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〜 古き魔術の森 〜 第十二話

 ☆第十二話


 ◆新生


 陽が西に傾いた頃。チッチたちはアカデメイアの臍と呼ばれる場所に辿り着いた。

「ここが英雄が守り抜いたアカデメイアの臍と呼ばれている入り口か……カストロス王国、アルフレッド王子が殿軍を率い戦士の誇りと名誉を賭け、カストロス難民とアカデメイアの住人を守る為、これより先の森にカリュドス軍を通さなかった戦場跡なんだなぁ」

 アカデメイアの森を囲んでいる高い防壁に人、一人がやっと通れるほどの通り道がある。

「すまないが俺の役目はここまでだ」

 シオンが一行に頭を下げた。

「シオンは、ぞんざいな白状者ですぅ! これから得体の知れない危険な森にアイナが入ろうと言うのに、シオンはアイナを守ってはくれんのですぅねぇ」

 アイナは眼を細め、透き通るような白い肌をした頬を膨らませた。

「……俺は、これからランスの動向を探りに行く。旧カストロス王国であいつのふざけた世界をぶった斬って以来、あいつら一味に関する情報は乏しい、それでもあいつの創ろうとしている理想郷(エア・ヘブン)の阻止をしなければならない。アイナ? お前はあいつが創ろうとしている理想郷を認めるのか? 俺はあいつを止めたい。何としてもだ」

「ランス……」

「あいつは俺の友であり命の恩人だ。無論、アイナもな。悔しいがアイナを守れる奴が、俺以外にもここには居る。本心はお前を守って一緒に森に入ってやりたい。こんな右眼包帯野郎に任せたくはない。だけどランスを今、止められるのは俺とアイナ、お前だけだ。でも、お前にはお前の知りたい事、やりたい事があるだろ? 今はランスの事は俺に任せておけ、アイナの思う方法であいつを止める手段を探しに、ここまで来たんじゃないのか?」

 アイナは、こくりと頷いた。

「おい! 右眼包帯野郎。忌々しいがアイナの事はお前に任せる。こいつの事を頼んだぞ」

「ああ、約束したからなぁ、シュベルクを出る前に。任せておけ」

 チッチが約束を確認するようにシオンに握手を求めた。

 互いの手が重なろうとした時、チッチがふらつき始める。

「……あれ?」

 何だか様子がおかしい。

 チッチとシオンの手が交差する。


 ――互いの差し出した手と手は交わる事をしなかった。


 チッチの身体は力無く、そのまま地面へと倒れ込んでいく。

「右眼包帯!」

「チッチくん」

「包帯野郎?」

 地面に伏したチッチの身体は痙攣を始め、封印の紋章が七色の光を放ち紋章の形と共に人の形が歪み出し崩れ出す。

 まるで実体が消え掛けている物体の様に。

 すぐさま、アイナは倒れたチッチの身体を抱き起こす。

「チッチ! どうしたですぅか! チッチ……封印の紋章が」

 アイナの胸に抱かれているチッチの姿を見て、シオンが小さな声で呟いた。

「ちっ! 妬けるぜ……」

 やがて、痙攣していた身体が、ピクリとも動かなくなったチッチの様子を見てシオンが脈を取り心音と呼吸を確かめる。

「何が起こっている。様子がおかしい」

「分からんですぅ」

「兎に角、チッチくんを何処か休ませられる場所に」

「この辺りには街や村は無い。旧カストロス王国跡の荒れ果てた大地が広がっているだけだ」

「……行きましょう。アカデメイアの森へ。森に入れば部族の集落があるはず、現にアイナちゃんが生れた部族の集落が近くにあるはずだから、ただし、滅んでいなければの話しだし歓迎してくれるとは限らないけど」

「がってん! 元よりそのつもりで来たですぅ」

「仕方ねぇな。たくっ……ランスの事は後回しだ俺も一緒に行ってやる。こいつを運ぶのに女二人じゃ大変だろ」

「シオン……ありがとですぅ。でも、ランスの事は……」

「状況が変わった。ランスの事は、こいつを何処かの集落に運んでからだ。それに歓迎されなかった時、お前たちを守リ逃がす役目を担う者が居なくなっちまったからな」

「その事なら心配いらないわ。その役目、わたしが引き受けるから貴方は自分の思う事をなさって下さい。こう見えても腕には自信があるから」

 ルーシィーが殿(しんがり)の役目に名乗り出る。

「こいつとアイナを庇いながらでもか? はぁ……状況が変わったとさっきも言ったろ? 俺はアイナも守りたいんだ。こいつが元気なら任せて行けたけどな」

「そうと決まれば急ぐですぅ。チッチの様子が次第に悪化しているですぅ」

 シオンがチッチを背負うと一行はアカデメイアの森の中へと入って行った。


(何だ? これは……何処だ? ここは……何か、誰かの声がする。よく分からない。よく聞こえない)

〔小僧。分かるか? 我だ〕

(この声……お前は……!)

