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〜 古き魔術の森 〜 第十六話

 ☆十六話


 ◆アカデメイアの森


 チッチたちが垣間見た森の真の姿は、この世界とは確かに別世界だった。

「独り言と言っても、貴方たちが見ている光景が全てよ。現在、この世界に生息しているあらゆる種族の文明とも異なる異文明の森。それがアカデメイアの森よ」

 巨大な壁と硝子の建造物が立ち並び、黒く中央に線の引かれた道、空中には透明なチュウブ状の物が建造物の間を通り繋がっていた。

 その多くは瓦礫と化していて、そのままの状態を維持している物は少ないものの、恐らくアカデメイアの中央に向かうに連れ、この奇怪な世界はより良い状態を維持しているのだと推測出来る。

 でなければルーシィーたちがアカデメイアに“これ以上踏み込ませたくないと”思う動機が見当たらない。

 今の世界より遙に進んでいると思われる文明の名残。

 この世界で一番の高度文明を持つハイエルフの築き上げたものなのだろうか。

 アカデメイアの森に住む住民の力を借りたとすれば、二十年程前に始まった三年間にも及ぶ、撤退戦に数と戦道具、後方支援で圧倒的に不利であったにも関わらず、アルフレッド王子が互角に戦えた事も頷ける。

 しかし、長引く戦の中、数的不利を跳ね返すまでには至らなかったのだろう。

 チッチは物思いに耽りながら、考えているとルーシィーが独り言(・・・)を語り始めようと口を開き掛けた。

「一つ聞いていいかなぁ」

「答えるとは限りませんが、独り言の中で話すつもりであるものなら答えましょう」

「これ程の文明を創れるとしたらハイエルフかぁ? それとも……人間が創った世界かぁ?」

「何故? そう思うの? チッチくん。最初に言った通りどの種族の文明とも異なる異文明よ。この世界ではね。恐らくこの文明は人間が創ったものです」

「確かにハイエルフたちの文明は母さんから聞いた事がある。だけど、この世界を残した文明はハイエルフのそれとは異なるってる」

「そうよ。わたしが知る限りでは、この世界は六千年から七千年前に存在した物だと伝え聞いているわ。ハイエルフではなく、それも魔法文化で劣る人間が創り上げた世界だと言う説が高いらしいわね」

「なら、人間がアカデメイアを今も統治しているのか?」

「聞きたい事は一つじゃなかったの?」

 ルーシィーが薄い笑みを浮かべチッチに問うた。

「次いで事だ。独り言で言うつもりがない事なら言わなくてもいい」

「次いでに答えてあげるわ。何時からかは分からないけど、現在アカデメイアを統治しているのは、ハイエルフを含むエルフ族、ホビット族、ドワーフ族、巨人族、獣人(ライカンスロープ)、そして竜族を始めとする知性の高い一部の異種族、幻獣たちが、それぞれ縄張りを設けて各々統治しているわ。アカデメイアの外周に近付く程、混血の部族が住んでいる、これは前にも話したかしら? しかし、アカデメイアの総統括をしているものは他にいる……単なる噂なのか真実なのかまでは、わたしたち外界に近い場所に住んでいた者には分からないの」

「人間の創り上げた文明世界なのに人間はいないのか? 混血には人間と交わったハーフエルフの存在も居るだろ? アイナのように」

「確かに人間との混血はいるわね。遠い昔には極少数の人間もいたと聞いているわ。何千年も前の話だけどアカデメイアの文明を外に持ち出した者がいたの貴方たちが言う古語(ルーン)や見慣れない文字の羅列を記した書物を持ってね。アカデメイアの掟に反した人間は全て森から追放されたと聞いているわね。その中には十賢者と時の王女ね。もういいかしら?」

