目覚めた公爵令嬢
その日の夜は三度くらい様子を見に行ったけれど、メイア嬢は目を覚まさなかった。
綺麗な彼女は寝息もすーすーと静かで、貴族の令嬢ってみんなそうなのかなと感心してしまったのは内緒だ。
それにしても、魔力ってなかなか回復しないんだな。起きてくれたら、お茶を飲んでもらうとかできるんだけど……。
なんてことを考えながらも、私はあまり長くメイア嬢の側にはいないようにした。
落ち着かない。
窓から入る月光に浮かび上がる、絵画みたいな美しい横顔。
それを見ているとそわそわしてくるから。
きっと団長様の側に立ったら、すごくお似合いに見えるんだろうな。って考えてしまうと、じっと見ているのはいけない気がして……。
結局、彼女は翌日の朝になって目を覚ました。
私が開店の準備をしている頃のことらしい。私はお昼前に尋ねて来た団長様のおかげでそれを知った。
団長様と一緒に来た年かさの騎士二名にお茶を出すと、一口飲んだ団長様が教えてくれたのだ。
どうやら彼女は、自分が何をしていたのかよく覚えていないらしいこと。
領地にいた記憶が、覚えていることの最後だということなどが、オルヴェ先生から団長様に伝えられたという。
「これから面会に立ち会え、ユラ」
「私がですか?」
お茶を飲み終わった団長様に言われて、私は悩む。
私、後でヘルガさん達とお世話を交代する時に会うことになるんじゃないかと思うし、それでいいかと思っていたのですが。
「あの実験の犠牲者の一人かもしれない、と言っただろう? それならばお前を連れて行き、様子を見せたい」
そう言いながら、団長様が紫の瞳でじっと私の目を見る。
なんとなく言外に『魔女なら、彼女がどういう状態なのかわかるかもしれないだろう?』という考えを感じた。
ただこの場にはフレイさんや、他の騎士さんもいたので言えなかったのだろう。
私との約束を守るために。
「わかりました」
「では、フレイと一緒にすぐに来い。そこで待っている」
そう言って団長様は部屋を出た。
お店には丁度誰もいなくなった。団長様が来たせいなのか、それまでお茶を飲んでいた騎士さん二名ほどはさっさといなくなったし、他のお客様も来ていない。
みんな緊張するのかな。だとしたら、やっぱり団長様は執務室に配達した方が良さそうな気がする。
考えつつも、火を消して喫茶室を出た。
鍵をかけて、団長様達と一緒にオルヴェ先生の元へ向かう。
「良く来たな」
オルヴェ先生は私達が来ると、団長様だけをメイア嬢の側に通した。
私はメイア嬢の横になっていた寝台の、衝立の側まで。フレイさん達は扉のすぐそこで足止めされる。
「まだ衣服が整っていないんだ。貴族令嬢だから、よほどの事態じゃない限りは、知人以外に見られるのは嫌だろう」
確かに、ちゃんと服を着ていないのに、ぞろぞろやってきた人達に見られたら嫌だろう。
私の方からは、メイア嬢の様子はよく見える。彼女は昨日と同じ綿の寝間着を着ていた。その上から赤いショールを羽織って、寝台で体を起こしている。
「このような身なりで、申し訳ございません。お久しぶりでございます、リュシアン様。この度はご迷惑をおかけして申し訳なく思っております」
初めて聞いたメイア嬢の声は、とても可憐で音楽的な響きを感じるものだった。楚々とした口調といい、お嬢様なんだな……と感心する。
「突然の事件に巻き込まれ、不可抗力で連れてこられたのだろう。ゆっくり療養をと言いたいところだが、この城はあなたにとって好ましくない環境だ。貴族令嬢にふさわしいものなどは揃えられない。まずは近隣のバルカウス領へ移動できるように取り計らっている」
団長様はしょっぱなから、うちには置いておけないから、隣の領地に移動させることにした(決定済み)って伝えてしまった。
いいのだろうかそれで、と思うのは……かつて婚約をしていたと聞いてしまったからか。いやでも、確かにこのお城はご令嬢を滞在させるには色々問題があるだろう。
お世話をする召使いというのも数が少ないし、男性ばかりだ。女性はヘルガさん達のように洗濯を請け負っている人達が通ってきたり、するぐらいだし。
そしてメイア嬢の方も、ショックを受けているかと思いきや、ふわっと甘いクリームみたいに微笑んでうなずいた。
「それはお手数をおかけいたしました。ありがとうございます」
お礼を言うっていうことは、メイア嬢にとっては令嬢らしい生活の方が大事だった……ということかな?
たおやかなご令嬢という感じなのに、団長様にこだわるでもなく移動できることを喜んでいるようだ。
メイア嬢は続けて言った。
「我が家には、ご連絡はお済みでしょうか?」
「昨日のうちに。明日には連絡がつくだろう」
「早い対応に感謝いたしますわ。迎えがすぐ来るとは限りませんけれど、知らせないわけにはまいりませんものね」
……ん? なんか微妙にシビアな言葉が混ざったぞ?
さすがの団長様も、少し表情を動かした。
「それほどまでに、状況が?」
「イドリシアの民を受け入れてからは特に……。わたくしは隠居をしていたので、不在には気づかれていなかったと思いますわ。そのことも含めまして、お礼申し上げますリュシアン様」
「いや、私に感謝するほどのものではない。数日かかるだろうが、それまでは医師のオルヴェの世話になってもらいたい。では」
本当に事務連絡をしただけで、団長様は部屋を出て行こうとする。
私はどうしよう。ちょっと迷った後で、一緒に退散する。
初対面の人に、きっかけも理由もなく声をかけるのは私には難しい。
ちらりと振り返った時、メイア嬢がやや真剣な表情で団長様をじっと見ていた。
二人とも他人行儀でびっくりしたけれど、最後に見たメイア嬢は、何か団長様に言いたいのではないかという気がした。




