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箱庭のユートピア  作者: 劔
1章 森の祭り
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第ニ話

 森に住む民全員の長、それが「お婆」である。お婆の正確な歳を知っているのはごく一部だが、全員が森で一番年寄りだと知っている。各集落の運営までは各村長に任せているが、森全体的な祭りなどはお婆の指示によって決まる。また、めったに屋敷から出ないのに、森全体の出来事を知っていて、天気予測から失せもの探し、豊作か凶作などをほとんど外さないことから、森の民全員から崇拝されている。そしてサラはある理由によってお婆を尊敬しつつも本当の祖母のように慕っていた。



 サラ達がいる集落はお婆の屋敷に最も近く、集落の外れにある染色小屋から歩いても一時間程で到着した。

 お婆の屋敷は大人の背丈を軽く越える木の柵に囲まれており、外からは中は見ることが出来ない。屋敷に入るには、四方に槍使いが常駐する門があり、自分たちの集落に近い門を使い、槍使い達の許可を得るのが必要となる。

 「花守のユキです。祭りの飾りを持って来ました」

集落名と己の名を告げ、ユキは首に革ひもで吊り下げていた身分証と通行証を門番に見せる。すぐに許可が出たのでユキは「門の向こうにいるね」と先に門の向こうに姿を消した。サラもユキに習って身分証を見せるが

 「花守のサラです。……あれ? 身分証の字が……」

木の板に焼き印と特別なインクで書かれた文字のうち、インクの文字が薄れて読み取りにくくなっていた。見やすいように、とサラは首から身分証を外し門番に手渡す。受け取った門番は二十代くらいの若者だったので、消えかけた字をすぐに読み、微笑みながらサラに身分証を返した。

 「読みにくいけど、君は『黒髪のサラ』だろう? 間違えようもないし、入っても大丈夫だよ」

 「ありがとうございます」

無事許可がもらえたので、サラはほっとしつつ門番にお礼を言ってから門をくぐり、先に門を通ったユキの元へ駆け寄った。

 「ユキ姉さん、お待たせしました」

 「私は大丈夫だけど、何か問題でも起きたの?」

歩きながら、と手で示したユキに頷き、サラは目的地に向かいながら身分証の字について話す。

 「……インクかぁ。後でお婆さまに聞いてみたらどう? インクの方はお婆さまが書いてるものだから」

 「あ、そっか。ここにしかないインクだからお婆さまが書いてるのね」

 お婆がいる建物までは門から二十分ほどかかる。お婆の元に辿り着くまでは、いくつかの建物の脇を通って行く。門の中には武器の持ち込みが禁じられているため、集落間の会議に使われる建物や宝物庫、祭りの道具の保管庫などが建てられている。

 お婆のいる建物に着くと入口にいる女官にユキは名乗る。

 「花守のユキとサラです」

 「通行証はお持ちですか」

ユキが通行証を見せると二人はすぐに奥の部屋へ通された。通行証はお婆が用事を頼んだ者に渡されるので、これがあるとすぐに面会許可が出るようになっている。女官に案内してもらい、サラたちは長い廊下を進み、面会室に入る。