 チッチの質問に終止符を打つべく薄い笑みを浮かべ尋ねた。

「アイナもアイナもぉ――聞きたい事があるですぅ!」

 アイナがルーシィーの前に踊り出る。

「はぁ……これじゃわたしの独り言にならないわね……これじゃまるで尋問ね。まぁいいわ。どのみち話す事になる事項なら一緒ね」

「お嬢! 独り言を聞かれたのなら兎も角、自ら質問に答える事、それではアカデメイアの、カルバラの掟に抵触します」

 チッチたちの後をつけて来たカルバラの民の一人がルーシィーに進言した。

「わたしが答え、聞いた独り言は忘れてくれればいいわ。チッチくん? アイナちゃん? 分かってくれるかしら?」

「ああ、忘れる事にする」

「忘れるですぅ」

「それで何? アイナちゃん」


 緊張と戸惑いを交えアイナはルーシィーに尋ねた。

「アカデメイアの中央に感じる妖精王(オベロン)の事なのですぅが、これはいったい何ですぅ? アイナが感じ取れていた妖精王とも違う変な感じがするですぅ」

「さあ、それはわたしにも分からないわ。わたしたちカルバラの民はアカデメイアの外に近いところで育った容姿が人間と然程変わらない部族の集まりだから、アカデメイアの中心にある物やどんな都市があるかまでは分からないわ。無論、オベロンが何なのかもね、ただ精霊の王としての認識しかわたしにはないわね」

「そうですぅか……ありがとですぅ。ルーシィー」

 アイナは礼を言うと共に、はにかみで返した。


「知りたい事はもう無いかしら? 無ければ独り言ついでに聞きたい事があるのだけど?」

「知っているとは限らないけどなぁ。知っていたら答える」

「数百年も前の事だから生きているとは思わないけど、アカデメイアの文明を持ち出した人間を知っている? その人物は人間でありながら魔術を熟知した天稟を持って、ハイエルフから長い寿命を与えられ、かつてアカデメイアの女王にまで君臨した人物なの」

「人間の寿命は短い。良く生きて百年てところだろ? まぁ、俺の知っている人間に一人だけ五百年以上生きている人間がいるけどなぁ……それを知ってどうするんだルーシィー?」

「聞かずとも分かっているんじゃないの? チッチくん」

 チッチが何時もの微笑で答える。

「まぁ、察しは付く。その人物の名はソルシエール・エクル。恐らくアカデメイアの文明を持ち出した者のだろうけど」

「あら? 知り合いなのに、あっさり答えるのね? わたしたちが命を狙っていると言うのに」

 チッチは左肩の着物をずらすと循鱗の封印を浮かび上がらせルーシィーに見せた。

「ソルシエールは、母さんと共に俺の体内に循鱗(ドラゴンのちから)を封印した人物だ。古語の魔術を使ってな」

「恨んでいるのかしら?」

「感謝している」

「なら何故? 簡単にわたしたちに、その存在と名前を教えたの?」

「ソルシエールは殺されはしないし殺させない。それにソルシエールは五百年以上前に古語魔術(ハインシェント)を使い凶悪な魔物を北の氷土に閉じ込め、人間たちを魔物の脅威から救った人物だ。悪い人間ではないしアカデメイアの文明を悪用してはいないから、ルーシィーたちがソルシエールを殺すとは思わない。だからルーシィーたちも捕まえたとしても殺しはしないと信じてる」

 チッチは満面の笑みをルーシィーに向け、言葉を続けた。

「まぁ、ソルシエールを捕まえるにしても一筋縄にはいかないだろうけどなぁ。ソルシエールの傍には風狼(ウォルプス)も着いている事だしカルバラの民がどれ程の総戦力を持っているのか、個々の能力がどれ程のものかは知らないけど、双方が本気で遣り合えばカルバラの民が負けるかも知れないなぁ」

 淡々と言葉を綴るチッチの様子にカルバラの一人が激高した。

「小僧が! カルバラの戦士を愚弄するか! 小僧、貴様に選ばれしカルバラの戦士の力、存分に見せてやる、腰のナイフを抜け! お嬢は貴様に剣を折られたと訊くが、それはお嬢の未熟さ故。歴戦のカルバラの剣戟存分に味合わせてやる」

「止めておいた方がいいわよ、サルサ。わたしの未熟さは認めますが、あなたのその剣も折られるのが関の山よ」

 ルーシィーが剣の柄を握り締めたカルバラの戦士、サルサの手を押えて制した。

「独り言を続けるわ」

 サルサの手を押えたまま、ルーシィーが話を続けた。


「なるほどなぁ。何となくアカデメイアの事が分かって来た。シオンがこの場にいれば、一つの説が浮かび上がったかも知れない。俺の中にはない記憶だとシオンが言っていた。が、今まで気にも掛けなかった不思議な文字の羅列を俺は知っている。でも理解までしている訳じゃない」

