目覚めよと呼ぶ声あり
説明長いかもしれない
ほんの少しの間、目を瞑っているつもりだった。
それは止まらない思考の渦をとめるため、決して眠ろうとした訳ではないのだ。
だがしかし、彼は今まで自分の意識が遠のいていた事に気づいた。
(砂浜で眠るとは危ないところだった。今までこんな事はなかったはずだけど、少し感傷に浸り過ぎたかな。)
と、そこで彼は違和感を覚えた。
まず、意識は覚醒しつつあるのに、目を開けるのがいつにも増して億劫だ。
次に、波の音が全く聞こえない。
さらに、聞きなれない言葉が頭の中に渦巻き始めた。その上謎の浮遊感に襲われる。全身が怠くて動く気にならない。
(もしかしてこれ、誘拐とかされてないよな。
船か車か分からないが乗り物に酔ったみたいに気持ちが悪い。)
危機感を覚えた彼は、懸命に瞼を持ち上げる。
そこで彼が見たものは、自分を覆うようにして光り輝く幾何学模様だった。光が強すぎて、ここがどこなのか周囲の様子を伺うことは出来ない。
「な、なにが、、、」
戸惑う彼をよそに、浮遊感と倦怠感が増していく。ついに彼は、意識を保つことすら困難になり、不安を感じつつも目を閉じた。この不思議な現象について彼の記憶にあるのはここまでである。
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「――よ、勇者よ、お目覚めくだされ
勇者よ、どうかお目覚めくだされ。」
(む、むむ、、、豪華な天井が見える。
というか誰かに起こされている。この状況は一体なんだ。意識が戻ったことを素直に伝えて危険はないだろうか。いや、もう目を開けてしまったし、なるようになるか。)
未だ状況がつかめないまま、日野大河は近くにいる老人に、自分の意識が覚醒したことを告げる。
「あっはい、今起きました。ええと私はこの場所を知らないのですが、ここは一体。」
「急なことで混乱されるのも無理はありません。私はダイゴンと申します。以後お見知り置きを。」
ダイゴンと名乗る老人は、大河の質問に対して見当違いな回答をしながら一礼した。
「あっこれはご丁寧にどうもダイゴンさん。それでここはどこなのでしょうか?」警戒を続ける大河は自分から名乗ることなく改めてこの場所についての説明を求めた。
「ここはエルドリア王国の王城の一室でございます。この部屋は主に国賓をお招きする際に使われるものになります。お体の方は問題ありませんでしょうか?」
「そうですね。特に痛む所はないみたいです。しかし、私はなぜ王城の貴賓室に居るのでしょうか?」
本当はエルドリア王国なんて聞いたこともないが、そんなことを言って誰かを不機嫌にしたら大変なのでこれについては言及しない。
「それにつきましては国王陛下も交えたご説明の場を用意したく存じます。つきましては、ご起床後間もないところを恐縮ですが準備をさせて頂きます。」
そう言って、丁寧な割に有無を言わせない態度で用意された服に着替えさせられた後、廊下を案内されている。
(王城というだけあって壁や天井にも意匠が凝らされている。いきなり国王との面談とのことだが、今の自分の立ち位置もよく分からないし、取り敢えずはひたすら畏まっておくとしよう)
そんなことを考えていると、重厚感あふれる扉の前に到着する。老人と門番が何やらやりとりしたのち、 ギギギ と音を立てて扉が開かれた。
奥には明らかに高位の人間が座すであろう椅子が備え付けてある。そこに居るのは、4,50代と思しき立派な髭のおじさまである。おっさんという雰囲気ではない。
「陛下、勇者殿がお目覚めになりましたので、お連れ致しました。」そう言ってダイゴンが頭を下げるのに合わせて、大河も頭を下げておく。
「よくぞ参られた勇者よ。貴方は国賓としてこの国にお呼びしているのでどうか顔を上げて欲しい。ダイゴンも頭を上げよ。」
国王の呼びかけに対して応えて大河は顔を上げる。
(改めて見ると存在感のある人だ。怒ったら体育教師より絶対怖い。というか、さっきから勇者ってどういう意味だ?)大河がそんなことを考えていると、ダイゴンが喋り出す。
「陛下、早速ですが私の方より勇者殿にご説明をしてもよろしいでしょうか?」
「うむ、そうせよ。勇者殿は楽にして聞いて欲しい。」
国王がそう言うと、脇に控えていた兵士が椅子を持ってきたのでお言葉に甘えて座らせてもらう。大河が椅子に座るとダイゴンが説明を始めた。
――以下、ダイゴンの説明が続く――
「先程陛下が仰られた通り、我らがエルドリア王国は国賓として勇者殿をお呼び致しました。その具体的な方法と致したしまして、王家に伝わる『勇者召喚の儀』を執り行いました。王家の伝承によれば、勇者殿のおられた世界と、この世界は異なる世界であると言われております。
この『勇者召喚の儀』を行うことで、極めて強い力を持つ、言わば勇者と呼ぶに値する人間を異なる世界より呼び寄せることが出来るとされております。その力はまさに一騎当千、万夫不当とも言われておりまして、この世界において敵うものが居ないとされています。
この度エルドリア王国が勇者殿をお呼びした理由と致しましては、この世界の人間が存亡の危機に晒されている為です。
この世界の構成は主に、人が住む世界と魔の者が巣食う魔界の2つに分けられます。この魔界ですが、古来より地の底にあるとか山脈の果てにあるとか様々な説がありますが未だその場所を把握できていないのが現状であります。
いずれにせよ人の世界と魔界とは容易に往来が叶うものではなく、したがって魔の者と人が互いの存在を意識することは通常ありませんでした。
しかし2年前、突如として現れた魔の者の大軍が、人の世で3番目の国力を有するとされたトーラス王国に侵攻を開始しました。前触れも無しに侵攻を受けたトーラス王国は1ヶ月で国土の1/4を占拠されました。
この状況に対して、我がエルドリア王国を始めほぼすべての国々が物資と人員を支援しましたが事態は好転せず、今に至るまでにトーラス王国の実に3/4が魔の者の手に落ちました。
我々も手を尽くしましたが、未だに奴らの領土拡大を止めることができていないのです。そこで、勝手ではありますが勇者殿のお力を賜りたく思い、こうしてお呼びした次第であります。」
――ここまでダイゴンの説明――