〜 古き魔術の森 〜 第十九話
☆第十九話
◆本心
黄金色の閃光が乱れ飛ぶ中、ランディーは三体の異形の魔物と孤軍奮闘、閃光を軽やかにかわし剣戟を浴びせている。
しかし、魔物の再生がランディーの攻撃を上回っている。
「ちぃぃ――! 遅いぞ山羊飼い。何をもたもたしていた」
我を忘れた異形の魔物と先立って戦闘に入っていたランディーの罵声が飛ぶ。
「ランディー? お前はそっち側の人間じゃないのかぁ?」
「この際だ、はっきり教えといてやろう。わたしはどちら側の人間でもない。己の目的の為に利用出来るものは利用するだけだ。今までも、そしてこれからも。アウラに禁術書を持たせたのも山羊飼い、お前を鍛え上げたのも目的の為だ。お前たちの力は大いに役に立つ。出来る事なら、今でもきみたちの味方で在りたいと思うのだがね」
「グリンベルの件、アウラに間違った情報を流したのはランディーなのか?」
「あながち間違ってはいないのだがね。グリンベルの街を焼いたのはアウラ本人の魔術だ。これ以上の真実が知りたくば、自分たちで探るといいだろう」
異形の魔物と化したアウルが黄金色の触手を乱れ撃つ。
オーディンの素早い動きでランディーは黄金色の閃光を弾き巧みにかわす。ドラゴンと化したチッチも七色の粒子に覆われた翼で身を覆い触手を弾く。
「俺と戦え! ランディー」
「確かに戦うと言った。しかし、今は時期ではない。わたしにはやらなければならない事が、まだまだあるのでね。この場で死ぬ訳けには行かないのだよ。後は山羊飼い! きみに任せる事にする。きみには、近い内にまた会う事になるだろうがね」
「アウラのところには行かせない」
「案ずるな。アウラはわたしにとって重要な人物だ。守りこそすれ、殺したりはしないさ。それに少々力を使い過ぎたお前に負わされた傷も深いのでね。ここは撤退する事にするのさ。化け物を何体も相手に連戦する程、わたしは馬鹿ではない」
「アウラを傷つけようとしておいて、まだ戯けた事を言うのかぁ? ランディー!」
唇の端を吊り上げランディーが不適な笑みを浮かべ背を向けた。
「逃げるのかぁ。ランディー!」
「言ったろう。近い内にまた会おうと。それよりも、あの哀れで醜い化け物を葬ってやる事をお勧めする。アウラの為にも」
黄金の触手が乱れ飛ぶ中、マントを翻しランディーは去って行った。
標的を失った異形の魔物アウルが怒りの矛先をドラゴン化しているチッチに変えた。
アウルに追随して異形の魔物そのままのアウラの父と母のチッチに襲い掛かる。
巨体を生かし体当たりを繰り返す単純な攻撃しか出来ない様で、アウルのように高い知性を持ち合わせてはいないようだ。
人の心を失った異形の魔物、アウラの事は辛うじて心の奥深いところで感じているようだったが、我を忘れた今の彼等は破壊衝動にかられた人外の者そのものに見えた。
遠くで見ているだろう、アウラの気持ちを考えると複雑な思いにもなる、攻撃に戸惑い相手の攻撃を交わす事しか出来ず防戦を余儀なくされて行く。
「……アウラ」
アウラの言葉がチッチの脳裏に甦る。
――アウルを父と母を殺さないで。私の下に帰って来てくださいね。
荒れ狂う異形の魔物を三体も相手に戦い生還する。ドラゴン化したチッチであっても困難な事には違いない。
彼等を倒しアウラの下に帰ったとしても、アウラの悲しみは寸分変わらないだろう。
しかし、醜い異形の魔物の姿の両親と弟と共に泣き顔を笑顔の仮面を付け微笑続けるアウラの未来を考えるとチッチの胸に痛みが迸った。
アウラが組み上げた魔術なら人間の姿に戻せるかも知れない。
しかし、ランディーが発した言葉で疑念が生まれ、迷いが生じている。