「文字の羅列を解ってないのはアカデメイアの住民も同じよ。ただ“強大な力”としか理解していないの。その力を魔法文化で劣り、身体的にも貧弱な人間が手にする事をアカデメイアを統括する者たちは恐れていたわ。現世界の秩序とパワーバランスが崩れてしまい、種族間を問わず争いに巻き込まれるかも知れないからね。わたしたちがひ弱な人間を拒むのは、人間の持つ欲深さからなの。我等、アカデメイアの住民は争う事を望んではいない。しかし、我等の安寧を土足で踏み(にじ)ると言うなら我等も戦うしかない。現在アカデメイアの各種族のパワーバランスは微妙なところで保っているの。だから互いに仕掛ける事はないのよ。だけど、そこにバランスを崩そうとする者が入り込めば、さっきも言ったように種族間の全面戦争になり兼ねないとアカデメイアの女王は考え、互いに潰し合う事を懸念していたそうよ」

 ルーシィーは話を終え、チッチとアイナに尋ねた。

「今まで話した事は、わたしの知るアカデメイアの一部よ。この先に進みたいのなら、それはそれで構わないけど……、そうなれば、わたしもサルサの手を出すわ。勿論、背中のメーネを再び貴方たちに向ける事になるわね」

 背中に背負ったメーネの入った革張りのケースにルーシィーは手を掛けた。

「ルーシィーには沢山世話になったですぅ。それに掟に反してアカデメイアの事を話してくれたですぅ。アイナはルーシィーと戦うなんて出来んですぅ」

「俺も同感かなぁ」

「アイナちゃん? 勘違いしないでね。わたしは、あくまで独り言(・・・)を言ってただけ部外者に聞かれているなんて露ほども思わなかったわ」

「お嬢、それで済むと御思いか? こやつ等にアカデメイアの事を知られて放置するとでも言うのですか! ならば、長に報告せねばなりません」

 チッチたちに敵意を剥き出しに小刻みに身体を震わせながら、サルサが怒鳴った。

「サルサ? 貴方たちが捕り逃がした人物の事も報告するつもりなのね。カルバラの戦士足る者が、あっさり巻かれて帰って来た失態も? 捕り逃がした失態を父が許すと思ってる? 誇り高きカルバラの戦士が、それも少年剣士一人を」

「シオンは魔法剣士ですぅ!」

「だそうよ。だからと言って取り逃がした事に代わりはないわ。それどころか傷一つ負いもせず、まるで逃げ帰っ様に見えるわよ」

「そ、それは……お嬢。勘弁してくだせぇ」

 急に大人しくなるサルサを見てルーシィーが、やんわりと含みのある笑みを浮かべた。


 アイナは満面の笑みを浮かべて言った。

「しゅっっぱぁ――つ! ですぅ」

「何処にだぁ?」

「決まってるですぅ! お前さんもぞんざいな白状者ですぅねぇ――。まぁ――たく……アウラちゃんの捜索に決まってるですぅ」

 アウラの捜索。決して嫌な訳じゃない。

 しかし、アイナは小さな胸の奥が、ズキンと痛む自身の心を知る。


「お前の弟ランスだっけか? を探さなくてもいいのかぁ? シオンと一緒に」

 ――チッチの言葉が胸に突き刺さる。無論、ランスの後も追いたい……しかし、何だか恋に揺れる乙女心が許さない。


「右眼包帯には世話になったですぅ――。世話もしてやりましたですぅが、ここは涙を呑んでお前さんに付き合ってやるですぅ」

「毒舌白金娘。無理しなくてもいいんだぞぉ。俺は一人ならどんな所にでも行ける。心配は無用だ。シオンの後を追って弟を探せばいい」

「一人でも大丈夫? チッチのおばかぁ! アイナに一人で行けと言うですぅかぁ! アイナは足手纏いになるですぅかぁ! それとも……チッチのおばかぁ! アイナを一人にしないで……ですぅ」


 胸に飛び込み涙ぐむアイナを受け止め、チッチはやれやれと肩を窄めた。


 To Be Continued

最後までお付き合いくださいまして誠にありがとうございました。


次回もお楽しみに!

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