※ユラ係は問題が発生したことを知る
※前半はフレイ視点、後半ユラ視点入ります。
内容を少々変更しました。(大筋はそのままです)
情報が足りないと感じる部分がありましたので、前話とこの話を修正しています。
それにともなって、登場人物の行動も少し変えました。
「ユラさん!?」
眠らされたユラが、椅子から落ちそうになって慌てて立ち上がるも、それより先にメイアが歩み寄って肩を押さえた。
「メイア、なぜこんなことを……」
急にメイアがユラを魔法で眠らせたのだ。理由はわかっているが、それでも何か他に方法はあったのではないかと思う。
「なぜ、ですか? あなたと早急に色々な情報を交換するには、こうするしかないからです」
メイアは至極当然といった表情でフレイに言う。
「この方に聞かれないように、私の状況と、あなたのことについて伺いたかったのです。フレイ様」
「その気持ちはわかりますが」
フレイはうつむきながら、ユラを支える役を代わる。
自分とメイアの話を、ユラに聞かせるべきではないだろう。
騎士団に来てからは、何かと戦闘などに巻き込まれてしまっているけれど、本来は静かな場所で穏やかに暮らしていたはずの人だ。
事情を聞かれると、国家間のいざこざについてまで……首を突っ込む恐れがある。ユラだから。
メイアの方は、それだけが理由ではなかったらしい。
「何より詳しい事情を知ったとなれば、彼女が危険なのです」
「あなたが……精霊融合の実験の被検体になった、事情を知ったら……ということですか?」
フレイの言葉に、メイアははっきりとうなずく。
「あなたの故国イドリシアは、ただ占領されただけではありません。タナストラが侵略した理由は、イドリシアの聖域を使って神を降ろし、その力で世界を支配することなのです」
メイアは悲しそうな表情で、一度ぐっと口を引き結んでから続けた。
「フレイ様、あなたと同じように、民を受け入れる条件として国王に雇われた者達が、タナストラに潜入したことでわかりました。あなたには連絡ができませんでしたが……。領地にいるイドリシアの人々は、その話を知っております」
「こちらにまで話しが届いていない理由はわかっています。ここは、精霊で連絡をすることはできないでしょうからね。リュシアン団長に気づかれる恐れがある。そうすると、俺が依頼されて騎士団に入ったことも知られるでしょう」
フレイについては、民を受け入れる条件というより、亡命を認める代償を求められたのだ。
イドリシアの王族を匿うのは、アーレンダールとしてもリスクがあるから。
代わりにその代償が、国王が案じるリュシアンの護衛だというのだから、国王も甘い裁断をする人物なのだと思ってはいたが。
こんなところで、リュシアン団長の能力を気にすることになるとは思わなかった。
おかげでフレイもリュシアン団長も、みんな魔女についてはタナストラが関わっていると思っていた。
メイアの話が本当なら、全員で明後日の方向を見て警戒していたことになる。
「とにかく……それで魔女を作ろうと? 他の人々を犠牲にする必要はないでしょう」
「言い訳になってしまいますが、わたくしは後からこの計画を知りました。その時には既に、何人もの人が二つの実験場で犠牲になっていました。かといってイドリシアの人々ばかりを責めることもできません。わたくしの力が及ばなかった結果でもありますから。でも止めることならできます」
「あなたが実験台になることで、ですか? でもイドリシア王国のことまで、背負う必要はないでしょう。あなたにとっては、母君の国というだけです」
「それでも、私はイドリシア王族の血を引く者です」
メイア嬢はじっとフレイさんを見つめる。
「そしてあなたも今、知ってしまった。イドリシアの民が行おうとしていることを。……これからあなたはどうなさるのですか? フレイ・ハーシュ・イドラヴァル」
尋ねるというよりも、問いただすような聞き方だった。
まるで、あなたは何もしないつもりなのかというみたいに。
フレイは答えあぐねた。
イドリシアのことを忘れたわけではない。
母親も、親族も、優しかった使用人達もみんな死んだ。フレイを逃すために。
