死霊のダンジョンへ出前です 2
「ダンっ……ボスっ……!」
白目をむきそうだった。
ただでさえ後ろから魔物達に追跡されて怖いのに、この先にもトンデモな試練があるとは思わなかったのだ。そんな私に、ソラがひょうひょうと言う。
「君もわかっていただろうユラ? ダンジョンの魔物を変化させるんだ。一番強い魔物じゃないと不可能だと思わないかい?」
「ボスとは別に、何かの装置とか、誰かがやらかしたんだとばかり!」
そう思わなかったら、ダンジョンに単身で突っ込もうなんて思いません。こっそり行って帰るつもりの人が、ボス戦なんて想定してないから!
「何? 私ボスと戦わなくちゃだめ!?」
そんなの無理。この先は闇……と思うと走るのが怖くなる。けど、後ろのゴースト達が怖くて立ち止まれない。目に涙が浮かびそうだ。
「大丈夫だと思うよ。君を守るために、彼らを呼び出したんだしね」
と言って指さすのは、鳥型の風の精霊だ。
「安心できないぃぃぃ!」
MPはやたらあるけど戦闘初心者の私がいるのに、モンスター引き連れて行こうぜ! なんてやる精霊なのに。ゲームだったら死んでも生き返るけど、今の私にそれは無理だってば。
といっても、精霊達と一緒に移動するのが今一番安全な方法だ。
仕方なく走る。
「あと、これだけ死霊が一掃されていれば、後から来る人達も楽に来られるから、到着が早いんじゃないかな?」
「それダメなやつぅぅ!」
団長様達のことでしょそれ。先へ進めるとなったら、真っ先に来るのは彼らだ。だって他の人達がダンジョンにいるわけじゃないんだもの。
これが普通にゲームだったら、こうしている状態でも、何人かプレイヤーに会わないとおかしいんだから。
怒られる。確実に怒られることになる。
怯える私にソラが不思議そうに言う。
「見られても大丈夫なように、顔を隠したりしたんじゃなかったの?」
「一瞬見られる程度を想定したものと、じーっと見られても耐えられるものとでかなり違うもの」
一瞬なら、顔をかくしていればかなり騙せる。私が想定していたのは、ちょっと離れた場所を走って通り過ぎるくらいのことだった。しかしこのままでは、確実に戦闘中に遭遇することになる。
「でもここまで来てしまったし?」
「……」
まったくもってその通り。ここまで来た以上は、腹をくくるしかない。
何より、このままではまた重傷者が出るかもしれない。団長様は無事だとわかっているけれど、フレイさん達はどうなのか。今大丈夫でも、後で怪我をするかもしれない。
「そうだよね……。フレイさんなんて特に前線突っ走りそうだし」
喜々として剣を握って走って行くフレイさんを覚えている。通常時は、とても堅実に戦うタイプには見えるのにあの豹変ぶり。絶対に一番前に立とうとする人だ。
迷惑をかけたばかりだ。フレイさんのことも死なせたくない。
「あと、こんなところで数が減ったら、後のクエストが!」
竜と戦うとか、とてもじゃないけれどひどいことになりそうだ。ただでさえ森が焼けたり、人が非難したりしたはず。
「そもそもどうして、このダンジョンはおかしくなっちゃったの?」
思わずつぶやいてしまう。
折しも、前の通路を塞ぐ死霊が現れた。
巨大な半透明の狼の姿で、青白い炎を吐く魔物の死霊だ。
精霊達は戦闘態勢に入り、私はソラに促されて一緒に前にいる死霊の攻撃範囲内に入る。
「ほら、こうしていれば後ろの魔物はこっちに来られない」
魔物同士でお互いを消し合わないようにしているのか、ゴーストや骸骨達は一定範囲から踏みこまずに溜まっていた。実にゲームっぽい動き。
助かるんだけど、しょせんは前門の虎後門の狼状態だ。
でもここを通らないとどうしようもないし、精霊達が戦い続けなければならなくなる。
私も少しは役に立つため、いくつか魔法を使ってみた。
「えーっと、ぽちっとな」
オーソドックスに《火球LV1》を使用。ほんのちょっとぺちっと当たって終わりだと思っていたのだけど、意外と効果があったようだ。
オオオオオン!
半透明の狼が吠え、火球が直撃した箇所が燃えて消える。ダメージロールは出ないけど、かなり打撃を与えたことは間違いない。
精霊達は傷口をさらにえぐるように、攻撃を仕掛けて行く。
しかし、鳥が剣を持って突っ込んでいくとかシュールな絵だ。いくらファンタジー世界でも、どうかと思う。
やがて私が三度火球を使った後、狼は煙となって一時的に姿を消した。
それっと、私達は道を通り抜ける。
同時に追ってきた魔物達もついてきた。
「ひぃぃぃ!」
またしても追いかけっこが再開される。でも今度は、道の先にはほとんど魔物がいなかった。
そしてさっきの狼の魔物は、ついて来られないみたいだ。カーブを曲がる前に遠くで復活しているのが見えたけれど、そこに留まっていたのが見えた。
これで時間が稼げるかもしれない。団長様達があれに負けるとは思わないので。
むしろ団長様達が一番避けたいのは、大量の死霊を相手にすることのはず。それは今現在も、私と精霊達が引きつれて走っているので問題ないはず。
「いや、問題がある」
団長様達の危機やら、瞬間移動やら、イーヴァルさんに見つからないようにしたりと、考えることが多くて完全に失念していた。
これ、死霊の復活を阻止した後で、私達が戦わなくちゃいけないのでは?
「ボスだけじゃなかった……」
大丈夫なのか不安になる中、私はとうとうそこへ到着してしまった。
天井が一部だけ開いていて、外の光が一筋差し込んでいる。
そこに、踊るような白い炎に取り巻かれている女性がいた。
長く、ゆるく波打つような金の髪は、柔らかな川の流れのよう。それに見合った、美しいうつむき顔。長いまつげ。
けれど着ているものは、どこかで見覚えがある白い貫頭衣。
「まさか」
気づけば、足が止まってしまっていた。
彼女は……魔女の実験の被害者ではないだろうか。




