
「シオンは神の力を与えられているですぅのに! 見損なったですぅ! おばかシオン! アウラちゃんの気持ちが分からんですぅか!」
「分かってるつもりだ。俺たちだって似たようなもんだから、な。なぁ? アイナ……お前には選べるか? 大切な者、どちらかを助けろと言われて迷わず選べるのか?」
「そ、それは……ですぅねぇ……」
咄嗟の質問に困った顔をして言葉に詰まるアイナにシオンが背を向け戦いの場へと歩き出した。
「たっくぅ……何やってんだ。あの馬鹿……精彩を欠いた戦い方しやがって!」
「シオン? チッチの加勢に、魔物と戦いに行くですぅか?」
「……出来るだけの事はやってみる」
「何を今更ですぅ……でも、ありがとですぅ。シオン」
「奇跡……ちょっとくらい事情を知ってる神様が居たら見せてくれるかも知れない」
手に握られたフィノメノン・ソードにシオンが語り掛けるように呟き、チッチの戦場へと向かった。
ドラゴンの顎が異形の魔物を捉えた。
〔小僧! 何を考えている? 今更、何を躊躇う。お前は我が絶対を撃てるだけの反物質を精製蓄積する為に青いブレスを撃っていれば良い。きゃつ等を一掃出来るだけの反物質が蓄積出来れば、我の絶対で仕溜める〕
「そんな事したら、あいつ等の身体は塵一つ残らないじゃないかぁ。せめてシュベルクの時のように魔術師と両親の身体だけでも人の形に戻してアウラの下に……それが例え屍であったとしても連れて帰りたい」
〔何を言うかと思えば愚かな事を言う。小僧、お前も薄々は気付いているだろうに〕
「まぁなぁ……」
〔恐らくあの娘の両親は屍を苗代にされ魔物に取り込まれ融合したのだろう。その際、両親の残留思念が魔物の姿を形成する融合過程で残ったと我は推測している〕
「そうだなぁ、お前の推測は大方に置いて当たってるんだろうなぁ。でも弱くても、まだ命の灯火があったとしたら……或いは」
〔仮にそうだとして、お前はあの娘の目の前に無残な家族の屍を晒すのか? 我には関心のない事だが……小僧、あれ程の大口を叩いて置いて、やはりあの娘に恨まれ憎まれたくはないか? あの娘はお前の母を滅したのだぞ〕
――それでも……俺はアウラに……。それに全ての循鱗じゃない……。
お互いに仇と言いながら、グリンベルの事件は不明な点が多く、自分たちの記憶も曖昧だ。
もしかしたら……誰かが情報を操作をしている可能性も考えられる。
もし……この戦いで異形の姿をしているとは言え、アウラの家族を葬れば本当にお互いが仇になってしまう。
〔小僧よ。随分と人間らしい感情を持つようになったな〕
「お前も随分と人の心配をするようになったなぁ。母さんの循鱗を取り込み新生したからかぁ?」
〔さあな……。さて、どうする小僧。このまま戦いが長引けば、アウルとか言う小僧の精神も完全に魔物に取り込まれる〕
「さて、どうするかなぁ」
喉元に喰らいついたはいいが、このまま青いブレスを吐けばアウルの首は胴体とおさらばする事になるだろう。
幾ら超再生能力を持ち、手足をもいでも胴体に風穴を穿っても再生する異形の魔物だとしても、生命体である限り首を落せば致命傷になる。
再生にも時間が掛かるに違いない。
その間に何とか、アウルと融合した魔物を切り離せる手立てはないものかと考え眉を顰める。
そんな事が出来るのならば、とっくにアウラが魔術を用い済ませているだろう。
考えるだけ愚かな事だ。
しかし、諦めたくはない。
〔来るぞ! 親の方だ。もたもたするな。さっさと厄介な方を片付けろ〕
チッチの放った青い閃光を喰らいダメージを受けていた二体が再生を終え、こちらに向かい突進する。
二体の魔物の突進を受け、喰らい着いているアウル共々、アウラたちのいる小高い丘からほど遠くない絶壁に激突する。
祈るように見ているアウラの姿が、チラリと視線上に入った。
紫水晶の瞳を潤ませ心配そうに、また不安げにこちらを見ている。
〔小僧! 余所見している暇はないぞ〕
更に二体の魔物が突進をかけようと身構えていた。
「無様な戦い方をしてんじゃねぇよ」
銀髪の少年がドラゴンに背を向け、二体の魔物の間に滑り込み剣を構えて言った。
「こっちは任せとけ。俺が食い止めてやる」
「アウラの家族を殺すのかぁ?」
「俺は食い止めてやると言ったんだ。それに……死人は殺せねぇ。魔物に取り込まれた肉体が残っていたら魔物との融合と因果を俺が断ち切ってやるよ」
シオンがフィノメノン・ソードを天に突き上げた。
To Be Continued