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〜 古き魔術の森 〜 第十八話

 ☆第十八話


 ◆心滅


 チッチに抱きかかえられたアウラの瞳に映し出された少年の背には、漆黒の翼は黒い鋼鉄(はがね)の板が幾重にも重なっている様のも漆黒の宝石群が重なっている様にも見える。

 漆黒の翼は、羽ばたきをする事もなく七色の粒子が漆黒の翼の隙間から燐光が噴出し、アウラを抱えているチッチの身体を持ち上げた。

 チッチの胸の中でアウラは瞳を潤ませ呟いた。

「チッチ……私……ごめん」

「気は……。少しは晴れたか?」

「分かってはいるの……ハングラードの街を滅ぼしたのは私が組み上げた魔術が創り出した魔物だと言う事も、チッチが漆黒のドラゴンに精神を支配され魔物をグリンベルの街ごと――」

 アウラの言葉を遮るように言葉を重ねる。

「その事なんだけど……どうも引っ掛かるんだよなぁ」

「それってどう言う事ですか? チッチ」

「グリンベル、ハングラードの事件の真相を俺たちは良く知らない。断片的な記憶しかないから、当時の記述や人に聞いた事を、そうだと思い込んでいるのかも知れない……けど、それもひっくるめて俺たちの絆だろ? だから泣くなアウラ」

「でも、私……チッチの循鱗(おかあさま)を……滅してしまったんだもの……取り返しのつかない事を、私は……」

「もういいアウラ。母さんは俺の(こころ)で生きている。新たに生まれ変わった循鱗となって」

「……チッチ」

 チッチは泣きじゃくるアウラを宥めると、ランディーの方へと向き直った。

「ランディー久しぶりだなぁ。まさか、こんなところで会うなんて思ってもしていなかった。それにアウラに酷い事をしているように見えたなぁ」

 何時もの笑みはチッチの顔から消えていた。眼光炯炯(がんこうけいけい)の眼差しがランディーに向けられていた。

「確かにな山羊飼い。しかし、俺と遣り合うのは後だ。先ずはあの異形の魔物を始末する方が先だ。でないと落ち着いてわたしと戦えまい」

「チッチ! アウルを殺さないで! 自分勝手な事を言っている事くらい分かってる。でも……弟なの、死んだと思っていた家族なの」

「ああ、分かってる。けど、このまま怒りに任せて魔物の力を使えば、砦の騎士や戦士、従者たち沢山の命に関わる事になる。その時は俺は迷わずあれを倒す」

 何時も笑顔のチッチの顔に笑みは無い。

 

 姉、アウラが連れ去られ傷つけられそうになっているところを見たアウルは、異形の姿そのままに魔物の本能を解放している。

「ア、ウル……自分を見失わないで」

 アウルの魔気を感じてなのか、愛しい娘の危機を感じてか、魔物そのものの姿をしたアウラの両親も我を忘れて暴れ狂ってい出した。

「父さん! 母さん! 止めてぇぇぇ」

 アウラの悲痛な叫びは、無情にも魔物の本能に支配されたアウルと両親には届かなかった。

「アウラ。残念だけど魔物に心まで奪われている。誰かが止めないとアウラの家族は魔物のままだ」

「チ、ッチ……」

 チッチはアウラを安全な場所で降ろすと再び、異形の魔物に向かい飛び立った。と思ったら戻って来た。

「アウラ封印を」

「封印を解く意味なんてあるの? 循鱗は先程、滅したのですよ? チッチにはもう……循鱗の力を封印する戒めの紋章は無いはずでは?」

 チッチは何時もの微笑を浮かべている。

「まさか……もう一つの循鱗?」

「まぁ、そう言う事だ」

 

 アウラは首を縦に振らなかった。

 封印を解けば、チッチの身体に何が起こるか分からない。

 ドラゴンの力を存分に発揮すれば、シュベルクでの二の舞を踏む事はないだろう……しかもチッチが戦おうとしているのは、魔物に心まで喰い尽くされているとは言え家族なのだ。

