キルメーダ砦
冷たい北風が耳元で唸りを上げる。
空は高く澄み渡り、遠くの山脈はうっすらと白い衣を纏っている。
(ずいぶん遠くまで来たものだ。王城の景色とはえらい違いだ。)
自然の雄大さに感嘆している大河だが、彼を取り巻く環境は景色以外も大きく様変わりしていた。
魔導の基礎を修めてから数日後、大河はトーラス王国の砦にいた。
「皆さん、これからお世話になります。大河です。よろしくお願いします。」
「おう、話は聞いてるぞ。ようこそ新人! 俺が小隊長のトルーガだ、よろしくな。
こいつらは隊員のデミル、カストス、ホイグ、コリム、みんな精鋭ぞろいだ。
おまえら、仲良くしてやれよ!」
「細いな若造。小枝みたいな腕しやがって。戦場では軟弱者から死んでいく。
肉を食え。体を鍛えろ。」
「それは違うねデミル。真に優秀な魔導師は無駄な筋肉をつけないものさ。
必要な時に必要な量の魔素で己を強化するのが最も効率がいいんだ。
いらない筋肉をつけたって余分な体力を消耗するだけさ。君もそう思うだろホイグ。」
「好きにすればええべ。まず死なねこと。次に勝つこと。これができれば自分の好きにするのが一番だ。」
「なんでもいいけど、隊長と僕の足は引っ張らないでくれよ。
一人で死ぬのは勝手だけど、巻き添えを喰らうのだけはまっぴらごめんだ。
最低限、指示されたことは守れよ。分からないことは自分で判断せず、絶対に誰かに確認しろ。新人の勝手な行動はろくな事にならないからな。」
各々の口上を聞きながら、大河は数日前の事を思い出していた。
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「え、実践訓練ですか。」
大河は、スイロンから告げられた内容に思わず声を上げた。
「はい。今の大河様であれば、基礎的な魔導の行使は問題ないと思われます。したがって、今後しばらくは実際にエルドリア王国の任地となっている戦地の1つにて、経験を積んでいただく予定です。」
突然の話に、大河は己の耳を疑った。
「戦地って、それはつまり魔の軍勢と戦ってるトーラス王国の前線に向かうってことですか。」
「はい。魔の軍勢との戦いがどの様なものか実際に経験されることで、得られる知見もあるでしょう。戦いは習うより慣れよです。」
「、、、でも、国によっては戦線を維持できなくなるような戦場って、最悪の場合、その、命に係わる事態にになりますよね。ちょーっと気が早くないですか。」
「たしかに、万全を期しても運が悪ければ命を落とすのが戦場です。それでも今回は、比較的 戦局が安定している地域を選びました。大きな失敗を犯さないかぎり、そうそう致命的な結果にはならないでしょう。
また、今回は実践的な経験を積んでいただくため、大河様を既存の小隊に編入します。隊長の指示をよく聞いて任務に当たってください。」
ただでさえ不安が募っている上によく知らない隊へ編入されることを聞いた大河は、心臓が早鐘を打つのを感じた。
「ちなみに、スイロンさんとは別行動になるんですか。」
「私も目の届く範囲で監督するつもりですが、基本的に手出しはしない方針です。自分の身は自分で守るという基本を肝に銘じておいてください。小隊内での役割や動きは隊長に一任しています。普通の小隊は現場経験豊富な6級魔導士が隊長を担うことが多いですが、今回はより実力の高い5級魔導士が小隊長を務める隊に所属していただく予定です。」
「ほえ~」
いろいろ質問したいことがあった気がするが、突然もたらされた情報に頭が追い付かず、大河がそれ以上言葉を発することはなかった。
「出発は本日の昼前を予定しています。兵站部隊と共に数日かけて移動します。大河様にも馬を用意しますので朝食が済み次第、演習場横の馬小屋にいらっしゃってください。」
その日の朝食はあまり味がしなかった。