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〜 古き魔術の森 〜 第一話

 ☆第一話


 ◆聖十字軍(シルヴァ・クロス)


 鼻歌混じりに金色髪の少女がデッキの上で御機嫌麗しそうに何やら見つめている。

 洗ったばかりの籠に盛られた洗濯物の山。

 アイナは適度に高さのある木箱の上に置くと干す準備に取り掛かろうと適度なロープを探しに船内へと入った。


 順風に帆を張り、帆を支えるロープは、風を切る魔物のようなが何とも言えない鳴き声のような“ビィヨョン”と音を立て、風を帆に孕み陸を走る奇妙な船が平原を疾駆する。

 荒野を走る船、グジスタンス=シェルシェ号〔存在を探す〕の進路上イリオン陸軍の六頭立ての黒光りを放つ、大砲を載せた大型戦車の部隊が見える。

「信号旗揚げるぞ。伝達進路開けろ! オレンジパイ? 用意がいいなぁ」

 チッチは信号旗を収納している木箱の上に置かれた木桶から、こじんまりした三角の布切れを取り出しロープに括りつけて次々に揚げていく。

 索止具(ビレイピン)に繋がれた動索(ロープ)に信号旗のように三角の色とりどりの布が、帆と共に風を浴びている。

 船内から戻ったアイナは、驚きを通り越し呆けたように呟いた。

「あっ! アイナのパンツ……」

 長い旅をする際、水は何より貴重な物であるからして、補給時に洗濯をするアイナは船に戻り、これはいいと信号旗を納めてある木箱の傍に洗った下着を入れた籠を木桶を置いたのだ。

 その際、木箱が邪魔で脇にずらいて木桶を置いたのだった。

 チッチの揚げた信号旗を見てか、軍隊から返信の信号旗が返って来た。

「信号旗確認。積み荷は何か、こちらに寄越せ」

 チッチは不可解な返信の信号旗を読み上げ、困った顔で信号を送り返す。

「こちら、走行中(・・・)の船舶、道を開けろ」

 しかし、返信の信号旗は返って来ない。

「信号返らずかなぁ?」

 返信のないまま戦車部隊は両舷に道を開いた。

「ア、アイナのパンツ……」

 いっそう強い風が吹いた時、信号旗の数枚が青い空へと吸い込まれていった。

 アイナのパンツを舞い上げたなびかせながら、農作業の手を止めた農夫たちの見守る中を走り抜けるエグジスタンス=シェルシェ号。


 マストの見張り台から、筒状の物を覗き込んでいたチッチが間も無くして、遠くに森の木々たちの天辺を発見すると、管楽器の先端のように開いた管のの上蓋を開き、声を送った。

