卒業なんてしたくない
本作品はフィクションです。
ここは沖縄県沖縄市の砂浜。日野大河は春先の海を眺めながら砂浜の上に置いたカバンに腰をかけていた。
「海は、広いな」当たり前の事を呟いていると、後ろから彼を呼ぶ声がする。「おーい、こんなところで何してるんだー」彼を呼ぶのは波照間信男。名前の通り信用に足る男である。
「やあ、信男。俺は今、海の広さに感動していたところさ。」彼の答えを聞きながら、波照間信男が近づいてくる。
「まーたよう分からんこと言ってるし。部活もしないでいつもこんなとこに居るのかよ。」そんな問い掛けをする波照間信男に対して、日野大河は顔を向けた。
「いつもではないさ。今日は海を眺めていたい気分だったんだ。ちなみに昨日は、庭のデッキチェアに寝転んで空を眺めてた。空はいいぞ、海と対を成すようでこちらも飽きがこない。」
「そんなことしてるから、部活もしてないくせに肌の色だけは一丁前な訳か。」大河に言葉を返しながら、信男は彼の隣に腰掛ける。
ザザーンと渚に寄せる波の音を聞くと、なんだか心が落ち着くのは大河も信男も同じである。
「部活大変そうだな。野球部だろ、タイヤとか引いてそう。」
「まあ、大変っちゃ大変だけど、好きでやってるからな。タイヤ引くこともあるし、この辺の浜に走りに来ることもあるな。」
「ところで信男は、高校卒業したらどうするんだ?やっぱ島を出て行くのか?」
「うーん、うちの高校がもう少し野球強ければプロも考えるけど、早めに負けたら大学受験かな、親が許せばだけど。今は取り敢えず野球に専念だな。」
「そうか、俺は地元でのんびり出来れば何でもいいな。この海は見ていて飽きない。」
ザザーン、ザザーンと波が寄せる。
「外に出る気は無いんだな。」信男が尋ねる。
「そうさな、誰かが残らなきゃいかんと思うし、俺はやっぱりここが落ち着く。旅行で出るのは嫌いじゃないけど、長いこと外にいると、きっとこの場所が恋しくなると思うよ。」
「お前の地元愛には敵わんね。俺もここは好きだけど、やっぱり外にも出てみたいな。たまに帰って来られるならそれでいいかなと思う。」
「じゃあ、卒業したらしばらくは会うこともないな。寂しくなるぜ。」
「おいおい彼女みたいなこと言うなよ、気持ち悪い。大体いまは、電話でもメールでもSNSでも連絡取れるんだから、そんなに悲観することもないだろ。」
「ああ、そうだな」
ザザーン、ザザーンと波が寄せる。
「さて、そろそろ俺は帰るわ。明日は朝から練習あるし。」そう言って信男は、砂を払いながら立ち上がる。
「そうか、俺ももう少ししたら帰るわ。じゃあな。」
「おう!」
そうして信男は近くに停めていたであろう自転車に跨り帰っていった。その後ろ姿を少しだけ見やると、大河はまた海を眺める。
(世の中は変化し続ける。周りの人間も、いつまでもそこにいるわけでは無い。当たり前のことではあるけれど、しかしそこに、どこか寂しさを覚える。きっと俺は変化を恐れているんだろう。
卒業したら就職か。そもそもまともな職につけるのか。考えるだけで億劫だ。卒業なんてしたくない。)
そこまで考えた末、大河はほんの少しだけ目を瞑った。