 封印を解かなければ、チッチの苦戦は火を見るよりも明らかである事も分かっている。

 それでもアウラは首を縦に振る事が出来なかった。

「アウラ? 封印を解いてくれ」

 チッチの言葉にアウラは耳を塞ぎ首を横に振る。

「しゃ――ねぇなぁですぅ! アウラちゃんが嫌がるから仕方ないですぅ。本当は嫌なのですぅが、しゃ――ねぇからアイナが封印を解いてやるですぅ」

「アイナちゃん? どうしてここに?」

 突然、予期せぬアイナの登場にアウラは驚いた。

「話せば長くなるですぅ。今はあの魔物を倒さなければですぅ」

「チッチくん、アイナちゃん! 敵兵に騒ぎを嗅ぎ付けられたわ。ここにも直ぐに来るでしょう。我等も戦闘に加わるわ。……雑魚はわたしたちに任せて行きなさい」

「アウラとアイナの事は頼んだ。ルーシィー、サルサ」

「アイナも戦うですぅよ。戦いは嫌いですぅが、アイナはアイナの戦い方をするですぅ。それより早く封印を解くですぅよ。チッチ」

「ああ、頼むアイナ」


 チッチと顔を向かい合わせ、頷き合うとアイナが詠唱に入った。

 詠唱を唱えながら心が弾む。しかし、冷静な心の何処かで古語魔法を扱えないはずの自分が、何故チッチの封印に組み合わされているルーン文字だけは分かるのか、妖精王(オベロン)が何故、封印の解き方を教えてくれたのか、ふと不思議に思った。

「まぁ、いいっかですぅ。チッチ早くですぅ」


ansuz(アンスズ)perth(パース)nauthiz(ナウシズ)othila(オシラ)fehu(フェイヒュー)teiwaz(テイワズ)sowelu(ソウェイル)uruz(ウルズ)

(秘め事を受け取りなさい。戒めを放ち所有者の下に導き完全なる力を)


「チッチ、口付けをくださいですぅ」

 アイナは静かにオッドアイの両眼を閉じ唇を差し出した。

「だめぇ――! ふ、封印は私が解きます」

 顔を赤らめたアウラがアイナの口元を後ろから両手で塞いだ。

「ふぅが、ふぅが、ふぅが。あふらふぁん(アウラちゃん)くふぅすいれふぅ(くるしいですぅ)

「あっ! ごめんなさい。アイナちゃん」

「別に、いいですぅけどぅ……どっちの『だめぇ――』なのですぅ?」

 アイナは目を細め、アウラの顔を覗き込んだ。

「えっと……どっちのって?」

「どっちのってそんな事、決まってますぅ! 封印を解いたチッチがドラゴンの力で全力でアウラちゃんの御両親と戦う事が『だめぇ――』なのですぅ? それとも……アイナが封印を解く儀式でチッチとキスする事が『だめぇ――』なのかですぅ!」

「そ、それはその……」

「それがその?」

「どちらかと言うと……その……キ、キス」

 鈴の音が空気に溶けてしまいそうな程の声でアウラが呟いた。

「はぁはぁぁん! さてはアイナに妬いているですぅか? アイナは別に、あんな何時も何時も間の抜けたスケベ右眼包帯なんて……真夜中にレディのベッドに無断で忍び込んで来るような変態チッチなんかとアイナは……キスなんかしたくねぇですぅ! アウラちゃんがさっさと封印を解けばいいですぅのに……」 

 胸の辺りが、ズキンと痛む。

「アイナちゃん? まさかチッチがアイナちゃんに、い、いけない事を?」

 アイナは、こくりと頷いた。

「こら! チッチ! あなたって人はぁぁぁあ」

「何の事かなぁ?」

「とぼけるなですぅ! アイナが熱を出して寝込んだ時に……その……動けない事をいい事に……そ、その……アイナの夜着をひん剥いて全身嘗()め回したですぅ。だからアイナはチッチなんて、だっっいっ嫌いですぅ! チッチとチューなんてまっぴら御免ですぅ。なのでアイナはルーシィーたちの加勢に向かうですぅ」

