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〜 古き魔術の森 〜 第九話

 ☆第九話


 ◆戦士の勲章


 グラジニアス大陸の約半分程も締める強大な森、アカデメイアの森と呼ばれ人々は恐れ、ある者は探究心から森に入った。

 しかし、それは今は昔の話である。


 アカデメイアの森を見下ろせる切り立った絶壁にチッチたちは、這うように森の様子を窺っていた。

 チッチとアイナは崖の際、いっぱいに腹ばいに肘を立てた姿勢で赤でアカデマイアの全貌を見て一言。

「でっかい……なぁ」

「でけぇ――ですぅ」

 蔽い茂る森の三か所の場所から、良く晴れた蒼穹の空を突き抜けて聳え立つ塔が見える。

 幾分か地上に近い場所には、弦草や苔が張り付いているのか、青々とした緑色に染められているが、塔の高い場所は陽の光を反射しているのか、キラキラと輝きを放っている。

 当然の事ながら、天空に延びる塔の先端を窺がい知る事は出来ない。

「それにしても……高かいなぁ」

「しっかし、高けぇ――ですぅねぇ」

 アイナはチッチの望遠鏡を奪い取り、拡大された景色を眺めている。

「高い場所から見れば森を囲んでる壁も邪魔にならないから、アカデメイアの全貌が見えると思ったのに遠くの方は地平線のように弧を描いていて見えないなぁ」

 感想を述べたチッチにアイナが悪態を吐く。

「チッチ? 真面目に見てるですぅか? 循鱗とやらの力を解放して右眼包帯に隠された眼力使えば見渡せるのではないのですぅ? 右眼包帯どう感じるですぅかぁ?」

 アイナが望遠鏡を瞳に添えたまま、チッチの方に振り向いた。


 ――ペチッと湿ったような、それでいて音が良く響が鼓膜を揺らした。


「何の嫌がらせだ? しかも先が一点に集中、見事に直撃だ」

 碧眼に望遠鏡の先が直撃したようだ。

 チッチがそのまま望遠鏡を押し戻した。

「め、めめめ眼が痛いですぅ……、何の嫌がらせですぅ――?」

 チッチが更に望遠鏡を押し返しアイナが更に押し返す。


 二人の様子を後ろから窺がっていた褐色のメーネ使いルーシィーが二人を見て微笑ましげに笑みを浮かべていた。


 ――今朝方の事はやっぱり……私の想像通り! 冴えわたる女の感てっとこね……なんて羨ましいのかしら。


 完全に二人を恋人同士だと思い込んでいるルーシィーは、勝ち誇った顔に切なさの交る表情をしている。

「ルーシィー? なんて顔してんだ? 渓谷の間にアカデメイアを囲む壁が無いなぁ。あれが臍と呼ばれている場所なのか?」

「ですぅですぅ」

「そうですけど、いや……二人仲がいいなぁって思ってたの」

「この状況を見て、何故そう思えるのかなぁ?」

「ですぅですぅ」

「二人で並んで仲睦まじそうにしてたじゃない? ついさっきまで……は」

 見れば何時の間にか、チッチがアイナの頬を引っ張り、アイナがチッチの下唇を引っ張っている。

 望遠鏡を眼に宛がいそのまま押し合いながら。

「まぁ……。喧嘩するほど仲がいいって言うじゃない……ねっ?」

 ルーシィーは二人を見て苦笑いを浮かべた。


「時に! 右眼包帯。お前の居たと言う森は、本当にアカデメイアの森だったのですぅ?」

「それは分からない。ただ広い森だったけどなぁ。もしその森がアカデメイアだったとしても俺と母さんが住んでいた森は、恐らく北の外れだと思う。小さい頃の記憶だ天を衝くほど高い柱がには覚えてない」

「時に!右眼包帯。森に入る方法はどうするのですぅ? 何か良い考えは浮かんだですぅか?」

「森を囲む高い壁と聖騎士団の監視を潜り抜けて森に入る事は困難だなぁ。カルバラの民が見張る場所から入る事が出来るなら、ルーシィーに頼んで森に入ればいいけど……そうもいかないらしい」

