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手紙シリーズ(仮)

はじめから最後まで。

作者: あかね


 彼は笑って話を始めた。


 はじめからおわっていたはなしを。


■ □ ■ □


 彼女はセオドアと名付けられた。


 それはちょっとひどい名前じゃないかと子供心に思ったものだった。仮にも女の子だ。誰よりもおてんばで、頭の良いみんなの妹だったけれど。

 生まれた時はそんな事わからずに可愛い赤ちゃんだったはず。


 ……たぶん。


 彼は後に理由を知ったのはさらにひどい話だった。

 産後の肥立ちが悪く、セオドアの母はなくなった。その母親が決めていた名前がセオドアだったから、そのまま名付けられた。

 もし生きていたらもう少しマシな名前がつけれらだろう。

 さらに性別を偽って彼女に伝えなければ。


 跡取りの男の子が生まれたと安心して彼女はなくなったのだそうだ。


 そして、男の子の名前がついた女の子だけが残った。


 昔からセオドアには同情心があったことをアーロンは自覚している。その姉ソニアの婚約者であったにも関わらず。


 はじめにあったときは婚約者との初顔合わせだった。

 あまりぱっとしないと噂の少女は笑顔になると大変可愛かった。アーロンはその幸運をかみしめていた。

 父親同士の取り決めとはいえ、可愛いに越したことはない。

 素直そうなところも好感が持てる。可愛くない弟と比べるべくもない。


 顔あわせの好感触故にか二人で庭を散策に出ることになった。父親たちに追い出されたとも言える。


 ぎこちなく庭の散策をしている途中に現れたのは、少年だと思った。


 姉様とにこりと笑い、知らない人を警戒するように睨むさまは姉を取られたくない弟だと思った。

 セオドアと呼ばれたこともあり少年だと長く勘違いしていた。

 その家にいるのは姉妹だと聞いていたにも関わらず。


 ソニアとの関係は手紙や時々会うことで徐々に仲良くなっていった。そんな気がしていた。

 ただ、その頃から会うことが難しくなっていた。


 約束したにも関わらず忙しいと断られる事が多く、代わりにセオドアが相手をすることもあった。


 その頃には少女だと知っていたが、最初の印象が強く弟のようにしか思えなかった。輝くような美少女だったが、大変なおてんばではあった。


 もっとも、年上の男に剣術ごっこで勝つような娘がおてんばで済むかわからないが。

 普通よりも優秀な娘なのは小さい頃からわかっていた。


 ソニアには勉強もしない、遊んでばかりの悪い子と窘められていたが。

 たぶん、姉の前だから、だろう。


 無意識に姉よりも劣っているように振る舞う節があった。

 それは父親の意識にもあったように思う。


 今更、でしかないが。


 アーロンは二人の父親である辺境伯には嫌われていたように思う。あとで何故来てくれなかったのかと責められることもあったのだから。

 ちゃんと来て、でも断られて、セオドアの相手をしたことを傷ついたように言われても何がなんだかわからなかった。

 だから、段々疎遠になったのも仕方がない。


 手紙でそのことを伝えても本人には届かなかったようだ。

 逆に返事も出さない不実者扱いされるのは納得がいかなかった。


 ちゃんと届いていない、そう気がつけば別の手順を考えれば良い。

 セオドアへの手紙は全く問題なく届くようで、ソニアへ渡して貰い二人で手順を考えた。

 思えばあの頃が一番楽しかったような気がする。


 婚約者とその妹と自分。アーロンの狭い世界は彼が学院に入るまでの間だけだった。

 辺境伯になり損ねといわれるほど辺鄙な城伯でも貴族は貴族なので。

 周りは国境線沿いの領地なので、どこもかしこも辺境伯である。将軍職が世襲になり結果が辺境伯と言われるのでここら辺は基本的に脳みそまで筋肉が詰まっているような考えだ。


