秘密をあなたに教えます
団長様の言葉に、思わず顔が赤くなりそうだった。
その顔で、そんな危険な言葉を口にしちゃだめです! と思ったけど、言えない……。
というかさっきから、団長様がなんか変だ。主に言葉の選択が。
私が心の中で右往左往している間も、団長様は平然とした表情で何かの呪文を唱える。
その様子からすると、本気で精霊相手にも似たようなこと言ってるんじゃないかこの人!? という疑惑が心をよぎる。
団長様は私の肩から離した左手を上向けると、そこに白い光の輪が現れた。
結構大きい。半径だけで20㎝以上ありそう。
団長様はそれを、緊張から『きをつけ』の体勢になった私の頭から通す。それから首にひやっとした感触があった。目を閉じてしまう。
「どうだユラ」
言われて魔法がかかったのだとわかり、思わず自分の首に触れてみる。
何もないので、体の中に溶け込むような魔法なんだろうか。
「あの、何か命令してみてください」
じゃないとわからないのでそう言ったんだけど、団長様がまたも視線をそらす。
小さく「これはちょっと危険だな」とか言っていたみたいだけど、え、あの、まさか団長様。私なんかの台詞で何か想像したんです?
そう思うと、私の方まで恥ずかしさで顔が赤くなりそうだった。
まごまごしていると団長様が命令内容を思いついたらしく、私に言った。
「では従えユラ。自分の作った紅茶なんかより、泥茶の方が美味しくて最高だと言ってみろ」
「!!」
泥茶とは、薬草をすりつぶして粉にしてお湯に溶かしたものだ。民間療法でよく使う薬だけど、ものすっごく味には配慮されていない代物だ。青臭い、泥みたいな舌触り、苦いと三拍子そろった、大人でも逃げ出す代物。
団長様、それはあまりにひどすぎる!
そうは思っても、私の口が勝手に動いた。
「じ、自分の作った紅茶なんかより、泥茶の方が美味しくて最高……です」
あ、涙が浮かびそう。
だって泥茶を最高って言うなんて、ありえないもの! 紅茶とは天と地の差があるというのに、自分の作った紅茶が、マズイものだと言うみたいで心がしんどい。
これが従属の魔法の力かと、私は心底恐れを感じた。
「効いているようだな。これでいいだろう」
無理に言わせたのを気の毒に思ったのか、団長様がよくやったと私の頭を軽く叩く。
「ここまでしたんだ。君が私や騎士団に危害を与えるような考えを持っていないと、信じる。だから話してくれ」
私はうなずいた。
「はい……。その、まず今回は、ダンジョンへ行った団長様達のことが気になって。クッキーで精霊にお願いできるのはわかっていたので、そういうことも教えてもらえるかなと、軽い気持ちで試してみたんです」
普通に話す分には、魔法による命令は発動しないみたいだ。なので、私は前世の記憶とかゲームとかのことは外して話した。
「そうしたら精霊に、重傷者が出たこととかを聞いて。何か手伝えないかと思った時に、精霊に教えられたんです。私の魔力なら、ダンジョンで魔物を復活させている魔法を破れるからって」
「君の魔力?」
私は説明するより見せた方がいいだろうと、測定石を取り出して開いて見せた。
花のように広がった測定石は、魔力の部分だけが異常な光の長さを示す……。
というか、この魔力の長さ、十万ないと思うんだ。私、表示限界に挑んでしまったらしい。
さりげなく三重線になってたけど、たぶんこれ、足りてない。けど正確な数字は求められてないと思うので、よしとする。
「これはいつからだ?」
「森の警戒ラインへ、導きの樹の精霊を元に戻しに行って……渦に飲まれた後からです」
私は喉がからからに乾いた気がして、唾を飲みこむ。
「精霊によると、あれは魔力の渦だったそうです。私はそれを取り込んだらしくて。その後です、魔力が異常に上昇したのは」
嘘じゃないのですらすらと言える。
「他の数値も、君のレベルからするとおかしなものがある。」
測定石を見ていた団長様は、他の数値にも顔をしかめた。
討伐者として駆け出しの状態の私では、たしかに数字がおかしいのだろう。三重線は異常だけど、他のも異常だと気付かれた。
「何か理由を精霊から教えられているだろう?」
団長様は確信をもって、私を問い詰めた。
「魔力が高いだけで、君が泣くほど追い詰められるとは思わない。意外に楽天的な質のようだからな」
はいごもっともです……。お見通しすぎですよ団長様。
私は一度深呼吸してから、ぎゅっと目を閉じて白状した。
「精霊には『魔女』と呼ばれるようになりました」
スキルに魔女があるだなんて言いません。石じゃそこまでわからないもの。
どんな反応をするだろう。
びくびくして私は待っていたけれど、団長様は何も言わない。見れば、思考の中に沈んでいるようにじっと目を閉じていた。
何を考えているんだろう。
嫌わないと言った団長様は、魔女だと聞いても顔をしかめたりはしなかったけれど。でも、私をどうにか閉じ込める算段でもしているんだろうか。
やがて団長様は目を開く。
「教会の司祭は何も言っていなかったところからすると、精霊融合実験の直後にはそうではなかったはずだ。では、魔力が増大した結果か」
団長様は、どの時点で魔女と精霊に認識されたのかを考えていたようだ。最初から魔女だったなら、登録する時に司祭さんが異常に気づかないのはおかしいらしい。
「実験が成功したということになるんだろうな、お前は」
「たぶん……」
うつむき、自然と手を握りしめてしまう。
「なんにせよ、魔女の疑惑がある人物を、どうやって保護すべきか……」
「保護……ですか?」
まだそう思ってくれている? じっと見つめると、団長様に苦笑いされた。
「追い出さない、飼うと言っただろう。君は精霊ではなく人だ。保護するためでしか飼うなんて真似をする気はない」
魔女だとわかってもそう言ってくれたことに、私は泣きそうなほど安心したのだった。