 チッチはルーシィーの顔を見やった。

「……申し訳ないのですが、それは出来ません。カルバラの民はアカデメイアの女王から何人たりとも入れるなと命を受けています。その女王は今は居せんが、それがカルバラの掟でもあるのです」

「だ、そうだ。残念だったなぁ」

「時に! 右眼包帯。お前が“循鱗”を解放すれば夜陰に紛れ静かに森に入る事など、容易いのでは?」

 アイナが少し赤らんだ顔をしながらも得意げに言い放つ。

「アイナ・デュラン・ミラ・カストロス。お前も考えていたのか。少し驚いた何も考えてないと思っていたからなぁ。でも残念だ。それも出来ない。静かには、なぁ」

 得意げな顔をしていたアイナが眉間に皺を寄せ難しい表情に変わる。

「結界……ですぅか?」

「何だ。気付いていたのか? お前に結界が見えているとは思わなかったからなぁ」

「見えている訳じゃねぇですぅ。感じるだけですぅ。精霊魔法ともう一つ教会側の高位術者(プリースト)が張った光系統の神聖魔法の魔力を感じただけですぅ。彼等は“神力”と呼んでるですぅが」

 アイナの表情が俄かに曇り出した。

「分かってたんなら言うなよなぁ」

「聖十字騎士団やカルバラの民と遣り合わず森に入るには、それしかないかと思ったですぅ」

「白金娘。お前らしいなぁ」

「えっ?」

「人と争いたくない。傷付けたくないんだろ? 戦えば人を傷付ける。最悪死人も出るからなぁ」

「……ですぅ」

「しかし、何故? あの場所だけ壁を作らなかったんだ? 時の女王は」

 チッチは不可解そうにルーシィーに尋ねた。

「あの場所は、アルフレッド王子が最後まで戦い守り抜いた戦場です。決してアカデメイアの森にカリュドス軍の進入を許さなかった場所。時の女王はアルフレッド王子が戦死した事を知っても尚、王子が帰ってこれるようにあの場所だけには防壁も結界(・・・)も張らなかった英雄の帰還を待つ入り口なのです。そして今も尚、臍からの入り口には、英雄が守る場所として監視もそこから森に入ろうとする者も居ないのです……って言いませんでしたっけ? わたし」

 ルーシィーが首を傾げた。

「そうだっけ? そういや聞いたような……気がするなぁ」

「嫌がらせえですか? チッチくん?」

「確認だ。壁は兎も角、結界が張られてないのは可笑しいと思ったんだ。結界は教会の術者も張っているのだからなぁ」

 チッチは口元を緩めた。


 ――外界からの人間にも結界を張らさせない何かがあるのか、或いは単にアルフレッドへの畏怖か……。


 考えを巡らせるチッチの耳元にアイナは顔を寄せた。

「ゆ、幽霊でも出るですぅかぁ?」

 振るえる声色でアイナが呟いた。

「……悲しい話しだなぁ。だけど、その場所を守る者は幽霊なんかじゃない。英雄の畏怖と壮絶だっただろう戦果の賜物だろ? それに……まあいっか。アイナは誇るべきだと思うぞぉ? 偉大な戦士が守り抜いたその英雄が本当の父親である事を」

「……チッチ」

「まぁ、複雑な気持ちだろうけどなぁ」

 アイナの表情は悲しそうでもあり、また嬉しそうでもあった。

「さぁ――、行くとするか。俺の治療に時間を費やしてしまったからなぁ。一月で戻る約束は守れそうにないかも知れないなぁ……さて、あの場所に辿り着くには、ラナ・ラウル、メタモニカ、ガーランド王国と三国を通り、南のドラガン岬まで延びる険しい山脈を越えるか、西方の国々にへ向う山脈を抜けるガーラ(かん)が唯一の街道を通らなければならない。

