気になる団長様の事情
なぜ変な気持ちになるんだろう。
まさか設定資料集をみている自分でも、知らないことがあったからだろうか?
でも生きている人間である以上、団長様だって今までにいろいろとあっただろう。
お付き合いしていた人がいたりとか。……あの容姿で一人もいないとかありえない。
それに、貴族って婚約者がいるのが普通だって認識は私の中にもある。
むしろ20歳も半ばで、結婚していなくていいのだろうかという感じではないだろうか。確か団長様、公爵位も持ってたよね?
それにしても以前、ということは……団長様かあのご令嬢のどちらかが理由があって取りやめになったのだろうか。
そういえばイーヴァルさんにも、団長様は何やら言っていた。面倒だから名前を出したくないとか、副団長さんの名前を借りちゃえとか。
変だなと思っていたんだ。貴族同士の付き合いのせいかと思ったけど、関係があったからなんだ。
なので経過観察なり治療なりで、頼まれるかもしれないってこと?
「断りにくいのは、私を保護しているせいもありますか?」
なんかこう、平民はいいのにうちの娘の面倒はみてくれないのか、婚約までしてた仲だろう、なんて言われる可能性があるような。
オルヴェ先生は「そういうことではないな」と言う。
「貴族間の問題だ。相手が令嬢なら、その対応もそれなりの身分の者がふさわしいとかそういうことだ。しかも団長以上に精霊に詳しい者などそうそういない」
あともう一つ、とオルヴェ先生が付け加える。
「正直、この状態ではすぐ家に戻すわけにもいかないだろう。となれば、王都の研究所へ入れるしかない。年単位で経過観察のために足止めされるだろう。それよりは身元引受人になれそうな人間がいる場所で、短い時間だけ様子を見させて家に戻そうと思うはずだ。しかも都合がいい人間が発見してくれたんだから、そいつに押し付けるに決まっている」
「そうしたら……」
私はつい口にしてしまう。
「団長様が先方へ連絡する時に、自分の名前を出したくないと言っていたんです。そういうのを避けたかったからでしょうか」
「だろうな。もしこれで問題が起こったら、この令嬢は結婚できなくなるだろう。だったらと、団長に押し付けてくる可能性もある。ただでさえ団長は結婚に消極的だから、全力で避けたいだろ。国王陛下は『早く結婚して子供を』とか、団長の子供を『孫がわりに可愛がりたい』とか言っているらしいがな」
「ん? あの、国王陛下は王子殿下のお子様を可愛がればいいのでは?」
「ああ、普通は知らないよな……王都の城下じゃだいたいの人間は知っているようだし、ご本人も隠しているわけではないようだが」
「?」
「国王陛下に一番近い血縁者は、団長だ。王子殿下は遠縁からの養子。そしてここが肝心なんだが」
オルヴェ先生がちょっともったいぶって言った。
「国王陛下は、女性に恋愛感情が持てない方でな」
「……男性は?」
「たぶんそちらの方が好みだろう。だからご本人も結婚を嫌がっている。そのために養子までとったんだ」
「確かにそれだと、ご自身の血の近いお孫さんは……。何かとんでもない魔法でも編み出さないと難しいですね」
なるほど納得。
だけど団長様が結婚したくないとは……。なんかちょっと、若いのに世捨て人みたいな感じはあったけど。
発言内容は時々ものすごく危険なんだけどね!
「まぁ、王子殿下に早く結婚していただくしかないですよね」
遠縁でも一応血縁なのだし。国王陛下には、そちらにお孫さんを期待していただいた方がいいのでは。
「王子殿下はなぁ……。あっちはあっちで、最高の花嫁がほしいってえり好みしすぎらしくてな」
オルヴェ先生が苦笑いする。
「王子殿下は団長と競り合っているらしくてな」
「なぜです?」
王子様なんだから、ゆったり構えていればいいと思うのに。
「団長が国王陛下に気に入られているのに嫉妬してるって噂だ。そのせいで、団長の話題が霞むようなスンバラシイ嫁が欲しいんだって話を、聞いたことがある」
……団長様、なんか結構面倒な人に目をつけられているんですね。
そうしてオルヴェ先生と話しているうちに、さっき感じた心が冷えるような感覚はなくなってしまっていた。
私はとりあえず、喫茶店を時間まで開くことにした。
ダンジョンから戻ってくる間に夕方近くにはなってしまっていたけれど、閉店予定時間にはまだ早い。
それに片付けもそこそこに飛び出していたのだ。
喫茶店を再開すると、ダンジョンから帰ってきた騎士さんたちが何人かやってきてくれた。
「俺、どうもああいう足がないやつとかちょっと……」
幽霊が苦手らしい騎士さんが、紅茶を口にしながら泣き言を言う。
「大丈夫ですよ。これを飲んだら、減った気力が少しは戻って、元気になりますし」
そう言ってお茶を売り込みつつ、お客さんとお話する。
「ユラちゃんもダンジョン入ったっていうのに、平気なんだなぁ」
この人は、一層目から攻略して合流してくれた組にいたようだ。
「そうですねぇ。戦っても倒せない幽霊だったら怖いと思うんですよ。だから復活しちゃうって聞いて、それは嫌だなぁと思ったのですが、ちゃんと消えてくれるならいいかなと」
最初に精霊達と一緒に釣り上げてトレインしてた魔物たちは、復活してくる幽霊状態だったのだけど、なんとも思わなかったのは伏せておく。
怖いという人に、私は平気だったという話をしても仕方あるまい。
「まぁ確かに倒せた方が気が楽だったな」
そう言って推定30歳の騎士のお客さんがほっとした顔になったので、良かった良かった。
最終的に来たのは5人くらいだったけれど、気力が回復のお茶はとても効果があったようだ。疲れていたけれど、気持ちが楽になったと言って帰ってくれる。
これで口コミで、他の騎士さんにも広まってくれるだろうと思いつつ、片付けにかかったところで、
「お疲れ様、ユラさん」
フレイさんがやってきた。




