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箱庭のユートピア  作者: 劔
序章
1/3

0話 「逃亡」

 昼過ぎになって空を厚い雲が覆い始めたが、まだ雨が降る気配は無い。出窓から見る空に今晩は星空が見えない、とセナが空を見上げつつ残念に思った時、砦への侵入者を告げる鈴の音が鳴り響いた。

 「―――セナ! 無事か!? 」

 部屋に飛び込んできた少年が知った顔だったため、セナは隠れ小部屋からそろりと顔を出した。

 「セイっ? 外で一体何が――」

 「盗賊だッ。逃げるぞ、つかまれっ」

 彼女に駆け寄った彼が差し出した手を、セナがつかまえると同時に二人は走り出した。




 二人は屋敷の裏手にある森に逃げ込んだ。木々が密集するここは、昼間でも薄暗く大人ですら奥には行かない場所だ。しかしここを普段の遊び場にしていた二人は、森の奥や、夜でも目的場所に辿り着けるほどよく知っていた。今の黄昏時は二人にとって灯りの要らない時間でもある。だが森に入ったのを見られたらしく、セイが追跡者がいるのに気づいた。セイは岩穴に辿り着くとセナに言った。

 「追手を少し足止めしてくるから、ここで耳をふさいで隠れてて。少なくとも音が聞こえる間は動いてはダメだ」

 セナは走りすぎて頷くので精一杯だった。それでも言われたとおりにするのを見て、セイは安心させるように一度微笑み、岩穴から出て行ってしまった。


(それにしても遅いわ……。大きな音はもうしないし、様子を見に行こうかしら)

 しかし予想よりもセイの帰りが遅い。時間がたつにつれ、不安が波のように押し寄せる。セナは岩穴からそろりと顔を出し耳を澄ます。しかし、風は葉擦れの音のみを運んでくる。動物の気配すら無く、更に不安が募る。岩穴から出て、大きな音がしていた方へと震える足に力を込めて向かう。そしてセナは息を吞んだ。

 何本かの木が切り倒され、

 あたりには強い鉄さびの臭いが漂う。

 十数名の大人が地に倒れ、

 様々な武器が持ち主の手を離れ、落ちている。

 元々薄暗い森の中

 倒れたモノが黒い影で浮かび上がる

 黒と灰色

 その二色のみの視界に

 白い輝きがあった。


 「――――――セ、イ? 」


 力が抜けて尻餅をついた彼女は、瞬くことも出来ずに答えを求めて二つの音をこぼす。こぼした音はとても小さくて、でも音の無い静けさの中で相手に届けるには十分だった。

 ただ一人、セナに背を向けて立っているひとが振り返る。

 それがセナにはひどくゆっくりに見えた。

 白銀の頭が動き、鮮やかな赤の瞳がセナを捉える。

 その瞳が驚きで見開かれると同時に、彼はセナに駆け寄ってきた。

 「セナ! どうしたっ。怪我でもしたのか?! 」

 「けが、無い、けど。動け、ない」

 首を振りつつ答える。まだ頭が真っ白でうまく言葉が紡げない。首は動いたけれど他には全く力が入らない。

 その時、一つの黒い影が動いた。

 「―――よくもセイのくせにっ」

 「セイっ」

 音で気づいた彼が影と向き合うのと、彼女の悲鳴は同時で。次の瞬間、再び影は地に斃れた。立ち上がれない彼女の目線はいつもよりも低くて、何が起きたのか見ることはなかった。けれど再び膝をついてセナと目線を合わせてくれた彼を見て、彼女は凍りついてしまう。

 見つけてしまったのだ

 さらりと流れる髪が不自然に固まっているのを。

 服に鉄さびの臭いがするシミがあるのを。

 そして、

 白い頬に赤い滴が飛んでいるのを

 それらと、黒い影達が意味するものに気付いてしまった。

 「セナ? 」

 答えぬ彼女を心配して、彼は手を伸ばし彼女の左手に触ろうとした時、

 「―――ッ! 触らないでっ」

 反射的に立ち上がり、左手を右手で包みつつ彼と距離を取る。立ち上がると目の奥から涙が溢れて止まらなくなった。

 どうして彼を恐いと思うのかわからない。

 彼はいつもセナに優しくて、今も心配してくれているのがわかるのに。

 どうして彼の手が冷たいと思ったのかわからない。

 寒さにこごえるセナの手を、包んで温めてくれた彼の暖かい手を誰よりも知っているのに。


 「セイ、」


 どうして

 どうして

 

私を殺さないの?


貴男(あなた)を知る生者は

もう、私だけなのに


 「セイ」


ぼろぼろ涙を落として泣く少女は動けない


 「セナ」

膝をつき、しゃがんだ姿勢から彼は首だけを動かし、彼女を見上げる。

 「な、に」

 「ありがとう、俺に夢のような時間をくれて」

 そう言いつつ彼は笑みを浮かべる。でもセナにはそれが彼が泣くのを堪えているように見えた。

 「どうして、セイが泣くの? 」

 彼が泣くのを止めたくて一歩彼に近づく。残りは一瞬で彼の方が詰めてきた。背丈があまり変わらないので立つと自然と目線が合う。

 「ごめん、触るね」

 そう言って額を合わせると彼は目を閉じる。いつもと変わらぬ彼の行動に恐怖は感じず、いつの間にか涙も止まっていた。

 「セイ、何かあったの? 」

 「…………うん。セナ、」

 「なに?」

 「俺はたくさんセナから貰ったのに一つしか返せないんだ」

 「……? 何かあげたっけ?」

 「幸せな時間だったよ。俺にくれる人は他にいなかったんだ。でも、―――」

 「?」

 「睡って『セナ』。今は夢だ。だから目覚めた時に君は、『忘れて』」



 窓からさし込む朝日に私は目を覚ます。上体を起こし腕を伸ばして、薄緑色の毛織の遮光カーテンを開ける。白い刺繡入りのカーテンにも手を伸ばしたら、朝焼けの光が眩しくて、思わず目を細めた。

 「何か夢を見た気がするけど……覚えていないし、まあいっか」

 両手を天井に向けて伸ばしてからベットから降りる。起き上がり朝の準備を始めると

 「サラ(、、)! 起きてる? 朝食出来たよ~」

 「ありがと! 今行くね!」

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