「前方、二百三十度前面にアカデメイアと思われる森を発見。進路このままだ」

「アイサー! 了解でありますですぅ! アイナのパンツが……」

「なに言ってんだぁ、お前は」

 余程のお気に入りだったのか、アイナはがっくりと肩を落とした。

 しかし、操船を任されているアイナは、感傷に浸っている暇などなかった。

 チッチの次の言葉に耳を澄まして聴き取らなければならない。

 下の操作場に陣取ったアイナは、管の開きに耳を近づけチッチの声を聞き取ると、隣の管から返答を送った。

「うぅん? 待て縮帆だ。裏帆を打たせ! 足を落とす」

「アイアイ! 了解でありますぅですぅ! ……アイナのパンツ」

 アイナは操作場で、ひしめくからくりの中から的確に選び出し、メインマストの先端に張られた二枚の横帆に裏帆を打たせ足を落とす。

 すっかり操船にも慣れたアイナの声は、元気よくチッチの耳に届いてくる。

「声でかいなぁ……パンツがどうかしたのか?」

 あまりの声の大きさに人差し指で軽く耳を塞いでアイナの声をチッチが聞き取った。

「……なんでもないですぅ……アイナのお気に入りパンツが……」

「パンツの話は後回しだ」

 チッチが前方の異変に気づき様子を見ていた、間を置かず停船をアイナに伝える。

「停船! 船を止めろ」

「アイアィ――、……? どうしたでありますですぅかぁ! アイナのパンツの話しなんぞ、この後もせんでいいですぅけどぅ……」

「来た。噂に聞いてたお客さんだ」

 アイナは、裏帆を打たせ体の前方に設けられている、二本のからくりの棒を自らの方に引付けた。

 履帯を停止し制動をかける。

 エグジスタンス=シェルシェ号は、急激な制動に連動してマストが縮んで衝撃に耐える。

 低くなったマストから、チッチがデッキに飛び降りアイナの下へと急いだ。

「教会の騎士団でありますですぅか?」

「そうだ。教会の聖十字軍(シルヴァ・クロス)の隊だアカデメイアに入ろうとする者を許さない。奴らは、まだこっちの目的に気付いてないようだけどなぁ。一度この場を離れ船を隠してまず近くの街まで歩いて森に向かう。そしてアカデメイアにうっかりこっそり忍び込む。この船は目立つからなぁ」

「そりゃ、こんなびっくりどっきりな乗り物ですぅから当たり前ですぅ! でも船は持って歩くですぅ」

 移動手段と言えば、馬や馬車が主流。中には捕まえ飼いならした幻獣やソーサラーが創り出した魔力で動く、魔法生物を馬代わりにしている騎士たちがいるにしても、船で陸を走る輩など聞いた事も見た事もないだろう。

「船を持って? どうやって持ち歩くんだ?」

 チッチの問いに、アイナは得意げに肩掛けの鞄からブレスレットを取り出した。

「なんだ? それ」

「これはですぅねぇ――、シオンが持っていたマジックアイテムですぅ! 餞別に黙って借りてきたのですぅよ」

「う――ん。何んて言うかなぁ、何かは分かんないけど……それは借りて来たとは言わないんじゃないかなぁ」

「細かい事言うなですぅ。肝っ玉の小さい奴ですねぇ――、まったく」

 アイナは、そう言うとブレスレットの魔法陣に手を乗せた。

 船はブレスレットの魔法陣の中へと吸い込まれて姿を消した。

「なんだ? 船が吸い込まれた」

「説明は後でしてやるですぅ!」

「お前のパンツの話は聞かなくていいぞ。そうだなぁ……船が吸い込まれた説明はして貰わないと困るけど……後にした方がよさそうだ」

「パンツの説明ですぅ? ブレスレットの事ですぅ?」

「そんなにパンツの話をしたいなら、どっちでもいいけどなぁ今は後者だ。そんな事より来るぞ! 教会の聖十字軍」

 チッチとアイナの方に向け土誇りを舞い上、数頭の馬が向かって来ていた。

 高い船のマストから見えたとは言え、アカデメイアの森まではまだ遠い。

 アイナは教会の聖十字軍の眼を誤魔化す為、埃除けのローブの天蓋を深く被るとチッチの腕に自らの腕を通すとチッチの体にしな垂れ、身体を預けた。

 チッチもアイナも決して教会に見せる事の出来ない右眼を注意深く隠した。

 土煙を上げた馬体が迫っている。

 船の上から見つけた時には、まだ遠くて分からなかったが土煙を上げる馬体の主は、騎士にしては身体が小さいように思える。

 チッチとアイナは整備され固められた街道へ向かう。

 遠くに見えた土誇りが街道上を疾駆しているようであったが、教会の聖十字軍の検問に掛かれば、農地が途切れた広野をアカデメイアの森に向かい歩いている事を不自然と思われぬように、街道沿いの街に向かう振りをし若い男女がじゃれついている様で欺こうと考えた。