 「花守のユキとサラだね。通行証ありということは祭りの飾りかい?」

 「はい。明日には全て完成しますが、一部完成したので『祭りの倉』に納めさせて頂きたく持って参りました」

ユキは持ち込んだ飾りをカゴごと、案内をしてくれた女官に渡す。女官が中身を確認してからお婆の前にある机に広げる。

 「いい出来だね。倉の鍵は……」

お婆が机の抽斗から鍵を見つけると同時に女官が飾りをカゴに元通りに戻す。

 「鍵はこの風音に持たせるから、倉に納めておいで。風音、倉まで案内を頼むよ」

 「ありがとうございます」

 「わかりました。では行って参ります」

二人はお婆に向け一礼すると部屋を出ていく。サラはその場にとどまった。

 「おや、サラは違う用事かい?」

 「はい。私はこの身分証をお婆さまに直して頂きたいのです」

サラは身分証を取り出し、風音と入れ替わって部屋に入った女官に渡す。お婆は身分証のインクが消えかかっているのを見ると

 「これは……少し時間がかかるから蔵書室で待っていてくれるかい?」

 「? わかりました」

 「何だったら一度ユキと倉に行ってから戻って来てもかまわんよ」

 本好きのサラは一瞬迷ったが、年に一度入れるかわからない倉に入れる機会を逃したくないと思い

 「ではユキ姉さんと倉に行ってから戻ってきます」

 「ああ、今なら入口で追いつくだろう」

目元に笑い皺を寄せたお婆に見送られてサラは面会室をあとにし、元来た道を小走りで迷わず戻る。

 「ユキ姉さん!」

 「サラ。もう身分証は直ったの?」

ユキの後ろ姿を見つけ、走りながら呼ぶとユキ達は立ち止まって、サラが追いつくのを待ってくれた。小走りとは言え、面会室から入口までは距離がある。息の上がったサラが落ち着くまで二人が待ってくれたので、サラは歩きながら話す。

 「身分証を直すには時間がかかるって。待ち時間で倉を見てみたいと思って追いかけてきたの」

 「そっか。サラは倉に行くの初めてだったかしら?」

 「う~ん。一回入ったと思うけど、あまりよく見れなかったから、もう一度見たくて」

 風音が先頭を歩き、二人はその後ろについていく。倉の集まる場所に着くと、二人には見分けがつかない倉と鍵束から、風音は目的の倉の錠を開ける。

 「開いたわ。中に入りましょう」

 「ありがとうございます。サラ、入りましょう」

 倉の入口で風音が戸を押さえている。ユキに続いてサラは倉の中に入った。

 「わぁ。倉の中でも結構明るいのね」

 「木の組み方を工夫しているのよ。この中は採光や湿度も年中一定になっているわ」

木材を組み合わせて造られた倉は書物が読める程度に明るく、さらりとした空気で満ちていた。平屋の中はサラの頭を越える仕切られた棚がいくつか在り、ユキはそのうちの空いている一つに持って来た花飾りを納める。仕切りにはラベルのある箇所がある。

 「『プリムローズ』?」

 「染色に使った種類ごとに分けているの。ラベンダーはあるけどジャスミンはないわね……」

 ユキが倉に来たのは在庫の確認をするためだったらしい。棚を一つずつ見だしたのでサラは興味を持った部分だけ見て、入口付近でユキを待った。

 「サラはもういいの?」

 「ええ。今は見ても意味が分からないものが多いもの。……あの、あの場所が何に使うのか風音さんは知っている?」

倉の隅に長いカーテンで仕切られた一角がある。その近くの棚は他より横長に仕切られており、その違いがサラは気になった。

 「あそこは多分舞装束を納める場所ね。しわがつきやすいものは小さくたたみたくないから」

 「そうなの……教えてくれてありがとう」

横長の仕切にはまだ何も置かれていない。サラは一度だけ遠目に見た舞装束の形を思い出そうと記憶をたどっていると、確認を終えたユキが戻ってきた。

 「お待たせしました……」

 「ユキ姉さん確認出来た?」

 「ええ。同じ種類を作り過ぎたら、余ってしまうから確かめられて良かったわ」

 「じゃあ戻りましょうか。ユキさんは直接門に戻りますか?」

 「ええ。だから途中まで案内お願いします」

ユキが倉から出ると風音はすぐに鍵を掛ける。そして来た時とは少し違う道を通って、先導する風音に二人がついていくと、すぐに門が見えてきた。

 「じゃあ私は先に村に帰ってるわ。サラ、帰り道気を付けてね」

 「ええ。ありがとう、ユキ姉さん」

門を通るユキを見送ってから二人はお婆の屋敷へと戻った。

 「先に戻ったことを伝えてくるわ。少し待ってね」

お婆の部屋に向かう途中で、風音はサラに待機するよう言いおいて行く。本棚のある場所だったため、サラは気になった本に手を伸ばしそのまま読み始めた。

 「……サラ?」

 「あ、気付かなかったわ。待たせてごめんなさい」

肩を軽く叩かれ、ようやくサラは本から目を上げる。本を元の位置に戻し、風音と正面から向き合う。風音は軽く肩竦めてからサラに背を向けて歩き出した。サラは風音の肩口で揺れる頭覆いの端を見つつ後を追う。