どうしても、王族の血を絶やすわけにはいかなかったから。
もしアーレンダールに匿われた領民が、イドリシアに戻るための行動をとったら、フレイはそれを先導しなくてはならないだろう。
だけどこれは違う。
確かに、タナストラの行動を指をくわえてみていれば、この国も危うい。
けれどイドリシアの聖域のことについては、アーレンダールの誰かに言うことなどできない。
タナストラに利用されるというのなら、確かに魔女のような存在をつくり、守らなければならないだろう。
でもそのために、ユラは犠牲になりかけた。
そんな行動を起こした故国の人々に、同調するのは……。
一方で、彼らに責任がある立場なのも間違いない。
止めるのか。
けれど止めても、結局は犠牲者よりもさらに多くの人が死ぬことになる。
それは目に見えているのだ。
「わたくしはこのまま行動するつもりです。それが、間違いなくアーレンダールの多くの人々のためになると思うからです」
悩むフレイの背を押すように、メイアが言った。
「少し考えさせてください」
今のフレイは、そう言うしかなかった。
***
「ユラさん? ユラさん、大丈夫ですか?」
一瞬、なんだか意識が遠のいたような気がした。
気付いたら眠っていたみたいで、私はフレイさんに抱えられて椅子に座っていた。
「わっ! 大丈夫です! たぶんこう、緊張しすぎたのだと思います」
それ以外に理由が思いつけない。
公爵令嬢だなんて身分の人と、同席することなんて私の人生ではありえないことだから。
他に体調が悪いわけでもないし……。
とにかくフレイさんの心配そうな顔に、ぺこぺこ頭を下げてしまう。
「メイア様にも失礼したしました」
「わたくしは大丈夫です。お加減が悪かったのでは?」
ちょっと前まで昏睡していた人に、心配されてしまった……不覚。面目なくて顔を上げにくくなり、うつむきがちに応じてしまう。
「ご心配をおかけしました。健康なのでどうぞお気になさらず」
「そうですか? わたくし、実はあなたに良く似た人を見かけたような記憶があって……」
「え? 私にですか? ……それは、メイア様が囚われていた時に、ということですか?」
寝落ちする前にも、確かそんなことを言っていたっけ。
メイア嬢はうなずいた。
「少しだけその時のことを思い出したのですが……。確か石造りの建物の中にいた時に、あなたのような人を見たことがあるのです。眠っていたから、印象は違うのですが」
彼女が見たというのなら、もしかして私かもしれない。
団長様達が救出してくれたあの時、逃げおおせた魔術師がいて、メイア嬢が連れ去られていたというのならあり得る。
とはいえ、言うわけにはいかない。
「に、似ている人だと思います。あ、お茶が冷めてしまったのなら淹れ直して来ますが」
「大丈夫ですわ」
メイア嬢はにっこりと微笑んで、お茶をまた一口飲む。その飲み方から、思った以上に冷めていることがわかった。……思ったよりも私、眠っていたんだろうか。でもフレイさん達は、すぐに起こしたような雰囲気だったけれど。
「冷めても十分に美味しいですね。またお茶を頂きたいですわ。お願いすることってできるのかしら?」
「それでしたら、夕食後にまたお持ちしますね」
私はメイア嬢に、別なお茶を飲んでもらう約束をした。
そんな私達の話を、フレイさんが微笑ましそうに見ていた。
その後しばらく話しをした後、私とフレイさんは遠慮することにした。
長く話しすぎても、目覚めたばかりのメイア嬢の体に障るだろうからと。
なにせフレイさんに言われて部屋の掛け時計を見れば、もう三十分も話している状態だった。私の座った席からだと見にくいので、気づかなかった。
おしゃべりをしてると、時間が経つのって早いなと感じる。
お茶はフレイさんもメイア嬢も飲み干してくれた。冷めていたのにそうしてくれるということは、本当に美味しかったようだ。
ほくほくした気持ちになったものの、水の精霊は水分であるお茶が無くなったせいなのか、姿を消してしまっていた。
「これじゃ聞けないか」
また次回、何かを考えるしかないだろう。