――魔術は万能ではない。
死人を生き返らせる事など出来ない。
何年掛かろうとアウラは両親と弟を人間の姿に戻したいと思っているだろうが、人間の姿に戻せたとしても彼等が生きたまま魔物との融合を切り離せる保障など何処にも無いのだ。
〔小僧。何を迷っている。このままでは何も変わらぬぞ。お前の中に居た我も事情は理解している。しかし、きゃつ等の再生能力は先刻承知のはず、単なる打撃や炎のブレスでは歯が立たぬ。“絶対”で一気に方を着けるが得策だ〕
「……分かってる」
〔しかし、ながら我の絶対も威力を押えて撃ったとしても精々後一、二回、我の絶対に必要な反物質は残り少ない。良いか小僧、お前の母の絶対を使うのだ。さすれば我の絶対の反物質を精製出来き蓄積する事が出来る。誤るな、我が自身で反物質を精製出来る訳ではない。主の母とは元は一つの循鱗だったと言う事を〕
「オレンジ色のブレスかぁ?」
〔違う。青い絶対だ。その絶対は敵に当て難い。地上では重力、磁場、星の自転の影響を受け真っ直ぐ飛ばない上に大気中では減衰力が弱い、その影響を受け射程も短い〕
「母さんの絶対の事は知っている。あれを撃ても意味があるのかぁ? 当たれば強力なブレスと聞いているが、俺は、その絶対を一度も撃た事が無い」
〔案ずる事はない。我が本家循鱗の欠片を取り込み融合した今、我も撃つ事が出来る構造上ではな。しかし、小僧、お前との意思を同調させねば、お前の母は欠片となった今でも、まだ我に全ての権限を持たせはしていない。それに小僧、あの化け物をお前が討つも討たなくとも、あの娘はどちらにせよ苦しみ、悲しみながら生きる事になる。化け物を家族と呼ばせ、人里から離れ隠れて余生を送らせたいのか? 我には関係のない事だがな。あの娘が居らずとも、あの娘の他に封印を解く事の出来る者が現われたのだからな。それに封印の効力が弱まりつつあるのか、小僧も封印を解かず封印状態下に置いても循鱗の力の引き出し方に慣れて来ている。何時ぞやのように自力解放も意思のままになるやも知れん〕
「長々……うるさいなぁ」
気持ちに迷いのあるチッチの攻撃は精彩を欠きダメージを与え傷を負わせるものの、魔物が持つ再生能力で消えて行く。
〔小僧。奴等を滅するには相手の再生能力を上回る攻撃力が必要な事は分かるな? 先刻、言った通り我の絶対を使うには蓄積されている反物質の残量が足りぬ。小僧の母の絶対は当てる事が難しい。我が重力、磁場、星の自転による歪み、それに大気中の下での減衰力の調整はしてやろう。小僧は青い絶対を撃つだけでよい。我の力が蓄積され次第、一気に方を着ける。迷うな小僧! 戦に置いて迷いは己の危機に繋がる、所詮戦は命のやり取りだと言う事を忘るるな〕
「分かったやってみる」
ドラゴンが大きな口を開き、喉下に青い球体が収束して行く。咆哮と共に稲妻を纏い青いブレスが異形の魔物に向かけ閃光を吐き出した。
しかし、狙いは大きく逸れる。
「おい! 軌道修正をするんじゃなかったのかぁ」
〔我とて初めての試みだ。そう上手くはいかん。戦いの中で微調整、軌道修正する〕
「なんだよ。大口を叩いて割には使えないなぁ」
〔良いからブレスを吐き続けろ。第一の目的は当てる事ではない〕
「分かった」
青い閃光は敵の前で曲線を描き、明後日の方向に乱れ飛んだ。
「チッチ……、アウル、父様、母様……私はどうすればいいの? 何を願えばいいの……神様? ねぇ、教えてよ……チッチ」
小高い丘の上でアウラはチッチと異形と化した家族の戦いを見守っている。
丘を下った場所では炎の柱が天を衝いている。
アイナの精霊魔法が砦にいた軍に牙を剥いている事が分かる。