 「風音です。サラを連れて来ました」

面会室の入口で風音が声を掛けると内側から扉が開いた。風音に先導されてサラは部屋に入る。

 「サラ、久しぶりだのう。花飾り作りは順調に進んでおるかい?」

 「花飾りは今日無事に作り終わったわ。お婆さまもお元気そうでよかった」

サラは部屋に入るとすぐにお婆の笑顔に迎えられた。先ほどユキと共に面会した時よりもお婆の笑顔は優しげで、身内のみの時に浮かべる表情だった。それにつられてサラの口調も崩れる。

 「ああ、風音、椅子をここへ。サラ、近くへおいで」

 「「はい」」

風音は部屋の隅からサラに合った椅子を運んできてお婆の机のそばに置く。そしてお婆に向け、一礼すると部屋から出ていった。

 「サラ、そこへ座りな。それと、少し手伝ってもらうよ」

 「? はい」

身分証を書くだけに自分の手伝いがいるのだろうか。サラは疑問に思いつつ言われた通りにいくつかの道具を言われるまま並べる。

 「……そう、次は中央の器を両手で包んで。そのまま動かないでおくれ」

 「……はい」

水の入った器はガラス製だ。両手で包むと指先が触れ合う大きさで、真上から見ると形はまん丸、しかし横から見ると中央が膨らんだ形をしている。その膨らみ部分まで薄紅色に色づいた半透明の水が入っていた。



 「―――運命よ、その色を示せ」



 お婆は黒塗りの棒を器の底につかない程度に差し込み、くるりとひと回しするとすぐに取り出す。僅かに水面が波打った。

(……あれ? )

サラは水面がすぐに凪ぐと思って表面を見つめる。しかし微かな波紋は次第に大きくなってゆく。表面には渦が現れた。そしてその渦が竜巻のように全体に広がり、しばらくして消えると水の色が変わっていた。

 「……あぁ、やはりこの色か」

 「お婆さまはわかってたの? 」

 「さてね。そのまま手を離すんじゃないよ」

薄紅色の水色は不透明な紫色に変化していた。お婆は黒檀の軸で白毛の筆を取り出すと、入れ物の変化した色水を吸わせる。筆先が薄紫に染まると、その筆でサラの身分証に書きつける。

 「もう手を離してもよいぞ。片付けを手伝ってくれるかの? 」

 「はい」

再びお婆に従って道具を元の状態に戻す。それが終わるとお婆の正面の椅子に座るよう指示される。

 「ああ、それではなく、こっちに座りなさい」

正面、と言われてサラが座ったのは貴重な樫の丸太から削り出され、背面にこの杜のシンボルの大樹が彫り込まれている椅子だ。丁寧な彫りは、同じものを作るには数年かかる。そして長く大切に使われた証として、傷の無い表面は柔らかに光を反射していた。

(布張りの椅子ってことは……話は長そうね……)

樫の椅子はここで大切に受け継がれてきたが、座面が硬いため長時間話すには向かない。

サラは布張りの椅子へと座り直す。程よい弾力とクッション付きの背もたれが、腰を支える。座面も柔らかく、長く話すことがわかっているとき、お婆は相手にこの椅子を薦めるのだ。杜の伝承がモチーフとして刺繍された背面に目を奪われかけ、サラは慌ててお婆の方へと意識を切り替える。目が合うとお婆は目尻を下げてサラを見ていた。

 「サラは本当にここの装飾が好きだの」

 「すみません……」

 「いいや。この部屋の主としては嬉しいことだよ」

目元の皺を更に深めつつサラの対面にお婆が移動する。

 「さて、いくつか説明せんといかんのだが、……その前に確かめたいことがある」

 「はい」

サラはピンと背筋を伸ばし、真っ直ぐにお婆の目を見る。





「……サラ、この杜に来るまでの記憶は取り戻したかい? 」


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