 ――船を隠し広野から街道に辿り着いた時。


 民族衣装に身を包み褐色の人物が、鬼気迫る声を張り上げ通り過ぎて行く。

 その後に聖十字軍の騎士らしき、銀色の甲冑を身に纏う男たちが続いて駆け抜けていった。

「追いつかれるかなぁ」

 チッチが、ぼそりと呟いた。

 その言葉を聞いたアイナは首を傾げた。

「どうしてですぅ? 騎士たちは重い甲冑を着て重いはずですぅよ? あの子の馬捌きは軽やかでしたですぅ。追いつけるはずないですぅ――」

 アイナは得意げに腰に手を当てアヒルのように唇を尖らせ、切なく膨らむ胸を大きく張った。

「人の話を聞く時は前を向いてぇ――」

 モギュ……アイナの蹴り上げた足蹴りでチッチの股間切ない響きを上げる。

 チッチは前のめりに股間を押さえた。

「……」


 ――声にならない。


 暫しの間を置いてチッチの脂汗と視線が無言で抗議の意を示す。

 アイナは、その視線を意に介さず理由を尋ねた。

「何故、追い付かれると思うですぅ?」

あの子(・・・)……本気で逃げてないみたいだったからかなぁ」

 背中に背負う細長い得物を指差した。

「あれは?」

mahne(メーネ)、双剣の一種で長く重い武器だ。通はその重さを利用して振るうというより、突き下ろす得物さ。歩兵に対して絶対的な威力を発揮する剣。馬上での戦いに置いて弱手側に当たる側は、騎乗している愛馬の首が邪魔になり剣を振るえない。そこで考えられた武器がメーネなんだなぁ」

「ふぅ――ん」

「興味ないなら武器の事なんて訊くなよなぁ……」

「それより、追っていったのは教会が独自で設立した騎士団ですぅよ? 何故、あの人は追われているのですぅかねぇ――?」

 きょとんと小首をひねって、チッチを不思議そうに見ている。

「さあ? 俺に聞かれても分かるはずもないと思うぞ」

 と言いつつ、チッチの弓のように反れ頬笑みを作り上げる眼は、土誇りが視界を遮る中で鋭く少年の背負うメーネに向けられている。

「それもそうですぅねぇ」

 アイナはチッチの表情に首を傾げつつ、間の抜けた返事を返した。


 チッチが指摘した事が現実の事となる。

 少年を追っていた騎士団が馬の手綱を引き、騎乗している馬を止めた。

 土煙は徐々に落ち着き、遮っていた視界を露わにしていく。

 騎士団の向こうに先程の人物が、馬を翻し正面に向け対峙している姿が、二人の眼に映し出された。

 騎士団と正面から向かい合う褐色の人物。

「右眼包帯! あの人、殺されてしまうですぅ。何があっても教会に逆らえば、悪魔の使いとして罰せられ、殺されても文句は言えんですぅ! なんとか助ける事は出来んのですぅか?」

「ふむ、なんとかするのは得意だけどなぁ……、そんな事をすればお前も俺も無事では済まない」

 チッチの言う事をアイナは良く理解できる。


 ――自分のオッドアイとチッチの異形ドラゴンの瞳。


 その事を知られればこれから先、旅どころではなくなる。

 教会の教えもあり眼の色違い。或いは単に障害を持ち生まれ落ちた者たちは“忌み子、魔物憑き”などと呼ばれ疎まれ虐げられて来た。

 クラウス公爵に保護され、ログの村に落ち着くまではアイナもまた、その事で辛い幼少の日々を過ごして来たのだから……。

 辛い日々を思い出し、アイナの身体は小刻みに震えさせた。

 その震えを治めようと両腕で押さえ込むように我が身を抱え込んでいる。

 アイナは大きく身震いした後、顔を引き締め凛として騎士団と対峙する人物を見据えた。

「……でも、助けるですぅ」

「何の為にだ?」

 チッチが、鋭い視線を今にも触発しそうな前方の光景を睨んで問うた。

「何があったかなんて関係ねぇですぅ! あそこには命の息吹があるのですぅ……それが失われると分かっているのに見過ごすなんて事、アイナには出来んですぅ。騎士もあの人も……」

「もし、あいつに非があったら? 教会の騎士に正当な理由があったらどうする? 自ら危険を冒してまで助ける理由が俺たちにはない」

 アイナは、一度大きく頷くと真一文字に閉めた口を開いた。

「それでも……ですぅ」

 チッチの瞳が再び弓のように反れた。

「ったく……分かった。何とかするさ」

 チッチが面倒くさそうに頭を掻いた。

「ありがとですぅ! チッチ」

「まぁ、このまま見て見ぬ振りをしたら、いろんな意味で目覚めが悪そうだからなぁ」

 二人は互いの眼を見詰め、こくりと頷き合い少年の下へと駆け出した。


 To Be Continued

最後までお付き合いくださいまして誠にありがとうございました。


次回もお楽しみに!

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