 つまり、学問をするようなところはほとんどない。良いところの生まれならば家庭教師がつく程度だ。

 アーロンは学院では相当の落ちこぼれだった。実技はともかく、授業について行くことさえ放棄したい気分だった。

 同様に入学したソニアが実力を認められているのとは逆と言って良い。

 それは少しばかり彼を遠ざけた。


 ほんの少しのそれがどうしても埋まらない溝になったことには誰も気がつかなかった。


 ソニアは婚約者を気にかけていたが、新しい知識に夢中だった。これで領地のためになることが出来ると。


 アーロンはそこで、ようやく気がついたことがある。

 彼は長子である。

 彼女は長子である。

 長子同士の婚姻は通常認められない。貴族の法に定められている。何故、気がつかなかったのかわからないほど明確な答えが最初からあった。


 最初から、婚姻などするつもりもなかった婚約であった。


 ソニアはまだ気がついていないようだった。


 ああ、そうか。

 自分と同じようにただの幼なじみを越えられなかったのだ。親愛や情はあるだろう。

 しかし、恋ではない。

 側にいて当然であっても。


 彼女の父親にただの虫除けとして使われただけのこと。

 踏みにじられたのは過去の自分。

 そこに怒りがあったことは自分でも意外に思った。この怒りをぶつけないようにアーロンからはソニアに近づかなかった。

 ソニアはそれにさえ気がついていないようだった。


 アーロンがソニアについて知っているのはそれくらいだ。

 気がついたときにがセオドアが学院に入学し、声をかける間もなく王子たちに囲われていた。


 声をかけようとすれば小さな動作で止められる。


 無事でいて欲しい。

 姉様と幸せになって欲しい。


 セオドアが落としたそのメモが無意味だと彼だけが知っている。


 アーロンはそれからしばらくの記憶がない。友人曰くひどく気落ちしたような、傷ついたような様子で手に負えなかったと。

 仕方がないから酒を飲ませて潰した。俺偉い、という請求書片手の友人をどうしてくれようと思ったところで仕方ない。

 自分の失態である。


 それが領地にいる父に知られ、呼び戻されしばらく戻ることは許されなかった。

 物理的に遠くまで訓練で連れて行かれてはムリだと、言い訳できるようだった。


 学院に戻ればセオドアは変わってしまっていた。


 ごめんなさい。

 貴方の可愛いセオドアはいなくなってしまったの。


 そのメモの意味がわかりたくなかった。


■ □ ■ □


「貴方だけは逃げて欲しかったのだけど」


 セオドアはため息をついて耳元で囁く。

 アーロンを上目遣いで見るのは反則だと思う。大変愛らしい。

 遠くから殺気じみた視線を感じる。ちらと視線を向ければ王子と目があった。ふいと視線をそらされるが、他のところからも視線は感じる。


「今更言われてもな。生きていて欲しいだけだ」


「仕方のない人ね?」


 王子とその取り巻きの愛人であったセオドアは、彼らの卒業に合わせて処分される予定だった。

 王子が難色を示し、しかし、他の誰かに下げ渡すこともできなかった。公的愛人にするには誰かの妻にすることが必要だった。

 慣例を破ることは出来ない。


 手に入らないのならばいっそ遠くにやるという手もなくはない。

 思い出だけで生きていけるなら。


 結果、姉の婚約者を寝取り、よりにもよって卒業パーティーでその姉に婚約破棄を突きつけるという筋書きがされた。

 セオドアはその騒ぎの責任を取って辺境の修道院送りになる予定だ。

 アーロンは次期当主の座を追われる。


 彼らと言えばそのままだ。

 ソニアは新しい恋人候補がいる。


 君のことなどすぐ忘れると威嚇されたが、無意味なことに気がつかないあたり恋は盲目だ。

 最初から最後まで、ソニアはアーロンのことを見ていなかった。


 少なくとも学院に入ってからの彼女からの歩み寄りを感じたことはない。


「それでは、仕上げをしましょうね」


 セオドアはにこりと笑った。

 甘えるように腕に抱きつく姿に少年のようだった彼女の面影はない。

 それでも少し震えている様子はただの少女だった。


「次に、もし、会うとしたら」


「なぁに?」


「大人しく守られてなどやらないからな」


 ふふっとセオドアは笑った。


 そして、彼女は口を開いて……。

【アーロン(城伯の長子)】

姉妹のお隣の領地なので父親同士の話し合いの結果、ソニアの婚約者になった。

ただし、両方長子なので暫定的なもので時期が来れば解消する予定だった。

婚約者なのだしと仲良くしようとして空回って、父親を困惑させる。ちゃんと話しておけば良かったのではないかと思うが、なんか察しろ系の人たちでした。

この家も女親がいないせいかもしれない。


【セオドア(辺境伯の娘・妹)】

生まれた時から不憫枠。お兄ちゃんに憧れる少女は王子様においしくいただかれました。

尚、お兄ちゃんは大事な家族枠なので学院では全く他人として扱い気にも留めないように振る舞っていました。


【ソニア(辺境伯の娘・姉)】

生まれた時から実は勝ち組。アーロンは婚約者としての認識。好きも嫌いもなく家族枠。

領地経営など次期当主としての立場を優先するあまり、婚約者のことを忘れがち。

でもずっと側にいると思っていた。


【辺境伯】

おそらく諸悪の根源。娘たちの苦労はこの人が原因ではなかろうか。


【王子】

ちょっと遊びで手を出した娘に本気になって、他の人に渡せないけど、慣例を破るほどの熱意はない。

大体のことはできる人だが、今回のことは全く優柔不断である。

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