その火柱がアウラのいる場所に近付いて来ていた。
多勢を相手に懸命に戦うアイナや褐色の肌に白い髪の女性を筆頭に、カルバラの戦士が砦の軍勢と合いまみえる姿を見たアウラは唇を噛んだ。
――情けない。何時も守られているだけだね……私。
チッチは、きっと自分を連れ戻しに危険を承知で、この場に来たに違いない。
アイナとは友達と呼び合える仲とまでは、行かなくてもシュベルクでアウルとチッチを精霊魔法と呼ぶ力で治療してくれた恩人だ。
褐色の肌の女性の事は何も知らない。それなのに事情を知ってか危険と知りつつも付き合って来ているのだろう。
アウラは、ふとある事に気付く。
――何故? チッチとアイナが行動を共にしているのか? 褐色の女性は? 後でチッチを問い詰めてやる。
全身に鳥肌が立つほど、殺気に満ちた戦場に居ると言うのにアウラは無意識に嫉妬している事に気付くと同時に頬の緩みを自覚した。
アイナとは友達になれるかも知れない。もしかしたら恋敵? 可笑しくて笑みを浮かべているのではない。嬉しいとアウラは素直に思って浮かべた笑みだと気付いた。
多勢に無勢は明らかなのは分かっている。加勢に向かわなければアイナたちの命も危うい。
アウラは強い思いを抱き、チッチが戦っている戦場に背を向ける。
「私も戦うね。チッチ、貴方にまた逢いたいから……私は貴方以外の誰にも討たれない。だから……貴方も私以外の誰にも討たれないでね」
からん♪
アウラは誓いを込める鐘を一度ならすと自分の戦場へと向かった。
〔小僧。躊躇うな! ブレスが弱い。我が修正してもお前が狙いを逸らせば当たるものも当たらぬ。小僧何を躊躇う? 何を迷う? 既に奴等は心を滅した魔物だ倒してやる事が唯一、人であった証なのだぞ〕
「俺は……殺したくはない。アウラの家族を!」
アウラに気を使い「それもひっくるめて俺たちの絆だろ?」と強がりを言った。
アウラから母の循鱗を滅したと聞いた時、内心戸惑った。
――失いたくはない。本当なら憎まれたくも憎みたくもない。アウラを。
しかし、アウラとは何もかも違う。人々に敬われ人を導くとされて来た羊飼いのアウラ。養女とは言え貴族として育ったアウラ。対して魔物使いと罵られ、人々から逃げるように辺境を旅して来た自分。
何もかも違う境遇で育ったアウラとの唯一の絆。それは仇同士と言う因縁じみた悲しい繋がり……。
誰もが築けないアウラと自分だけの絆。
今まで真相は闇の中で明らかではなかったから、安易に口に出来たのかも知れない。
しかし今、魔物と化し人としての心を失ったとは言えアウラの家族を倒せば、これまでのようにアウラと過ごす事が出来るのだろうか。
出合って間もない時に互いが、戸惑いながらも戦った。深い深い絆。
アウラが循鱗を葬り去った今、アウラの家族を殺せば本当にアウラの仇になってしまうのだ。
〔違うな小僧。お前は恐れている。あの小娘に恨まれ憎まれて生きて行く事を心の奥底で嫌だと思っているのではないか? あの小娘は決断した。あの騎士に循鱗を悪用されない為にだ。小僧、お前は小娘が仮面の笑顔を付けたまま余生を過ごす事を望むのか。小娘の笑顔を作ってやれるのは、小僧、お前だ〕
「知ったような事を言ってくれるなぁ」
〔知っているさ。我はお前の中で共に成長したのだからな。誰よりもお前を知っている〕
「らしくない事を言うじゃないかぁ。元々、仇同士として深めた絆だ。俺は魔物を倒す」
ドラゴン化したチッチは異形と化したアウルに照準を定めブレスを放った。
To Be Continued
最後までお付き合いくださいまして誠にありがとうございました。
次回もお楽しみに!