精霊に言うことをきかせる方法
「それにしても、あのままでも冥界の精霊って倒せなかったのかな?」
風の精霊達との戦闘で、あれだけ弱々しくなるのだもの。そのまま消滅してくれるのではないだろうか。
「いいや。彼らもまたダンジョンにかけた魔術の通りに復活してしまう。だから君の力が必要なんだ」
ではやっぱり、冥界の精霊をなんとかせねばならない。
飲ませるまではスムーズにことが運んだけれど、飲めば終わるものなのだろうか。嫌な予感がするんだけど……。
ソラは私の嫌な予感通りに、とんでもないことを言い出した。
「あの精霊達は今、お茶を飲んだことによって、君の魔力の支配下に置かれることになる」
「支配下?」
「そう。だからこそ、君はあの精霊達を強制的に動かすことができるようになる」
「え……」
ちょ、本気で魔女じみた話が飛び出してきたような。
「精霊を操るってこと? そんなことでき……」
「君にはできるんだ」
できるの? と聞こうとする前に、ソラが断言した。
「君が融合させられた精霊の中には、冥界の精霊もいるから」
「……いる、の」
実験で自分と合わさった精霊は、導きの樹の精霊だけだと思っていた。だから冥界の精霊も、と言われてショックを受ける。
私……いくつの精霊と融合してるの?
寒気がしてきた。
思わず肩を両手でつかむように、自分を抱きしめる。
精霊が一体なら、まだ理解できるような気がしていた。もうその魂は存在しなくて、私を補う一部になった誰かがいた。そんな認識だ。
だからそんな相手が何人もいるというのは、どう考えたらいいのかわからない。
戸惑う私にかまわず、ソラは説明を続けた。
「あの精霊では、君の魔力の多さや能力の高さにかなわないだろう。力押しで、君の言うことを聞かせることができる。狂っている以上は、消滅させるか従わせるのが最も早い手段だ。なにより」
ソラはじっと私を真剣な表情で見つめた。
「それが魔女が精霊を操る技の、初歩的なものだからね」
「魔女の技……」
本当に、私は魔女なんだ。
そうつきつけられた気がした。
ここで嘘とか冗談を言ったりはしないだろう。そもそもソラは精霊という、私に嘘をついても仕方ない存在だ。
もしこれが人に「魔女みたい」だと言われただけなら、悲しい気持ちにはなってもショックの度合は小さかったと思う。
違うかもしれない、と思えるから。
特別な人、それこそ他人のステータスが覗ける人間でもなければ、私が魔女のスキルを持っているだなんてわからないから。
でもソラは、私の知らないことまで全て知っている。
彼が言う以上、嘘じゃないのだ。
「私は本当に、魔女なんだ」
いつか団長様やフレイさん、オルヴェ先生達を殺してしまうかもしれない役回り。
「いやいや。でも私、敵と一緒に行動しているわけじゃないし」
だけど不安になるのは、とんでもない魔力を得たり、今もソラに魔女の力で精霊を操れと言われているからだ。
だんだんと魔女らしくなっているような気がして、怖い。
「ユラ。このままじゃ、君の仲間達を救えないよ? 君の望みはそれだろう?」
「望み……」
そうだ。
ここへ来るのは、私がお願いしたことだった。それまではソラも私の前に現れなかったし、精霊達だって我関せずといった様子だった。
助けになりたいからここまで来させてもらったのに、ソラが自分を魔女にしようとしているみたいだなんて疑うのはおかしい。
「大丈夫」
ソラは私の不安を感じたように、小さな手で私の左手の人差し指を握った。
「魔女の力は使う者次第だよ。君がそう念じて使う間は、間違いなく誰かを救うための術になる」
「うん……そうだよね」
まずは団長達のためにも、行動しよう。悩むのはそれからだ。
「それで具体的に、操るってどうしたらいいのかな。私、彼らに正気に返ってもらって、ダンジョンの魔物にかけた再生する魔術を解いてほしいのだけど」
「魔女の技は、もう使えるはずだよ。ただ彼らに念じればいい。彼らの体に浸透した君の魔力が、彼らの行動と意思を縛る」
「本当に魔女っぽいなぁ」
気味が悪い系統の魔法だなと思う。けれどそれしかない。
私は自分の両手を祈るように握り合い、願ってみた。
「このダンジョンの魔物にかけた、魔術を解いて」
復活してしまう魔術は、彼らにもかかっている。
お茶を飲んで元の三分の二の大きさに戻った冥界の精霊達は、カップから離れてふるふると炎を揺らめかせる。
そのうちにくるりと私の方を振り向いた。
丸く黒い目がじーっとこちらを見つめてくる。怖い。
怖いだけじゃなくて、なんだか圧力を感じた。心が重くなるような……、悲しいことがあって心が苦しくなるような感じがする。
「ユラ、がんばって。魔力に押し負けちゃいけない。魔術を解かせられないよ」
「うん……」
そうか、これは相手自身の魔力が反発しようとしているのか。
だからぐっと心の中で叫ぶように祈った。
ダンジョンの魔術を解いて!
動揺したように、冥界の精霊が大きく揺らいだ。私の方も心が軽くなる。
冥界の精霊達はじりっと私から後退して、三体で寄り集まる。仲間と接したことで心強くなったのか、また圧迫感が襲ってきた。
その時、どこか遠くから爆発音のようなものが聞こえた気がした。
――絶対これ、団長達だ。
近い場所だったらどうしよう。遠い場所でも関係ない。また苦労しているのだとしたら、誰か怪我をしたかもしれない。
それがフレイさんだったらどうしよう。
団長様だったら?
「……魔術を解かなかったら許さない」
被害者だったというだけで、見知らぬ私に優しくしてくれた人達。それどころか、ひとりぼっちになる私に仕事もくれて、紅茶を作れるようになってからはお店まで営業させてくれている。
最初こそ警戒をするべきだと思っていたけれど、お店にお客として来る騎士さん達もみんな優しくて、礼儀正しい人ばかりだ。
みんなに少しでも恩を返したい。
私にできるのは、彼らが少しでも怪我をせずに戦えるようにすることだ。
早く解いて! とぎりっと睨んだとたん、自分から冥界の精霊に向かって何かの力が向かったのがわかる。
冥界の精霊はの炎にさざ波が起きた。
ぴしっと固まった彼らは「ほえー」と謎の音声を空洞の口から漏らし始める。
とたん、その足下の地面に青白い光が広がって行った。
水たまりに波紋ができるような光は、私の足下をも越えて行き、洞窟の通路に溜まっていた魔物達をも越えて見えなくなる。
何が起こったのかわからない。ただ、何かが『変わった』のは感じた。




