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序章〜とりあえずアポ無しで連れ出すのはやめていただきたい〜

「おぉ、じゃあ、お疲れー」

 俺はそう言うと、椅子に置いたリュックを肩に掛けた。

「お疲れ様でしたっ! あっ、先輩、ホテル協会との議事録って、どこに入っていましたっけ?」

 間髪入れずに、後輩の佐藤が頭を掻きながら、気まずそうに尋ねてきた。俺はタイを緩めながら、佐藤の横につき、彼のディスプレイに映される膨大なショートカットアイコンの中から、一つを指差す。

「委員会報告のフォルダ内に入ってるよ。とりあえずここまでの仕事は、委員会と折衝関係のフォルダにまとめてあるかんな」

「ざっす、畳谷先輩」

 はにかみながら、佐藤は気のいい返事を返してきた。俺はポンと佐藤の肩を叩く。

「まぁ、とりあえずまとめてあるから、俺が明日から来なくても大丈夫だから、な?」

「えぇ、そんな怖いこと言わないでくださいよ。僕も含めて、みんな先輩がいないと回せないですって」

「おいおい、とんでもないことを言うなよ。ま、安心しろって、ちゃんと来るから」

「それなら安心っす」

 若干佐藤を脅かすようなことを言いながら、俺は部屋を後にした。悪気はあったが、それ以外は別に他意などない。俺が明日から来ないわけなどない。

 だって、この仕事が好きだから。


 さて、ここで少し自分語りをするとしよう。皆は、オリンピックを知っているだろうか。最近だと、イギリスやブラジルで開催されたのが記憶に新しいが、次はいよいよ日本で開催される。では、誰が準備をしているのだろうか。国? 都? どこかの会社? いやいや、違う違う。日本でオリンピックを開催するにあたり、日本という国は、オリンピックの開催と成功に向けて、ある特別な団体を組織した。『オリンピック実行委員会』である。官民から、スポーツ、財務、法制、企画、他にも色々と、その道のプロを集めた専門集団だ。

 俺、畳谷誠(じょうたにまこと)は、その実行委員会に属している。担当は企画部門だが、最初期から属していることもあり、先ほどのように頼られることも多い。まぁ、佐藤から見ると上役なので、そこはしょうがないが、それを差し引いても、相談相手になることは多い。

 おっと、自分語りが長くなってしまった。早く帰らないと。


「ねぇ、畳谷くん。夏に向けてイベントを開く気は無いかしら?」

 職員通路から出てきた俺を呼び止める声。飯田みずきだ。彼女はよく言えばイベンター、悪く言えばハイエナか。オリンピックのためにと色々と興味深い企画を提示してくるイベント業者の若きエースだ。

「今回はすごいの。スポーツ選手と文化人の共演に主眼を置いたの。ほら、インバウンドにも目を向けなくちゃいけないでしょ? こういうのを一度やってみて、本番のテストケースにするのはどうかしら?」

「飯田さん、悪いけど夏は他に色々とあるから無理だ。それに、君のイベントって何千万規模だろ? うちの会で回せる余裕がないよ。今年の事業計画にも無いし」

「そこを言われると辛いわね。まぁいいわ。ちょっと考えて持ってくるわ」

「でも、いい返事は期待できないぜ?」

「そこで首を縦に振らせるのが私の仕事。まぁ、また今度持ってくるわ」

「あぁ、ほどほどにな」

 アグレッシブさとバイタリティの塊のようなみずきと別れ、俺は駅に向かって歩き出した。


「あぁ、今日も終電逃したぁーっ!」

 思わず声が出てしまった。こんな仕事をしているせいか、オリンピックが近づくにつれ、終電を逃すことも多くなってきた。今日は企画案も滞りなく通り、関係団体の調整も済み、午後十時前には帰ることができると思ったんだが。

「しょうがない、タクシーで帰るか」

 オリンピック特需という言葉があるのかは知らないが、少なくともタクシー業界には寄与しているだろうと思いながら、俺は慣れた手つきでジャケットからスマホを出す。

 馴染みのタクシーに電話をしようとした瞬間、目の前にタクシーが止まった。

「お兄さん、タクシーですか? どう、乗りません?」

 窓を開けて声をかけてきたのは、いかにも好々爺と言った感じの男性だった。いかにもタクシーと言った感じのセダンだったが、男性の身なりは綺麗だった。この業界の経験が浅いことからくる小綺麗さなのか、経験が長いからこその身なりの美しさなのか、そこは判別できないが、不思議な魅力を感じた。

「あぁ、すいませんね。千鳥方面まで頼めます?」

「えぇ、いいですよ」

 俺は不思議な魅力に引き寄せられるかのように、タクシーに乗った。


「お兄さんは、あれですかい? 仕事が好きな顔をしてますね」

「好きそうに見えます?」

「えぇ、とっても。こんな時間まで仕事をしてたようですけど、顔に辛さが見えないからね」

 ミラー越しに、運転手がにこりと笑いながら答える。

「嫌いではないですね。やりがいは感じてます」

「そうかい、そりゃ良いことだ」

「ありがとうございます」

「でもね、残念だ。そんな貴方を連れて行かなきゃならないなんて」

「えっ、それはどういう……?」

「お兄さん、これを持っておきな。きっと助けてくれる」

「えっ、ちょっと……」

「すまない」

 男に確認しようとしたその時、急に目の前が眩しくなった。光に吸い込まれるような感じだ。俺は目を瞑った。


「どこだ、ここ?」

 目を開けると、俺は知らない場所に一人倒れていた。

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