〔小僧。感じ取れているか? 今し方お前の母、元の……我の本体が消滅した。小僧の中に残る僅かな循鱗を残してだ〕

(感じている。残りの母さんの力が消えて行く事も……母、さん)

〔小僧。お前は人間には過ぎた力を与えられたのだ。循鱗と同調し過ぎたお前の身体は、やがて形を失うだろう〕

(俺……死ぬのかなぁ?)

〔このままではお前自身の存在が消滅する。小僧、生きたいか?〕

(ああ、生きたい。俺は、まだアイナたちとの約束を果たしてない。それに……アウラを連れ戻してない。何も守れてない、果たしてない)

〔ならば、お前の体内に残る母の循鱗を我に与えよ。我と同調し新たな循鱗となろうぞ〕

(お前に? 母さんの循鱗を? 何故だ)

〔我が困るのだ。小僧。お前の身体が消滅すれば、我も消え失せる〕

(今の俺は弱ってる。乗っ取れば済むんじゃないのかぁ)

〔そうしたいのは山々なのだが、そうもいかんのだ。小僧の精神は乗っ取れても身体(うつわ)が滅っすれば意味がない。我はお前の中でお前と共に成長したのだからな。それに万が一お前が生き延びる事が出来たとしても、お前が母の循鱗が力を失えば、我の“絶対(ブレス)”も何れ使えなくなる。循鱗が完全に力を失えば意味を持たぬ事なのだ、それはお前が死んでも同じ事〕

(ブレス……漆黒のブレス。母さんのブレス。母さん……)

〔小僧よ。何時までも乳離れ出来ぬ奴よのぉ。我はお前、お前は我。何を臆する事がある。小僧、お前は人間でありながら、封印が在るとは言えドラゴンの循鱗と言う強大な力を体内に宿しながら、耐えうる己自信の力を持って生れたのだぞ。残ったお前の母自身の循鱗の力は我が受け継ぐ〕

(お前が母さんの循鱗を取り込むと言うのか?)

〔何を臆する事がある。お前の母は我等(・・・)と共に生きるのだ〕

(母さん……と共に生きる?)

〔そうだ。今一度、我と融合し生まれ変わり、新たな循鱗となり我等の中で生きるのだ。小僧よ強くなれ今よりもっと。我を宿せるくらいにな〕

 その時。チッチの頭の中に懐かしい母の声が聞こえる。

〔わたしのかわいい坊や、母さんは貴方の中で育った、元はわたしの一部だった循鱗と同化して新しい循鱗となって貴方を護るのじゃよ。融合しても封印の力と母の循鱗(ちから)は失われる事はないから大丈夫。しかし、新たに創生される強大な力に呑み込まれないようにのぅ。強くなるのじゃぞ。わたしのかわいい、かわいい坊や〕

(かあ……さん)


