性質付与と生成魔導
体外魔素の操作は難しい。
体内魔素を操作するのが自転車に乗れるようになることだとしたら、体外魔素の操作は、階段の手すりの上を一輪車で通行するくらい難しい。
そして大河は、一輪車に乗るのが得意な人種だった。
「あの、スイロンさん。魔素の循環ってこんな感じでいいんですか?」
演習場の片隅で大河はスイロンから体外魔素の扱いを習っていた。
「ええ、よくできています。しかし驚きました。今まで数多くの魔導師を指導してきたつもりですが、ここまで飲み込みの早い生徒は5人くらいしか思い出せません。今までの遅滞が嘘のようですね。」
スイロンに賞賛されて大河は鼻高々といった感じだ。
「いやぁ、俺としてもここ1ヶ月の修練は結構頑張ってたので、その成果が出たのかもしれませんね。これで俺も身体補助とか身体強化とか出来るようになるんですよね?」
「そうですね。そのために改めて魔導について簡単な復習をしておきましょう。
魔素の循環が出来るようになったら、次の段階として魔素へ性質付与を行います。これは名前の通りの作業で、自分が扱っている魔素に何らからの性質を持たせるものです。
高い弾性を持たせればバネのような働きも再現できますし、硬度を高めれば体を守る防具のようにすることもできます。身体補助や身体強化は性質付与の一例と言えますね。
この性質付与を発展させたものが生成魔導になります。この魔導は、炎や風などを魔素によって再現する魔導になります。どうやら先天的な適正があるようで、再現できる現象や物質の得手不得手が明確に存在するようです。」
ちなみに、と言ってスイロンは一陣のつむじ風を起こしてみせた。
「おお」
大河は思わずパチパチと拍手する。
「水流を魔導で再現する事も出来ますが、気体と液体では密度が大きく異なりますので、消費する魔素の量も異なります。
このように再現する物質の質量や現象の規模によって魔導を行使する際に必要な魔素の量が変わります。
魔素の循環を素早く行うことができれば、扱える魔導の規模も大きくできますので日頃の鍛錬が物をいいますね。」
「じゃあ、次に習うのは性質付与ですね。」
「はい。身体補助で最初に覚える硬化から始めましょうか。」
―――
ガタゴトと揺れる馬車の中、王直属の執事であるダイゴンは鳩の足にくくりつけられた文を見てエルドリア国王に大河に関する報告をしていた。今は人理会議から帰還しているところである。
「陛下。勇者タイガの魔導修練につきまして、スイロンより報告が上げられました。ようやく魔素循環まで漕ぎ着けたようです。」
エルドリア王は、ダイゴンから文を受け取ると改めて自分で読み直す。
「『体内魔素の感知極めて難航。指導方針を体外魔素への作用に変更後は学習進度良好。魔素循環は問題なし。現在、性質付与の習得に励む。
――追伸――件の調査、未だ進展なし。』か、一時はどうなることかとやきもきしたが、さすがはスイロンの指導というところか。」
「魔導習得の目処がたったようでなによりでございます。あとは勇者の力を制御できれば、もはや言うことはないのですが。」
「ダイゴンよ、焦ったところで現状は変わらん。当初の予定からは幾分遅れてしまったが、大事なのは唯一無二の力を確実に手中におさめる事にある。今はまだ下地を作る工程なのだから、時間をかけてでも良い基礎を据えてやらねばならぬ。」
「陛下のおっしゃる通りでございました。どうやらこのダイゴン、先のことを憂うあまり気が急いていたようです。」
「とはいえ、場合によっては勇者の方が間に合わぬやもしれん。ニの策と三の策については出来る限り急がせるしかあるまいな。」
「御意。」
「コゾット、ドンゴル、ササノとの協議については外務大臣のザイツェフに一任するとしても支援は最低限の規模に収めたいところだな。王城に戻り次第、各部隊長を招集するとしよう。」
「陛下、やはり少し休まれた方がよろしいのではありませんか。少々お疲れの色が見えるように感じます。部隊長との協議は日を改めてからでもよろしいかと愚考いたします。」
「なに、休むならばここで休めば良い。
それに、」
と言葉をきったのち、エルドリア王はニヤリと口角を釣り上げてから言葉を続ける。
「善は急げと言うではないか。」