 アイナはそう言って走り出し一度、立ち止まりチッチを見やった。

「チッチのおばかぁ……なんだかむしゃくしゃするですぅ! 久しぶりに精霊魔法、存分に唱えてやるですぅ。けっけっけっ」

 チッチに抱き始めた恋心。

 嫉妬の炎に火の点いたアイナは、不気味な笑い声を上げながらルーシィーたちの下へと向かった。


「はぁっ……そう言う事ね。チッチ? あなたに悪気がない事は分かってるから今回は、ゆ、ゆゆゆ、許します。本当は許したくないですけど、チッチが熱を出したアイナちゃんを介抱したの……分かってるから、でも本当は許せないんだからね!」

 アウラは俯いて顔を赤らめた。

「じゃぁ、封印を解いてくれアウラ」

「う、うん」

 アウラは封印解放の詠唱を始めた。

ansuz(アンスズ)perth(パース)nauthiz(ナウシズ)othila(オシラ)fehu(フェイヒュー)teiwaz(テイワズ)sowelu(ソウェイル)uruz(ウルズ)

(秘め事を受け取りなさい。戒めを放ち所有者の下に導き完全なる力を)


「チッチ、口付けをください」

 瞳を閉じ口付けを待つ。

 アウラの唇にチッチの唇が触れる。温かくやわらかい感触がアウラの唇に伝わって来る。

 からん♪ 最後に節くれた杖に括られた鐘の音を響かせ、左首の封印に口付けを与えた。

 チッチが七色の球体に覆われ、その球体がドラゴンの姿に変わって行く。

 漆黒の身体に、母の循鱗の名残なのか鋭い角と背びれ、胸にはアウラが始めて封印の紋章に封に囚われていた美しいドラゴンの紋章が浮かび上がっていた。

「チッチ? お願いがあるの」

「何だぁ」

 チッチが幾分、太くなった声でアウラに問い返す。

「アウルを……父と母を殺さないで……」 

 ドラゴンに姿を変えたチッチの赤い眼がアイナを見据え答えた。

「済まないアウラ。約束は……出来兼ねる。完全に魔物と化したアウルをアウラも見ただろ? 人としての心を失いあるものと言えば破壊衝動のみ。もし完全に人としての心を失っていたその時は覚悟しておいてくれ、恨んでくれても憎んでくれても構わない。今更だけどなぁ」

「……それが私たちを強く繋いでいる絆……運命なのですね……悲しいね、チッチ」

 アウルと二体の異形の魔物はランディーへの怒りから、我を忘れ敵味方関係く破壊衝動に支配されて行く。

「俺はあの化け物を倒して来る」

「チッチだけは……死なないで……ね。私をまた、一人にしないでくださいね」

 アウラが何かを吹っ切ったようにチッチに言葉を掛けた。

「ああ、分かった。行って来るアウラ」

「待って! チッチ、これを」

アウラは収穫祭の前夜祭の時、屋敷を抜け出しシュベルクの街に軒を連ねた露店でチッチから貰った指輪を手渡した。

「何だ? くれるのかぁ?」

「ち、違います……必ず返しに来てください……、私の下に帰って返えしに来てくださいね」

「俺は、これからアウラの家族を倒しに行くんだぞ?」

「それでも! ……チッチには生きて帰って来てほしい」

「分かった。俺はアウラが偽りの笑顔の下に隠した泣き顔を見たくない。だから倒して来る。そして必ずアウラのところに帰って来る」

 ドラゴンと化したチッチの周囲に円状に土埃りが舞い上がる。

 巨大な身体を助走も滑空し勢いをつける事無く空へと飛び去り戦いの場へと向かった。



 To Be Continued

最後までお付き合いくださいまして誠にありがとうございました。


次回もお楽しみに!

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