「チッチしっかり。チッチ、チッチ、きゃっ!」

「母……さん……ア、ウラ」

 朦朧とする意識の中、チッチの両手の平に確かに感じる、少し固めで小振りのやわらかい感触が伝わる。

 この感触に覚えがある。この大きさ……やわらかさは……。

「オレンジパイ! あれ?」

「やっと眼を覚ましやがったですぅかぁ! それにしても他の女の名前を呼びながら、アイナの乳を鷲掴みにするとは、いい度胸っですぅ」

 ぼやける視界の中、チッチの碧眼が拳を握り締め、わなわな震えるアイナの声と姿を映し出す。

「俺は? いったい……痛てぇ」

 ゴツン、といい音を立てアイナの拳が頭上に落ちた。

「まっ――たく……、心配ばかり掛けやがってですぅ……でも、よかったですぅ」

「心配したのよ。チッチくん」

 アイナとルーシィーの顔に安堵が窺える。

 オッドアイの瞳を潤ませ、チッチの胸に飛び込むアイナをチッチは諭すように背中に手を回そうとした時、チッチの喉元に凍るような殺気を含んだ透き通る刀身が滑り込む。

「おう! 人の惚れた女に手を出すとは、いい度胸じゃねぇか? ちょっと羨ましかったぞ、この野郎。でもな……これ以上アイナに触れると俺の剣が喉笛掻っ切るぞ」

「シオン? 今、なんて?」

「べ、別に何も……」

「ふん! シオンのおばかぁ! アイナが好きなら好きだと、はっきりするですぅ」

「言わなきゃ分かんねぇのか! それにもう言ったじゃねか!」

「分からんですぅ……例え、分かっていたとしても言葉でほしい時があるのですぅよ……シオン」

 にららみ合う二人の仲裁に年上のルーシィーが入る。

「まぁまぁ、二人とも三角関係でいがみ合うのはいいけど、チッチくんが目覚めたばかりなんだから、少しは静かにしなさい」

「……ここは? 何処だ?」

 チッチはまだ朦朧とした眼をしている。

「アカデメイアの森の中よ」

「何時の間に森に入ったんだ?」

「覚えてないの? チッチくん。貴方、大変だったのよ。貴方の身体は人の形を崩し消え掛けてたの、そうね。例えるならスライムのようになってね。そして一度は人の姿を失い消滅し掛かったのよ。何が起こっているのか、どう対処すれば良いのか、治せるのか、額でお湯が沸くくらい考えたのよ。特にアイナちゃんは泣きじゃくるはで、ほんと、本当に大変だったんだから」

「どれ位の時間? 丸二日程よ」

「そんなにも、また時間を失ったのかぁ。急ごう。過程の半分以上の日数が経っている」

「無理しないで! ですぅ……、アイナの事は大方、ルーシィーに聞きましたですぅし、チッチの回復を待ってアウラちゃんの捜索に切り替えるですぅ……チッチはアウラちゃんを探したいのでしょ? その前にチッチが回復し元気にならなきゃですぅ」

 アイナは微笑み、逸るチッチを諭した。

「探したい。けど……お前との約束をまだ果たしてない」

「どうしてですぅ? どうしてそんなにも急ぐですぅかぁ! アウラちゃんに早く逢いたいからですぅか?」

 胸を痛めるアイナに弓のように反れる碧眼を向けた。

「約束したからだ」

「だから、それはもういいのですぅよ。チッチ」

「一月。一月で帰ると皆に約束したからだ。夏休みが終わるまでには帰ると」

「へぇ? 夏休み? チッチって学校に通ってるですぅか?」

「まあな」

「ラナ・ラウルの友達が通う学園の夏休みは三月以上ありますぅですぅ。チッチの通う学校は違うのですぅか」

「同じ三月だ。収穫祭の終わる頃に始まった。俺とアウラはレースに出る為に早めにシュベルクに入ったからなぁ」

「それって、二人の事情で学校休んでただけじゃ……」

 ルーシィーの指摘が入った。

「あっ!」

「勘違いしてたんじゃねぇのか?」

 シオンの追い討ちが入る。

「じゃぁ、夏休みが終わる日はチッチが思ってたよりも一月後と言う事ですぅ?」

「そうかもしんない」

「いや、どう考えてもお前の勘違いで一月前倒しになってた訳だ。アカデメイアの森を探るにしても、あの桃色髪の女の子を探しにしても、まだ時間はあるって事だ。今は体調を整えろよ。アカデメイアの森は撤退戦をしていたカストロスの殿軍と難民しか入った事のない未知の地だと言う事くらい調べはついてるんだろ? 姿なき不可視の影(インヴィンジブル・イントルーダ)のチッチ。俺はごめんだぜ。いざと言う時に足手纏いになる奴を庇いながら、この森を探索するなんてぇよ」

「シオン!」

「大丈夫だ。身体は羽根のように軽く感じる。何だか生まれ変わったような感じがするんだよなぁ……それに人間が踏み入った事はなくてもアカデメイアの森から出た者はいる」

「この場にいなくちゃ意味ねぇだろ」

「居るんだなぁ、これが」

 取り戻した笑顔でチッチはアイナとルーシィーを指差した。

「ふん! なら、この森の住民が俺たちを敵と判断した時は頼りにするぜ。チッチ、ルーシィー」

 チッチとシオンが互いの手を掴み固く固く握手を交わした。

 その二人の腕に血管が浮き出させ、小刻みに震えていた事は言うまでもない。


 To Be Continued

最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。


次回もお楽しみに!

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