立場
続きを上げるのが遅くなってしまった。
夜のとばりが下りた。
大河はベッドで横になりながら今後のことについて思案していた。
(これまでは、日々の鍛錬についていくのがやっとで特に考えてもいなかったけど、
このままこのエルドリア王国の国賓に甘んじているのが最善なんだろうか。
勇者の召喚が王家に伝わる秘術なら、過去にも勇者が召喚されたことがあるのか?
仮に先代の勇者がいたとして、その人はこの世界に骨をうずめたのか?
『別の世界から来た勇者』という概念は他の国にもあるんだろうか。
今後勇者の存在が公になった場合、他国は自分のことをどう見るんだろうか。
国王は魔の軍勢から人類を守るために勇者召喚をしたというけれど、実際のところ
何が狙いなのか。具体的に俺に何をさせようとしているのか。)
今日の大河は珍しく、疲労のわりに目がさえて眠れなかった。
今までは疑問があっても、翌日の体調を優先してあまりじっくりと考えてこなかった。
しかし今夜は、頭の中を駆け巡る思考の渦に身を委ねてみようと思った。
(そもそもなぜ、何の力も持たない人間が別の世界に来た時に特別な力を得るのかも謎だ。
一度元の世界に戻ってから、再度この世界に来たら勇者の力とやらは往復分も加算されて3倍になるのか?
自分の勇者の力も、未だに全容がつかめていないのは不安があるな。
最初は魔法がある世界なんてちょっと興奮したけど、スイロンさんのような魔法の熟練度の人間が
両手の指で収まらないほどいるこの世界では、はっきり言って俺の力なんてたかが知れてる。
エルドリア王国が今後も今のような待遇を続ける保証もない以上、頼みの綱は勇者の力しかない。
何かあった時のことを考えると、勇者の力について逐一共有するのは避けたほうがいいのかもしれないな。
しばらくはここで訓練をさせてもらうとして、勇者の力はスイロンさんの前だけで練習すると
筒抜けになりそうだから、寝る前に自主練でもするか、、、明日から)
寝返りを打って、窓から差し込む月明かりと、窓の格子がつくる影をぼんやり眺めていた大河は、
ふと違和感を覚えた。
(あれ、なんか影の形がおかしいような)
不自然に思った大河は布団を払いのけベッドを下りると、窓を開けて身を乗り出した。
「なっ!!」
夜空を仰いだ大河の目に映ったのは、まばゆい光を放つ2つの星だった。
「この世界は月が2つあるのか!」
座学でこの世界の天体のことは教わらなかった。夜は食事と睡眠をとることしか頭になかった。
きっとこの世界では子供でも知っているであろうことを、大河は今まで知らなかった。
「なんてこった。」
大河は、目の前の光景への純粋な驚きと共に、自分が知っているこの世界の知識の少なさに驚いた。
「どうやら俺は、『健康で文化的な最低限度の生活』を営めていなかったらしい。
いや冗談は置いておいて、せっかく別の世界に来たんだから、やっぱりいろいろと
自分の目で見て回らないともったいないな。」
よろよろとベッドに戻りながら、大河は決意した。
「定休日をもらうか、全部終わってから観光しよう。」
決意を胸に大河は目を瞑った。