※団長様は物思いの末
先遣隊を送った時の報告では、魔物が強化されているらしいことがわかっていた。
そのつもりで隊員を選別したものの、どうも嫌な予感がする。そこで直前に、フレイの隊も入れた編成に変えた。
それは正解だった。
死霊が復活することがわかったからだ。
おかげで大ダメージを受けた。特に油断していた後部の部隊で、重症者まで出る有り様だ。
自分がいながら……と思うと、悔しい気持ちになる。
「しかし変化するということは、何かが奥にいるのか、誰かが術をかけているのか」
術をかけているなら、掃討するより先に頭を叩こうと考えたが、ダンジョンの上層へ飛びトカゲで乗り付けることもできないとわかる。
精霊に聞くと、ダンジョン奥で魔法を使っている者がいるという。
とにかく最奥で魔術を使っている者を倒すことにした。
それ以降は、魔物も復活することはないので楽に倒せるだろう。
そうして何とか2階層目を抜けたあと、3階層目で変化に気づいた。
静かだ。そして魔物がいない。
「おい、どうなっている?」
近くのぼんやりと光る石にひっついていた、土の精霊を捕まえて尋ねる。
『たぶんー、奥のボスを倒しに来た仲間がいるみたいー?』
仲間というのなら、精霊が魔物を倒そうとしているのか?
リュシアンは『そんなバカな』と思った。
精霊が自主的に動くというのは、その土地や宿っていたものが破壊し尽くされて、狂うのでもないかぎり滅多にない。
誰かが精霊を連れて来たのか。魔法で精霊を操れる人間がいるのだろうか……と考えたところで、ユラのことが思い浮かんだ。
まさかとは思う。しかし続けて精霊が言った言葉に、リュシアンは呻きそうになった。
『人間の女の子を連れていたよー?』
この周辺で、精霊とはっきりと会話ができる者など、リュシアンの他にはユラしかいない。
しかし、と思う。
精霊が人間を連れて歩くというだけで、かなりおかしい。
だがユラのことだ。きっと異常だなどと思っていない。
あの年になっても、どこか夢の中に片足を突っ込んでいるんではないか? と思うような能天気娘だ。
あれだけの目に遭って、どうしてそんなに疑わずにいられるのかと思うほど。
元が精霊だったとでも言われた方が理解できるくらいだ。
一応、前衛でありユラの面倒をみさせていたフレイにも伝えようと考えた。
でも直前で思い直した。
……以前は義務で見守りをしていたフレイは、ユラに対して保護者意識が強くなった。目の前で飛び降りられたら、そうもなるだろう。
でも、本当にそれだけだろうかとも感じる。
今までにフレイも、女性を助けることなど沢山あった。たとえ懐かれても、気持ちを向けることはなかったように思う。リュシアンとは違う理由で避けているのだとしたら、誰か思う相手でもいるのかと思っていたが。
少し考えて、リュシアンはユラの名前を伏せて言った。
「フレイ、このダンジョンにかかった魔法を解こうとしている人物がいるようだ。精霊は少し待てば魔法も解けると言っているが、どちらにせよ、先に進んでその人物を探す必要がある」
だがフレイはそれだけで、該当する人物はユラだと確信したようだ。表情が変わる。ムッとしたように。
「早く行きましょう団長」
同意し、行ってみれば魔物はほとんど倒さずに進み、引きつけていただけだとわかる。
「ああ、これは間違いなくユラさんですね……」
フレイは冷たい目のまま、笑い声を漏らしつつ魔物の集団に切り込んで行く。
リュシアンもまた、炎の剣技で複数の魔物をひとまとめに薙ぎ払う。
残った魔物はフレイ達が殲滅していく。
最初こそ、魔物はまだ復活し続けた。
けれど途中で、魔力が周辺一帯に広がった。
ちょうどその時倒された魔物がいて、こちらの動きが驚きで鈍っている間にも復活しなかった。
「魔物が復活しなくなった!」
「排除しろ!」
一斉に排除しにかかる騎士達。
そうして見えた最後の場所に、予想通りにユラがいた。
精霊達をあわてて帰して隅っこに隠れようとしたのは、自分に見つかりたくないからだろう。
怒られると思っているのだ。
怖がらせたくないと思っているのに、と少し気に食わない。そしてこれだけ保護し、理解しようとしているのに、彼女は今だに何かを隠しているのだ。
おそらくは、その異常さを。
たぶん、他の人間がいる場所では素直に話さないだろうと考えた。だからリュシアンは彼女一人だけを外へ連れ出した。
その際の持ち運び方がまずかったことは、ユラに言われてから気づいたので、リュシアンも多少なりと気が急いていたのだろう。
話せる時間は短い。その中で、ユラから隠し事について聞き出さなくてはならないから。
そもそも、今回彼女がここにいたことを誤魔化してやるにも、詳細を聞かないことにはリュシアンが説明できないのだ。
ためらうユラに対して、脅す言葉が精霊に対するものしか出てこない。ずっとそればかりしてきたからか……と自分でも思う。
それ以外となると、リュシアンには選択肢が思いつけない。
人相手への脅迫となると、傷つけるか、自分しか他にすがれる相手がいないと思わせるくらいしか……。
そんなことを考えていたリュシアンは、自分を嫌わないでいてくれというユラに、やはりそれを実行するべきかと考えた。側に置く理由も、精霊が混ざった彼女だからこそいくらでも作れる。
人が相手ならば、その手段を取る気はなかった。
ずっと一人で生きていくしかないと思って、面倒ごとは避けてきたから。
こんなことを思うのは、半分精霊の彼女だからだろうか。
だからこうして、彼女に自然と触れてしまうのか。
自分の考えに戸惑っていたせいなのか、命を賭けてもいいと彼女が言った後、それならと実行できるあることを思い出す。
精霊としての彼女が、自分に従属する契約。
他の魔法よりも彼女自身の存在に結びつくので、これを受け入れた者を疑うことはない。
今まで精霊を救い、信用するために使うのみで、問題が解決されたらすぐに解こうとしては精霊の方から拒否されたりしたものだった。
精霊として飼われるのが嫌でなければ……。とユラに対して思ってしまったのだ。
だが予想外に、ユラはそれを嫌がらなかった。
人間に従属させられてもかまわないと言われ、やっぱり彼女は能天気すぎないかと心配になった。
この術がかかっている限りは、リュシアンが無茶を言っても従わされてしまう。
女性なら、かなり危険な目にあうことを想定しそうなものだが……。
もしくは、リュシアンのことを異性だなどとは思っていないのか。
そう考えると、少しむっとした。
思わずユラの首筋に触れる。わざとすべらせた指の動きに、さすがにユラもそのことに気づいたようだった。
そうするともっと、怯えさせたくなる。
なのにユラは、それでも挑むような目で「他のものよりは、後で疑ったりしなくて済むと思います」と言った。
そこまで受け入れる気持ちがあるのなら。
ユラが見捨てないでほしいというのなら、側に置き続けようと思った。
でも、代わりにリュシアンの側から離れようとしても、それを許せないかもしれない。そう思うくらいには、リュシアンは彼女が従属までも受け入れたことを嬉しく思っていたようだ。
おそらく自分もまた、ユラのように何をしても受け入れてくれる誰かが欲しかったのだ。
懐いてくれた分、最後まで責任は持とう。
「では私に飼われるといい、ユラ」
見えない鎖で繋ぐと宣言すると、リュシアンはなぜか心が躍ったのだった。