「今、その(かん)を押えているのは西と東、どっちの国かなぁ?」

 チッチはルーシィーに尋ねた。

「今、関を押えているのは」

「東のガーランド王国ですぅ」

 ルーシィーの声を遮りアイナが答えた。

「うん? お前よく知ってるな」

「一度、近くまで行った事があるでぇすぅ。その時は関を通らず空からカストロス王国跡に向かったですぅが」

「そうか! 陸路を往けば国々の関所を通らなければならないし、通行書や税金を払わなければならないんだよなぁ……、それはいいとして手続きに日数が掛かるんだよなぁ」

 チッチは困ったように小首を傾げた。

「どうやって空から西側の国に入るの? 空を飛ぶ幻獣、それも三人乗せて尚且つ距離を飛べる強い幻獣でなければダメよね……となると竜族かしら」

 チッチの事情を知らないルーシィーが他意なく言葉を発した。その言葉にチッチは仕方ないと言った顔をしアイナの顔を窺った。

 アイナは始め、きょとんとしていたが首を横に振った。

「嫌なのか? 封印を解く儀式が」

「封印?」

 ルーシィーが不思議そうに二人を交互に見やった。

「な、なな、何でもねぇですぅ……」

 つい先程まで横に振っていた首をアイナは再び振り出し、肩から掛けた鞄から角笛を取り出した。

「それは角笛。幻獣でも呼び出すのか? それなら俺も特別な角笛を持っているが、特別な故に時と場合を良く考えて使わなければならないんだなぁ。これが」

 碧眼を反らしながらチッチは角笛を見せた。

「それは強い力を行使すると言う事ですね? チッチくんに何らかの反動が帰って来るか、一度使うと次に使うまでに時間を要する。と言ったところでしょうね?」

「まぁ、そう言う事だ」

「なら、チッチさんの角笛は使わない方がいいですね。アカデメイアの森に入れば、何が起こるか分からない。ましてや臍からの進入となれば尚更です」

「何でだぁ?」

「先程、話した通りアカデメイアの南端に部族を構える者たちにとって臍は聖地に等しいのです。監視こそ居ませんが今も尚、侵入者を許してない理由はその後、何十年間もその者たちがその場所を守り抜いていたからです。もし、アカデメイアの森に入れたとしてもその者たちが、きっと阻みに現われるでしょう。その時にチッチくんの戦闘能力、その他の手段は温存しておいた方が良いと考えます」

「逃げるのは得意だ。角笛を使えば尚更なぁ」

「ならば、尚更です。戦闘を避ける事は不可能だと私は考えます。もし、その場を守っているのが私たちカルバラの民でもそうするでしょう」

「そうか、で、アイナの角笛はいったい何を呼ぶ事が出来るんだ? 角笛を出したと言う事は空を飛べる何かと言う事だろ?」

「そうですぅ。アイナの持って来た角笛は“竜”を呼ぶ、竜の角笛ですぅ」

「何だ。なら俺が――」

「黙れ! 右眼包帯!」

「そんなに嫌か? 封印を解く方法が……」

「あっ! ……そうじゃないようで、そうでもあるようで……ですぅ」

 アイナが口篭りながら言葉を濁し後を続けた。

「ア、アイナには、ほら! シオンが居るですぅし……べ、べべ、別にチッチの事が嫌いとか嫌とか、その……あれの力は今のチッチには危険過ぎるですぅ」

 チッチはアイナの白金の髪を撫で微笑んだ。

「心配してくれてるのか?」

「……えいっ!」

 アイナの気合と共に爪先がチッチの拗ねを直撃する。

「誰がお前なんぞの心配なんかしてやるですぅかぁ!」

 怒った風もなく、顔を赤らませ悪態を吐くアイナの白金の髪をチッチはもう一度撫でた。

「素直じゃないなぁ」

「ふぅん!」

「仲がいいのね。お二人さん」

 ルーシィーが苦笑いを浮かべ二人を見ていた。

「よし! アイナの角笛で竜を呼んで、そしてアカデメイアの森に行くとしようか」

「アイナが呼ぶ竜を見て腰抜かすなですぅ!」

 アイナが得意げに腰に両手を置くと控えめな胸を張った。

「楽しみね! 私、竜は何度か見てるけど、どんな竜が来るのかしら。 余程、立派な竜が飛来して来るのでしょうね」

「そりゃ楽しみだ」

 チッチは碧眼を反らし何時ものやわらかい微笑でアイナに微笑み掛けた。


 アイナはチッチの微笑を満面の笑みで返し、良く晴れ渡った大空に向け角笛に息を吹き込んだ。


 To Be Continued

最後までお付き合い下さいまして誠にありがとうございました。


次回もお楽しみに!

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